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反面教師

作者: 山中幸盛

 現在大学三年で、ヘアスタイルが若者向け雑誌の表紙の青年とまったく同一の四男は、夜ごとどこかに出かけるので滅多に顔を合わせることがない。たまに姿を見かけて声をかけると「まあね」とか「ちゃうちゃう」とかと生返事して風のごとく去って行く。そんな彼だが、ある夜パソコンに向かっていると自分の方からやってきて「はい、これ」と、車用の灰皿を置いて出て行った。突然のことで幸盛は「おう」と応じただけだったが、後日ラジオかテレビで知ったところによると父の日のプレゼントだったようだ。そういえば昨年もクッションをくれたっけ。

 その彼が小学校低学年のころ、車で一時間ほど走ったところにある三重県の多度山まで「セミ撃ち」に二人で出かけたことがある。つまり、木にとまって「オイラは生きている、生きているぞォー」と叫んでいるセミを、プラスチックの弾丸を強烈なバネで発射するピストルで撃ち落とすのだ。


 幸盛が小中学生の頃に、駄菓子屋などで銀玉鉄砲というものを売っていた。ほとんどの男子が一度は撃ち合って遊んだ経験があると思うが、二、三メートルも距離をとれば新聞紙一枚すら貫通できない比較的安全なものだった。それでも目の玉に当たれば失明する恐れがあるということを子どもながらに感じていたようで、子ども同士で撃ち合った記憶よりも、空き缶や田んぼのカエルを撃った記憶の方が強く残っている。(空き缶に当たってもチンと音がするだけだし、カエルに命中してもポコンと音がしてピョンと逃げるだけだ。)

 ところが今のピストルはちがう。おもちゃ売り場に行くと子どもがおいそれとは買えないようにピストルも弾もショーケースに入れてある。へなちょこ銀玉鉄砲とはちがい、発射される弾丸の威力は強力で、缶ビール一ダースが入れてある段ボール箱なら三メートル離れていても片面を貫通してしまう。部屋の中で箱にサインペンで丸いマトを書いて遊んでいると、妻が「そんな危険なものを」ととがめるので、「だいじょうぶ、エアガンとは違うんだから」と言ってわざと己の手のひらに撃ってみせて「ほらね」と平気を装ったものだがこれはトリックで、銃口を手のひらに強く押し当てて発射すれば空気が圧縮されて威力が激減するだけのことなのだ。実は声には出さずに『イテッ』と叫んでいたのだ。

 だから木にとまっているセミに当たればセミはバタバタ羽ばたきながら落ちてくる。命中した部位によってはストンと落ちてくる。灌木や下草の上に落ちてきて暴れもがき苦しむセミを見て、われながらに残酷だと思う。まさに無益な殺生以外のなにものでもなく、小石とゴムを使った究極の兵器「パチンコ」で田んぼのカエルを撃って、手足を伸ばしてひっくり返りピクピク痙攣している姿に『快感』を覚えたのは一度や二度ではない。魚つりが好きなのも似たようなものだと思う。たまたま食べられる魚だから食べるだけであって、つまり無益な殺生ではないと自分を弁護するために食べるのであって、真の目的は「狩猟」なのだ。血が騒ぐとしか思えない。血が騒がない人の祖先はおそらく狩猟ではなく農耕で身を立てていたのだ。


 多度山に到着して車から降り、人影がほとんど無いハイキングコースを渓流沿いに上って行くと、大きな木々の影が濃く、渓谷で冷やされた空気が漂うので心地いい。蝶やトンボが近くを飛んで行くものなら当たるはずもないのにむやみやたらと弾を撃ちまくる。しかしセミの鳴き声は遠い。

 ちょうど、ハイキングコースから外れる小道があったのでそこを登ってみることにする。日当たりの良い斜面なので大小高低様々な広葉樹が不規則に枝を広げ、ニイニイゼミの声があちらこちらから聞こえてくる。

 幸盛は息子に言った。

「お父さんちょっと登ってみるわ、来るか?」

「ぼくはこの辺で遊んどる」

「あんまり遠くに行くなよ」

 と言い残し、一人で登って行く。すぐに栗の木の上で鳴いているニイニイゼミを見つけた。狙いを定めて撃つとわずかに外れ、セミは小便を飛ばして逃げ去った。

「にゃろめ」

 次のニイニイゼミは樹齢の浅いドングリの木の幹にとまっていた。今度は右肩のあたりに命中し、羽をバタバタさせて鳴かずに落ちてきた。下草の間でもがき苦しんでいるので至近距離から弾丸を発射し息の根を止めてやる。セミの血は赤くはないが、飛び散った体液が顔に付着した気がするので首に巻いたタオルで顔を拭く。興奮して息も荒く唾液もにじみ出ているから、きっと冷酷な殺人鬼の形相で、

「ゆるせよ、おまえは運が悪いのだ」

 とかなんとか言って次のセミを探す。なんのことはない、セミを撃ちたかったのは幸盛の方で、息子はそんな父親につきあってくれているのだ。

 五匹ほど撃ち殺して降りて行くと、息子は大きな桜の木の下枝に向けて何かを撃っている。幸盛は聞いてみた。

「とれたか?」

「セミはかわいそうだから、クモを撃っとった」 



* 文芸同人誌「北斗」第571号(平成22年10月号)に掲載 

*「妻は宇宙人」/ウェブリブログ  http://12393912.at.webry.info/ 



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