第58話「まあ、都市伝説だがな」
家に帰ると知実さんが仕事をしていた。家でやるのは珍しい。いつも学会に引っ張りだこなので、家でレポートをまとめているのをあまり見たことがない。知実さんほどになると個人で研究室を持つことができ、仕事のほとんどはその研究室で行うという。
「ただいま」
「おかえり」
「珍しいですね。仕事持ち帰るなんて」
あー、と知実さんが苦味を帯びた表情で頬を掻く。
「最近、超能力関連事件が増えてきたからな。超能力の存在を公にする云々で慌ただしいんだ。で、私はそこそこの専門家だから、超能力を公にすることのメリットとデメリット、どちらが大きいか、ということで意見を求められた」
なるほど。確かに超能力の存在を世に知らしめる如何に関しては俺がぱっと思いついただけでもメリットとデメリットに溢れている。
メリットは、これまで理解を得られなかった超能力者たちが市民権を得たり、能力の有無により社会的に過ごしやすくなるかもしれないということ、また、超能力関連の事件に関しての対策が一般に広まることだろう。そうすれば、事件はいくらか減るかもしれない。
デメリットは超能力者への偏見の目が大きくなることだろうか。もしくは、自分は超能力者だと宣う者が現れて、社会的混乱を招く可能性など。超能力の存在を認めてしまうと、それなりの法整備だの何だのが行われるだろうから、それはそれで面倒くさそうだ。
「現状、どちらがいいとも言いづらい。公にすることのデメリットは大きいが、裏社会だけで隠し通すのも厳しくなっているのは事実だ。まあ、せいぜいできるのは選択の保留だろう」
保留、ということはつまり、一時的にではあるが、公にするのを見送る、ということだろう。
「知実さんは公にしない方がいいと?」
「ああ。公にしたところで解決できないこともある。それに、公にしていないからこそ、おおっぴらに動けない連中もいるのさ」
「どういうこと?」
「超能力者が一般的になってしまえば、事件の対応は当然警察になる。だが、常日頃超能力者から追われているお前ならわかるだろうが、超能力者の事件を一般人が解決するのは難しい。目には目を、でなければ、現状、公にしたとて犯罪数の現象には繋がらない。つまり、目的である[超能力事件の減少]には繋がらないということになる。それでは意味がない」
「まあ、超能力専門部隊とか、作るの大変そうだよね。歯には歯を、なら超能力者の警官が必要だろうし。五十嵐みたいなのいたら無敵だけど」
あんなのがほいほいいてたまるものか。
ははは、と知実さんが空笑う。
「五十嵐か。あの娘は超能力者ではないがかなり特殊だからな。あんなやつを何人も探すのは到底不可能だろう」
だよね。五十嵐がおかしいんだよ。
あと今思いついたけど、超能力が認められてしまったら、モノホンの中二病患者とか紛らわしくて仕方ないよね。そこは子どもに夢と自由を与えてほしいところだ。俺は中二病じゃないが。
「五十嵐といえば、今日はどうだったんだ? 作戦とやらも佳境だったのだろう?」
知実さんの指摘を受けて、俺は俯く。知実さんには事前に言っていた。万が一のためにカロンの調整もしてもらっていたのだ。おかげでカロンは先日五十嵐がやってのけた、強制同調能力を獲得した。虫くらいのサイズなのにどうしたらそんなに高性能になれるのか。
まあ、カロンの出番どころの話ではなかったのだが。
知実さんは小休止と称してレポートのデータを保存し、お茶を淹れた。ふわり、とアールグレイのフレーバーが部屋に広がる。
紅茶というと、健一朗さんの顔が思い出される。あの人も今回はつらそうだった。
「仕事してるときは知実さんコーヒーじゃなかったっけ」
「なんとなくだ。紅茶にもカフェインはある」
うん、体にいいとは一概には言えないね。
「レポートも大体まとまっているしな。レポートというか、次の学会での発表の原稿みたいなものだ。学会は意見を交わし合う場だからな、少しくらい論点のある不完全なくらいのがちょうどいいんだ」
「はあ……」
研究とか論文とか、大学に入ればいずれ我が身なのだが、知実さんの口から聞いていると遠い世界の他人事みたいな感じがする。
というか、知実さんも頭いいんだよな……不完全な論文って。それ持論に相当自信がないと言えないやつだし、書けないやつだ。わざと突っ込みどころを持たせることで、議論を展開する。天才のやり方である。常々のことながら、四分の一くらい同じ血が流れているとはとても思えない。
「で、お前が言い淀むということは、芳しくない結果だったと」
「まあ、当初の目的は果たせたんだけど、後味が悪いというか」
半田を解放し、美星とも和解できそうなところまで行ったことは話した。
次いで出てきた名に知実さんが顔を険しくする。
「[葬儀屋]か……」
「やっぱり有名なの?」
うーん、と知実さんが唸る。
「まあ、厄介さでは[殺刃鬼]に引けを取らないと聞いている。目撃者はいても捕まえられない。人間として機能しなくなった人間を殺すこともあるが、それは大抵人体実験のモルモットだ。裏社会の闇を葬っているだけだから、警察じゃ手を出せない」
それと、と紅茶にミルクを入れてかき混ぜながら知実さんは続ける。
「捕まらない理由はもう一つあって、彼の活動拠点が不明なんだ」
灰色の髪に灰色の目。面差しは日本人っぽくはなかった。どこの国かと言われると迷うが、世界を股にかけてはいそうだ。
「確か、[殺刃鬼]も拠点不明だったよね。世界中に現れる、神出鬼没の殺人鬼……」
「そうだ。で、噂程度になのだが、彼らのアジトについて、[空の街]という場所が候補として上がっている」
「[空の街]?」
そんな街の名前は聞いたことがない。
知実さんは紅茶を一口口に含んでから、答えた。
「超能力者の住む街と言われている。世界のどこかに存在していて、どこにも存在しない。そう言われているが……どういうことかわかるか?」
どこかに存在していて、どこにも存在しない? なんだかややこしい謎かけみたいだな。けれど、超能力がからめば不可能ではない。つまりこれは。
「異空間系の能力で造られた街ってこと?」
「ご名答。まあ、都市伝説だがな」
都市伝説とはいえ、超能力ありきで考えたらあり得ない話ではない。ただ、[殺刃鬼]も[葬儀屋]も有名なくらいよくこちらに現れている殺し屋である。そのことを踏まえ、街規模で空間を造り、移動させている、という結論になると、もう[空の街]を造った超能力者は人間じみていない。
「その街は超能力者しか住めないらしいから、超能力で私生活に弊害のある者は気楽に過ごせるかもな」
「なるほどね……」
……あれ、[葬儀屋]って超能力者だったっけ?




