男と毒蛇
会社員、晴田晴男は川沿いのサイクリングロードをジョギングしていた。目の前には田畑が広がっており、川の上には鳥の姿が見られる。街の外れに残った僅かな自然。休日に味わう小さな爽快感。毎日デスクワークをし、日々時間に追われる晴男にとっては安らぎの時間だった。体を動かすというのは良いものだ。
だが幸せな時間は長くは続かなかった。草むらから忍び寄る怪しい影。毒々しい色をした体をニョロニョロとくねらせながら晴男に近づく。都合良く、こちらへ向かって走ってくる獲物。毒蛇は獲物目掛けて飛び掛かった!!獲物のふくらはぎに噛み付く!!
「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
突如足に走る激痛!!足元を見ると蛇が自分の足に噛み付いている!!ゲロを吐き散らす晴男!!蛇はふくらはぎに食い込ませた牙を抜き、素早く体をくねらせジャンプ!!今度は獲物の腕に噛み付く!!
「オゲロボボボボボボボオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」
滝のようなゲロを吐く晴男。脱水症状の一歩手前だ。頭がフラフラする。このままでは死んでしまう。だが蛇は容赦なく襲い掛かってくる。力を振り絞り、蛇の首元に水平チョップを放つ!!蛇は頭部がちぎれ、絶命した。
気分が悪い。頭がグルグルしている。脳味噌が色々な方向に回転しているのがわかる。手足も震える。間違いない、蛇の毒にやられたのだ。一刻も早く病院へ向かわねば・・・。糞尿垂れ流しながら足を進める晴男。おきあがりこぼしのように上体をグネグネさせながら歩く晴男は街を行き交う人間達の笑いものになった。心無い人間達から、ケータイで写真をパシャパシャ撮られる。そんな事構っていられない。自分の命が最優先事項だ。病院まであと少しだ。
ようやく病院に到着した晴男。顔面蒼白で、噛まれた部分は変色しパンパンに腫れ上がっている。蛇の毒が全身にまわっているとの診断を受けた。晴男を噛んだのはオブツドクヘビ。強力な毒を持ち、その毒に侵された者は涙・鼻水・よだれ・小便・大便を垂れ流しながら苦しむ事になる。その症状は1~2週間続き、下手すれば死ぬ。
解毒剤が効かない為、大量の鎮痛剤を貰い、病院を後にする晴男。涙・鼻水・よだれ・小便・大便を流しながら街を歩く晴男は、格好の笑いの的になった。自分に向けて次々とゴミを投げつける人々。健常者というものは、病人に対してこうも残酷になれるものなのか。毒に侵されながらも、怒りに震える晴男。せめてもの抵抗として、周囲の人間に自らのウンコを投げつける。悲鳴を上げながら逃げていく人々。晴男は、人間の薄情さを改めて思い知った。
翌日、会社へと出勤した晴男。オフィスに入った途端、皆の視線を独占する事になる。一日で10キロ以上痩せ、常に涙・鼻水・よだれ・ゲロ・糞尿を垂れ流しているその姿はゾンビの100倍汚い。ゾンビの様な摺り足で移動する晴男。晴男が自分の席に着いた途端、破竹の勢いで隣接している自分のデスクを引き離す2人の社員。とてつもない異臭がオフィスを襲う。その異臭に負け、たまらずゲロを吐く者や、小便や大便を漏らす者もいる。この場所に存在する事によって、周囲に毒をまき散らす公害社員晴田晴男。この時から、彼のオフィスでのあだ名はウンコゲロマンになった。
充満する腐臭の中、仕事をこなしていく社員達。毒に侵されている晴男は自分の業務を片付けていく。目の焦点が合わない。だが、自分の職務を放棄する訳にはいかない!!持ち前の責任感を武器に仕事を片付けていく。そうしていくと、課長から声を掛けられた。
「晴田、君、臭いんだよ。何とかならないのかね」
突然かけられた身も蓋もない言葉。何をいうか!!今日だって出社前に風呂に入ってきたし、自分のデスクにだって消臭剤をたくさん置いている!!これ以上の臭いをどうしろと言うんだ!!すると課長はこう言った。
「では君、そのウンコとゲロをなんとかしてくれたまえ。だから他の社員から陰でウンコゲロマンなんて呼ばれるのだよ」
「てめえええええええええああああああああああ!!!!!ウンコゲロとはなんだあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
激怒した晴男は課長に強烈な右ストレートを喰らわせる!!後方に吹っ飛んだ課長!!鼻血がレーザービームの様に吹き出す!!
晴男は追い打ちのドロップキックを放つ!!みぞおちに直撃!!鼻と口両方からゲロを吹き出す課長。うずくまる課長にサッカーボールキックの連打を浴びせる!!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドギャッ!!血と汚物まみれとなり、既に虫の息の課長。ひとしきり暴行を加えた後、自分の席へと戻っていく晴男。だがどこか様子がおかしい。手足が激しく痙攣している。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!グウオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
突然獣の様な叫び声を上げ苦しみだす晴男。白目を向き、床を転げまわっている。先程まで垂れ流し続けていた体液諸々は、その全てが紫色に変色していた。晴男の体内のオブツドクヘビの毒は既に飽和状態に達していたのだ。許容量を超えた毒に耐え切れず、メルトダウンを起こす晴男の体。紫色の湯気が立ち込める。パワーアップした激臭が周囲の人間を襲う。他の社員は皆、この激臭に耐え切れず嘔吐・放尿・脱糞を繰り返していた。
死ぬ・・・。このままでは・・・。薄れゆく意識の中、晴男はそう確信していた。私はまだこの世でやり残している事がたくさんあるというのに。無念だ。だが一つだけ。一つだけ何としてでも果たしておきたい事がある。
それは、同じオフィスで働く若い女子社員、馬田馬子に告白する事だった。一目見た時から、晴男は彼女に恋をしていた。可憐で美しい彼女を見ては、いつもかなわぬ恋と胸の中にその想いを封じ込めてきた。こんな形で死を迎えるというなら、この胸の中のくすぶっていた想いを今こそ燃え上がらせる時ではないか。この想いを受け止めよ!!馬子!!
決心を固めた晴男は、炉心融解を起こしている体を馬子の方に向けた。体外へあふれ出る毒でスーツがドロドロに溶け、全身に紫色の液体を纏った不潔な男は、人生で一番の山場を迎えている!!
「馬田さん!!!!!」
ヒィッ!!と彼女は声を出す。ヘドロの怪物のような男が自分に話しかけている。彼女は恐怖から小便を漏らした。怪物は続ける。
「一目見た時から君が好きだった!!!私と付き合ってほしい!!!!」
怪物からの言葉を聞いた途端、体が壊れんばかりの勢いでゲロを吐き、糞を漏らす馬子。ウンコゲロマンが自分に愛の告白をしている!何で私なの!?おげえええええええおぼぼぼおおおおおおおお!!!!!ビチャビチャビチャ!!ブリュブリュリュリュウウウビュ!!
「馬田さん!!君の答えを聞かせてくれ!!!!」
震える足で起き上がり、何とか体を上げる馬子。未だ続く吐き気と便意を我慢し、怪物を直視しないようにそちらの方を向く。そしてこう返事をした。
「ごめんなさい、今お付き合いしてる方がいます」
「え・・・そんな・・・・・・馬鹿な・・・・・・・」
今まで数年間胸に秘めてきた想い。それは彼女のたった一言で無残にも散った。決死の覚悟で、自分の全てを掛けて伝えた気持ちは受け入れてもらえなかった。
彼女への熱い想いで何とか抑えつけていた体中の毒。その猛威に対抗出来るものはもう無い。全身の毒の威力はピークを迎え、晴男は土石流のような糞を漏らした。口と鼻からは更に勢いを増したゲロが噴射されている。激しく吹き出るゲロは命の神秘を皆に伝えるかのごとく、7色にキラキラと輝いていた。それはだんだんと勢いを失っていき、やがて止まった。体中の毒も汚物も、胸にしまいこんでいた熱い想いも、何もかも出し尽くした晴男。崩れるようにその場に倒れる。もう二度と起き上がる事はなかった。
平成XX年、4月、オブツドクヘビの毒の危険性が全世界に発表された。その裏に、一人の勇敢な男の犠牲があることを忘れてはいけない。
完