少年の憂鬱。
暑い。
もう夏も終わる筈なのに、蝉はうるさいし、太陽は眩しい。嫌味なくらい青い空は、俺をイライラさせる。
俺、吉野祐は、十七歳になったばかりだった。
生徒会の仕事をようやく終わらせて、部活に向かう。
「どうしよ、急がないと……」
文化祭の準備で、生徒の溢れる廊下を走る。この時期、何処もかしこも忙しいのは仕方ないけど、演劇部に参加できないのはかなり痛い。生徒会の仕事があるからと無理を言って、それでも脇役として舞台に立たなきゃいけない。うちの演劇部は人がいないし、脇役とはいえ、迷惑はかけられない。角を曲がろうとした時だった。
「わっ!」
誰かにぶつかった。互いにスピードは緩んでいた様で、大きなダメージは無かったようだ。
「ご、ごめっ…って、部長?」
謝ろうと、ぶつかった人物に顔を向けると、それは演劇部部長、新井陽だった。
「…っあ、吉野…」
俺を見て驚く彼女は、どこか様子がおかしい。いつもの笑顔はなく、すぐに俯き顔を隠す。声も少し震えていた。
「どーしたの?何かあったっぽいけど…、部活は?」
きっと聞いてはいけなかったんだろう。だけど、聞かずにはいられなかった。
「ごめん、今日部活なしだから」
彼女はただ一言つぶやいて、逃げるように走り出した。
「えっ?あ、ちょっと!」
状況がいまいち理解できず、とりあえず部室へと足を運ぶことにした。
部室のドアは半開き、中では日比野一樹が、力なく立ち尽くしていた。
「一樹、部長になんかした?」
ドアを開けて、極力笑顔を作る。彼女の様子がおかしかったのは、一樹と何かあったからだろう。
「…別に」
一樹は俺が来たことに少し驚いたけど、すぐに目を逸らされた。
「さっき、廊下で部長にぶつかったけど」
「……そう」
彼女について、一切食いついてこない。相当やばいことしたのか?少し不安になって、遠回しに聞いてみることにした。
「珍しいね、一樹のテンションが低い」
「…そんなこと、そんなことないよ」
力のない笑顔。疑問は確信に変わった。
「あ、廊下で新井さんに会ったってことは、今日部活無しになった事聞いた?」
「うん、聞いた」
「そっか、じゃ、俺帰るわ」
床に放られたカバンを拾って、一樹は俺の横を、通り過ぎようとする。足どりが少し重く感じ、思わず呼び止めた。
「一樹」
「他の人にも言っといてくれると嬉しいかな」
「まだ、間に合うっしょ。謝っときな」
「…お疲れさん」
ドアが閉まる。しばらくしてから、小さな足音が耳に入った。走り去る足音。
「世話が焼けるなぁ、あいつら」
窓際まで歩いて、乱雑に置かれた椅子に座る。胸の辺りのもやもやは、エアコンのドライ機能では取れない。
「一樹はアホだし、部長は天然だからなぁ…」
ここからは校門が良く見える。二人はちゃんと、結ばれただろうか?窓の外へと視線を向けたその時、部室のドアが開いて、飯田詩穂が顔を覗かせた。
「こんにちはー…って、吉野だけ?」
「そ、今日は部活なしになったってさー」
今度は俺が作り笑い。まったく、見せつけてくれる。
「…吉野、元気ないね」
「恋人がいる君には分からないよ、俺の気持ち」
「陽に振られた?」
デリカシーとやらはないのか、そう言ってやりたくなったけど、直球すぎてバカバカしく思えた。
「勝手に失恋したんだよ、俺は」
「なにそれ?吉野ってほんと変なやつー」
「なんとでも言え、そして一人にしてくれ」
「ほいほーい、部活なくなったこと言っといてあげるから、思う存分泣きなさいな」
からかうように、わざと明るく接してくる。飯田はそういう奴だった。
「泣かないし」
「じゃあねー」
飯田は否定を無視して、部室から消える。世話が焼けるのは俺の方かもしれない。窓からお似合いの二人を見つめ、透き通るような青い空に呟いた。
「あーあ、憂鬱だ…」