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夏の秘密  作者: まーにゃ
シークレット5: ハルの秘密
35/99

第34話

          ******



 8月18日


 合宿が始まってから、5日目の今日、東京は38度を超える猛暑日となっていた。


 浴衣を着たことがないという蓮香の台詞を聞くや否や、家に自分と妹の浴衣が二着あるとかで、朝早くにそれを取りに出かけてしまったほのり。

 今日の花火大会に蓮香と一緒に浴衣を着て行きたいと思ったらしい。

 蓮香はわざわざ取りに行ってもらってまでして浴衣なんて着たくないとぼやいていたけれど、ほのりは、蓮香は絶対浴衣が似合うから、と楽しそうに笑っていた。


 昼過ぎの空手教室には少し早かったが、純もほのりと一緒にこの家を出発してしまって、俺と学と蓮香の三人とビーフの一匹で、留守番をしていた。


 はあ、はあ、はあ。舌をだしたビーフのうるさい呼吸の音が響いている。



 エアコンの温度は27℃以下にすると光熱費的な意味でじぃちゃんに申し訳ない気もして、27℃に設定しているのだけど、今日はさすがにこの温度設定では事が足りないようだ。


 こうも暑いと何にもやる気が起きなくて、ちゃぶ台を端に寄せ、俺たちは三人で雑魚寝していた。

 蓮香はいらいらしているようだったけど、学は蓮香とこうしていられるのが相当嬉しいのか、デレデレした顔をしていて、夏の暑さなんて全く苦に感じていないように見える。

 学は蓮香のことになると、俺が言うのもあれだけど、バカになるみたいだ。だけど恋ってそういうものだと思う。俺も小学六年生で担任の先生に初恋をしたときは、こんな感じになっていた記憶がある。卒業式で配られたペンギンのストラップは、先生からの最初で最後のプレゼントで、未だに捨てられなくて携帯に吊り下げているくらいだから。





「暑いわね」


 汗をかいて色気が増している蓮香が、当たり前のことをぽつりと呟いた。よっぽど暑いのだろう。普段エアコンの風を嫌がっているようだったのに、珍しい。

 エアコン、下げる? 学は蓮香の顔色を窺うようにそう発していたけれど、それを却下したのは俺だった。


「だめだ。下げると、じぃちゃんが、怒るから」

「っていうよりあんたがお爺さんに気を使っているだけでしょ。お爺さん、あんたが思っているほど怖い人じゃないって知ってるくせに」


 額に手の甲を当てぐったりとしていた蓮香の瞳が、一瞬きらりと光る。

 俺はその瞳に、心臓をぎゅっと掴まれたような気分になった。


 蓮香の言う通りだったから。

 勘が鋭いやつだ。色々、見抜かれてしまっているみたいだ。



 じぃちゃんは確かに気難しいけれど、じぃちゃんが俺のことを気にかけてくれているのは、俺が一番よく知っている。


 小学生から高校一年生までずっと私立のエスカレーター式の学校へ通っていた俺は、昔から勉強が苦手で、段々、授業についていけなくなっていた。

 でも成績が振るわないこと以上に、じぃちゃんは、いつまで経っても俺に友達ができないことを、心配してくれていたんだ。

 しんどかった。寂しかった。勉強ができるやつが正しくて、勉強ができないやつが悪の世界。勉強ができない俺のことなんて誰も認めてくれなくて、誰も相手にしてくれなかった。それでもみんなと友達になりたくて、必死に話しかけても、ウザいと言われた。得意の運動でアピールしたって、白い目で見られることは変わらなかった。

 勉強ができない俺と友達になることは、あの学校のやつらにとっては、悪だったんだ。


 高校二年に上がると同時に、公立の学校へ転校しようと決めたのは、じぃちゃんだった。

 じぃちゃんは俺に相談もしないで勝手に事を進めていて、少し喧嘩になったけど、その反面で、「ああ、やっと、これで助かったんだ」って胸を撫で下ろしている俺がいた。

 これであの世界から解放される。みんなが俺を認めてくれる。みんなと友達になれる、って。


 転校して早々に仲良くなった学は、学年一の優等生で、それでも俺を見下したりしない男だった。それどころか、俺を頼りにしてくれているようにさえ見えた。

 前に一度、勉強ができるのに俺と友達になってくれた学のことを「すごい」と褒めたことがある。そうしたら、学は、びっくりしたように目を見開いて、ありがとうと言っていた。俺は学のその顔が、今でもずっと忘れられないでいるんだ。

 こんなに美しい世界があったのか。

 俺はこの世界を大切にしたい。俺を受け入れてくれたこの世界を、友達を、大切にしたい。

 こんな世界を知るチャンスを与えてくれたじぃちゃんには、感謝してもしきれないと思ったんだ。


 それでも、母ちゃんが死んだときから徐々に開いてしまったじぃちゃんとの心の距離を縮めるのは、俺にはできなかった。



「前田さん……そ、そんなこと言ったら……」

「いや、いいんだよ。蓮香の言う通りだし。あっついし、やっぱり温度下げようぜ?」


 俺は近くに転がっていたリモコンを掴みとり、ピピピピ、と電子音を鳴らしながら、一気に設定温度を下げた。

 すぅーっと涼しい風が頬を撫ぜる。


 勇気をだして、じぃちゃんと、話してみようかな。

 学との仲を修復させようと頑張れるのだから、ほのりを笑顔にしようと決意できたのだから、じぃちゃんとだってもっと話せるはず。ビーフを飼うのも許してくれたわけだし、ヤッコを連れだしたことも、ちゃんと謝ればきっと許してくれるはずだ。


 ちょっと下げすぎじゃない? ぶっきらぼうに呟いてきた蓮香に、返事の代わりに小さく笑った。

 18℃。これくらい、涼しくなくちゃ、灼熱地獄のこの夏は、乗り越えられないんだぜ。



 涼しくなったおかげか、宿題でもやろうかしら、と少しやる気をだしはじめた蓮香に、手伝うよ、と学が起き上がっていた。

 俺も宿題するよ。そう口に出したとき、二人に有り得ないものを見るような顔で見つめられて、ちょっとむっとした。

 成績、あげなきゃいけないんだよ。

 それがビーフを飼うための、じぃちゃんとの約束なのだから。

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