第54話「守りたいものがあっただけだろう」
咲原は行った。あいつはなんだかんだ言ってちゃんとやり遂げるやつだ。私は知ってる。
ぎりぎり受かったと謙遜しているが、黒輝山には普通に勉強した程度では受からない。超能力で苦労したことはたくさんあるだろうに、ここぞというときにはちゃんと使う。佐竹とやらが乗っ取られたときも、[五大精霊使い]に追い回されたときも、やつちゃんと決断して能力を使った。保身のためだけではない。その先に待つ佐竹や私という存在をしっかり信じて、見極めたのだ。
倉伊のことも思うところはあったようだが、倉伊のために能力を使った。それなら、半田のためにだって、絶対できる。
能力を使うことを好まない咲原が、自ら進んで作戦を考え、積極的に自分の能力を発揮しているのだ。その威風堂々とした姿は、一兵士としても、ただの人間としても、尊敬できる。
目の前の女──確か、田辺美星といったか、こいつは滅茶苦茶だ。狂っているわけではない。ただただ憎しみを連ね、[復讐]という目的を果たすためのみに、感情のままに動いている。
感情のままに、気の向くままに、とはよくいい意味で語られるが、そんな優しいものじゃない。私は経験があるから言える。
マイナス思考だからいけないとかそういう話ではない。[感情のまま]は他者を無視する。他人の傷とか、どうでもいい、自己中心的になって、他人を傷つけ、傷に塩を塗るような行いだ。
「何の能力も持たない凡人のくせに……私を足止めしようっていうの?」
「その言い方、差別的で好かんな」
「差別? 区別よ。あんたこそ、あんなひょろっちいのを[王]だなんて、それ以外は配下か何かなの?」
「差別ではなく、区別だ」
混ぜっ返すと同時、美星の鳩尾に膝を入れ、地面に叩きつける。武闘は我流だが、覚えはある。私は[王]に仕える[兵士]……そういう[設定]を絶対的なものにするために。
この女の言う通り、私には超能力のような特別な能力はない。超能力者から見たら、それこそ凡人に他ならない。
だが私は非凡を望み、自ら非凡に踏み入れた。
──全ては、守るために。
「何を感情に囚われているのだ」
「ぐっ」
きりきりと腕を締め上げる。無表情でそれをやってのける私は非情と言われても仕方ない。
けれど、役目を全うするためだ。珍しく、王から命じられたからな。
「感情に囚われることの何が悪いの!?」
女が喚く。
「半田を呪っただろう? それがお前の罪だ」
「どこが間違ってるのよ!? ただの高校生のあんたにはわかんないでしょうね。好きな人を目の前で亡くした気持ちが、殺された気持ちが!!」
「わかるわけなかろう。所詮は他人だ」
まあ、父を亡くしたときの母はかなりショックを受けていたようだが。あんなDV男、死ねばいいと思っていたから、私は大切なものを失う悲しみを、直接は知らない。
だが、憶測でも、一つはっきり言えることがある。
「だが、半田とて、大切な人を目の前で亡くした。お前と同じだ」
「同じじゃないわ!! あいつが殺した!!」
はあ。ヒステリー女は面倒くさくて仕方ないな。苦手かもしれん。
「殺したんじゃない。守りたいものがあっただけだろう」
「……は?」
もがけばもがくほど締まるようになっているのでいくらもがいても無駄なのだが、この女の動きが止まった。
どうせ時間稼ぎだ。与太話の一つくらいしてもいいだろう。
「これは聞いた話だが、唯一の肉親を手にかけてしまったショックから、声を出すこともままならなかった半田が、この新たに属することになった組織から事情聴取を受けた際、一言だけ話したそうだ[守りたかった]とな」
半田を実験に使っていた組織は、嫌がる実験台には脅迫まがいのことをしていたという。だから敢えて、実験以外のときは子どもたち同士を交流させ、泳がせていた。
いつか生まれてしまうであろう[絆]を利用するために。
美星にも覚えがあったのだろう。あの日、あの実験に立ち合わせられたときの脅しにも使われたのだろうか。それとは関係なく、幾度も使われたにちがいない。
「守りたいが故の行動が、結果守りたいものを傷つけ、殺したわけだが……半田はどう思って過ごしていたんだろうな? 私の知る限り、体温の上げ下げができる能力らしいが、半田はいつも体温を下げていた。半田といえば冷たい、人間らしくない手を思い浮かべる。何を思ってそうしていたのだろうな? まるで死人みたいに」
美星が目を見開く。
可能性はいくつかあるが、私が考えるのは二つ。兄を殺した体温を上げる能力を疎んで封じたか、もう二度と戻れないほど冷たくなれば、自分も兄と同じになれると考えたか……
まあ、両方共馬鹿らしい。
「私はあの女を好かん。感情に囚われているからな。けれど、その原因が自身ではなく他にあるならば、それを解けば、本当の半田とやらが見えてくるかもしれんな? お前はどう思う?」
ああ、ちりちりと肌が焼けるようだ。これが次第に[ようだ]ではなく、実際に焼けていくのだろう。それがこいつの能力だ。
人間は可燃ごみとさして変わらないが、私は今ここで燃やされるわけにはいかない。[王]から与えられた役目はまだ終わっていないからだ。
美星を担いで一本背負い。地面に全身が打たれれば、美星の気も散る。
「あんた、人に散々言っておきながら、自分も感情のままにやってんじゃないの……」
「ご明察。[感情のまま]は他者を傷つける。その[他者]が今はお前なだけだ」
「訂正するわ。あんた、凡人じゃないわね」
「はは、凡人じゃない者からのお墨付きとは有難いな」
正直、腹が立った。
私が非凡なのはいい。ただ、暴力で解決すると認識されるのは腸が煮え繰り返るほどに嫌悪感を覚える。
「だが、人を傷つけるほどの[感情]も使い方次第じゃ役に立つ。お前の火は消した」
「……!!」
ちりちりという感覚が消えた。やつも気づいたのだろう。私が能力を打ち消したことに。
「あんた……」
「やれやれ」
怒りの炎が渦を巻く。意識的にやると精神の摩耗が激しいのだが……
「俺は五十嵐の力を信じるよ」
超能力でもない凡人の力。それを信じると言った[王]のために、私は退けない。その言葉を誇りに思うから。
「かかってこい。火蓋は貴様が切って落とせ!! [発火物]なのだからな!!」




