第3話
******
ああ。麦茶美味し……。
来たばかりでいきなりじろじろと見てしまうと失礼な感じもしたが、なんとなく周囲が気になってしまい居間を見回す。十畳ほどの和室の中央には、年期の入った丸くて大きなちゃぶ台。壁に掛け軸、襖をくぐれば台所がある。そして居間の入り口正面に並んだの障子の向こうには、縁台と、先ほど目にした大きな庭が広がっているようだった。
こざっぱりとしていて、余計な物はあまり置いていないようだ。ぬいぐるみやら何やらで飾った私の部屋とは根本的に違った、シンプルで開放的な部屋で、複数人で過ごすには最適な環境に思えた。
二世帯住宅のうち東側はお爺さんの家だそうで、立ち入りを禁止されている。西側のハルくんの家――この度私たちがお邪魔させてもらう家は、昔ながらの日本のお家といった造りになっていて、全ての部屋が和室になっているらしい。
二階の空き部屋に荷物を置いた後、ハルくんの提案で、寝る際の部屋割は男3人女2人で別々の部屋、ということに決定した。男の子はハルくんの部屋、そして私たちはその隣の一室を使わせてもらえるようだ。
差ほど仲の良いわけではない蓮香と二人きりというのに、戸惑いが全くないというわけでもないけれど、嫌というわけではないので頷いた。
もしかしたら、皆も私と似たような理由で賛成しているのかもしれない。蓮香は部屋割を決めるのが面倒くさくて、桐ちゃんはハルくんの提案だから異論なし、純さんは皆の意見を尊重した、というところだと思う。
「ハル、お昼ご飯どうするの?」
其々、お茶を飲んだり、雑談をしたりして各々の時間を過ごしていたころ、不意に桐ちゃんが時計を目にしながら言った。
もうこんな時間なのね、呟いた蓮香が、読んでいた文庫本を閉じる。
つられて私も時計を見ると、短針と長針は丁度12の上で重なっていた。
「くくくっ。まーなーぶー! その質問を俺はずっと待ってたぜー?」
先程から一人で何やら作業をしていたハルくんが、突如として不気味な笑い声をあげたもんだから、思わずどきっとした。
ハルくんに向けられた蓮香の冷ややかな視線に気づいてしまって、更にどきっとさせられた。
「なんなのよ、突然。気持ち悪いわね」
「じゃーん! これを見ろ!」
蓮香のバッサリ切り捨てるような台詞もお構いなしにニヤりと笑ったハルくんは、竹ひごの束を高い位置に掲げて、得意気にそれを私たちに見せつけてきた。
「飯の調理は毎日2人組みを決めてやってもらう! ペアの決め方はこの5本の竹ひご! 2本だけ黒が混ざってるから、それを引いた奴がその日の食事当番な! 運悪ければ毎日当番になるぜ? スリルあって面白いだろ、あはは!」
なるほど、それでさっきからこそこそと、その竹ひごのクジを作っていたのか。
ハルくんを見ていると、面白いか、面白くないか、が彼の全ての行動の基準になっているように思える。
どちらかと言うとつい平穏ばかり追いかけてしまう私にはない、その思い切りの良さがちょっぴり羨ましくも思えてしまった。
「良い案ですね。クジで決めてしまえば文句のつけようがないですし」
「お、純! やっぱり話が分かるなあ。んじゃお前から早速、ほら、引け」
「え、僕から、ですか? まあ、良いですけど」
テンポよく(というより若干強引に)事を運んでいくハルくんに、さすがの純さんも戸惑いがちにクジを引く。
「あ」と、この場の全員が声を揃えた。
純さんの引いたクジの先端に、黒の墨が染み込まれていたからだ。
これが、ハルくんの言っていた外れクジか。
っていうか、トップバッターにしていきなり外れだなんて、純さんちょっと可哀想な気がするのだけど……。
「いきなり外れかよ。じゃ、純、今日は頼んだぞ。後で案内するけど、冷蔵庫に冷やし中華の材料が入っているから。今日は初日だし、夕飯の材料は食事ペア以外の3人で買いに行くから。つーことで、もう一人の食事当番さっさと決めようぜ」
とか言って全部外れなんじゃないでしょうね、呟きながら呆れ顔でクジを引いたのは、蓮香だった。
大丈夫、外れはちゃんと2本だけだから。ハルくんのその台詞に誤りはなくて、蓮香の引いたクジは赤のインクで色付けがされていた。
ほれ、ほれ、ほれ。
にたにたと笑いながらクジをぐいぐいと近づけてくるハルくんに苦笑して、私は桐ちゃんに視線を流した。
なんとなく、先に引かせてもらったら、悪い気がするから。
「桐ちゃん、お先にどうぞ」
「えっ、あ……広井さん、先どうぞ」
「ううん、桐ちゃん先に引いて良いよ。私は後で大丈夫」
「そ、そんな、悪いよ。やっぱり、広井さん、お先にどうぞ」
「いやいや、私が当たったら悪いから、桐ちゃん、引いて良いよ」
「で、でも……や、やっぱり、僕は大丈夫だから、広井さん、先に引いていいよ」
……あはは。埒があかない。
譲ってあげようと思ったけれど、桐ちゃんも断固として私に譲ってあげようと思ってるみたいだ。これ以上このやり取りを続けたら、蓮香が増々機嫌を悪くする。
それを察した私は、それじゃあごめんね、とだけ言って、諦めてクジを引いた。
「あ、外れ!」
「はい、じゃあもう一人の当番は、ほのりに決定な! んじゃ、よろしく頼んだぜー」
すぐに、純さんと目があった。
よろしくお願いします、彼は小さく首を傾げて、優しく微笑んでいた。
私は、この後彼にされることを、まだ知らない。




