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街に出よう

翌日。

初音は直隆の声に叩き起こされて、目を覚ました。

「日はとうに登っておるぞ、はよ起きんか、このうつけ者!」

「まだ九時じゃんよー……、あと五分」

休みの日ぐらいゆっくり寝させてくれ。

蒲団に潜り込むと、直隆は怒っているのだろう、蒲団をバシバシ叩いてくる。

無視して再びまどろみの中に落ちようとした時、太もも辺りに妙な感覚がした。

埒が明かないとみた直隆が潜り込んできたのだ。

「きゃああ! なにすんのよ、スケベ!」

さすがに飛び起きて、布団をはぐと、足の間から直隆がコロリと転がった。

「ちょっと!」

真っ赤な顔して足掻いているチビを引っ掴むと、直隆もこれまた赤い顔をしている。

「寝ている女の股ぐらに顔突っ込むなんていい度胸じゃないの。あぁん?」

「もっ……元はといえばお主が悪い! いつまでもたっても起きんものだから……!」

「だからって蒲団に潜り込むか、普通。変態、ドスケベ、好色男子!」

「なんだとう、言わせておけば! この恥知らず、性悪、無礼者!」

繰り出される、The怒鳴り合い。十分後、二人は怒鳴りつかれてぐったりしていた。

「と……取りあえず、朝ごはんにしよう」

「そうじゃな……」

ご飯に味噌汁というシンプルな朝飯を用意している間も、直隆は炬燵の上でふんぞり返って待っているだけだ。

あー。本当に昔の人って亭主関白よねー。

「白米なぞ贅沢な物食うておるな」

「白米じゃなかったら何食べていたの?」

「麦飯じゃ」

「へえー。健康に良さそう」

どうもかみ合わない話を続けながら、直隆にヒアリングをしてみると以下の事が分かった。

父は浅井家の家老であること(おぼっちゃんかよ)。

年は21歳であること(年下かよ)。

妻がいたこと(ブルータス、お前もか!)

そして、織田信長を憎んでいること。

同盟を結ぶにあたって、浅井家は恩のある越前の朝倉家には手を出すなと条件を出した。

が、信長はあっさりと約束を反故した。

城内は朝倉家に味方するか、織田家に味方するかで意見は真っ二つに分かれているという。

「いかに織田の勢力が甚大であろうと、わしはあの男が許せん」

よっぽど嫌いなのだろう、直隆は米粒を飛ばしながら激高した。

「義を通すに意もなにもあるべきか。強き敵ならなお良し、その為ならばこの命、喜んで差しだそう」

「チビはそれでもいいかもしれないけどさ」

「チビ言うな」

「それで、あんたの大事な浅井家がなくなってしまったらどうするの」

そうなることを、初音は知っている。

むう、と直隆が黙る。

「お主も遠藤殿と同じことを言うのだな」

そう言って憎々しげに初音を見た。

直隆にとって、ここは未来だ。自分の生きた時代を知れば、そして元に時代に戻れたならば歴史を変えることができる。

だが、そうなればこの時代も変化する可能性がある。

「それは卑怯だろう」

きっぱりと直隆は言い切った。

「わしは卑怯者になどなりたくない」

だから、頼む。

「どんな死に方をしたかなど、わしに知らせるな。帰れるか、否かを教えてくれればいい」

「分かった」

頷いた初音の好奇心は、違う所へと向かった。

「で、奥さん、どんな人?」

目を見開いた直隆の顔が赤く染まる。

なぜかその仕草に(自分が聞いたくせに)、初音はむっとした。

「名を、お雪といった。大人しい、無口な女だった…」

言葉を交わしたのはたった一回、子を生んだ時だった。

――雪は幸せに存じます。

そう言って、はにかむ様な笑顔を残し、数日後に儚くなった。続いて生まれた子も。

「あ……」

初音は何と言っていいか分からない。

「その……ご愁傷さまでした」

「身体の弱い女子おなごであったからの」

好きだったんだろうな、その人のこと。

思いつつも、内心、ほっとしている自分に、今度はむっとした。


初めて外に出た直隆は、カバンの中はご不満だったらしい。

あまりにもギャンギャン吠えるものだから、仕方なしに胸ポケットに入れた。

これじゃあまるで、あたしが頭痛い馬鹿みたいじゃない。

侍のフィギュアを胸に刺しているなんて。

だが、現代人は他人に対して無関心だということがよく分かった。

誰も彼もが気付かない。

そして直隆も初音の言いつけをよく守って大人しくしていた。

「お休みの日に出かけるなんて、久しぶりだなー……」

仕事で精魂疲れ果ててしまう初音は、休日は家に引きこもっている。ぼーっとしている内に一日はあっという間に終わってしまうのだ。

初冬のよく晴れた空は、青く遠くどこまでも続いている。



ここは、何なのだ。

初音のコートの胸ポケットから顔を出して、直隆はただただ戸惑っていた。

合戦でもあるのではないかというほどの人々が無表情で歩いている。溢れるほどの色と騒音に、直隆は目眩を起こしそうになった。外にいるのに空気が悪い。吐き気を催しそうだ。

だが、その中で初音も動じることもなく、風景の一つになっている。

ということは、これがこの世界の日常なのだろう。

田園がない、そこかしこにそびえ立つ珍妙な建物、狭い空、僅かな緑。

この国は、五百年の内にどれだけ変貌したのだろうか。

「大丈夫」

直隆の動揺を察したかのように、初音が小声で囁いた。

「あたしがいるから、大丈夫」

根拠のないその言葉は、だがしかし直隆を安堵させた。自分の存在を知ってくれている人がいること。ただ一人の味方がいること。安堵は好意に転換……しなかった。

「これがいいかなー」

見た事もない色とりどりの商品が並んでいる(おもちゃ売り場と言うらしい。目的使用不可解な物ばかりだ)一角で、初音が手に取ったのはドぎつい色の衣服だった。

女子おなごの顔が描いてあるが、それは誰のものだ」

「勿論、チビのものに決まっているでしょう」

「わしにそんな着物を着せるつもりなのか!」

「しーっ。大人しくしてなさいって」

「却下だ、却下。お主、もしやわしで遊ぶつもりではあるまいな」

初音は無言でそれを棚に戻した。図星だったらしい。

この女……!

怒りに直隆の顔が赤くなる。

「あ、ほら、お家も売っているよ。どう?」

「いらぬ。桃色御殿なぞ誰が住むか」

「ちぇっ」

結局、直隆が選んだのは質素な白い食器だった。透明の箱の中にウサギやらがそれを持って飾られていたが、あれは一体何だったのだろう。



チビ専用食器はシル○ニア・ファミリーシリーズに決定した。

さて、次はネットカフェに行かなければ。初音のパソコンは数か月前にぶっ壊れて修理にも出していない。

個室に入って、直隆をモニター横に出す。

「疲れた?」

「わしを見くびるな。疲れてなどおらん」

そういいつつも、多少ぐったりして見える。

「ま、ここなら誰もこないし、しばらくゆっくりしてな」

そういいつつも、適当にキーワードを打ち込んで行った。

「文字が横に書かれておるのか」

直隆も興味深そうに覗きこむ。が、しばらくすると、モニターの光にやられたのだろう。静かに座りこみ、キーボードを叩く初音の指を眺めるようになった。

その様子に少しだけ微笑んだ初音だったが、数十分後には険しい顔に変わっていた。

簡単に見つけられるとタカを括っていた直隆の消息がどこにもないのだ。

浅井長政やその家臣たちはすぐに見つけられたというのに。

スクロールしていた初音の手が止まった。

画面に映し出されたのは、小谷城跡。石垣が崩れたその城跡は、ほとんど山と同化しており一種の物悲しさを感じさせた。

遠い昔、ここには確かにお城があって、人が住んでいたんだ。

そして直隆もここにいたんだ。

不思議を通り越して、なんだか奇妙な感覚だった。

「どうした?」

「あ、いや、なんでもない」

慌てて画面を消す。

知らない方がいい。知ってしまえば、絶対にショックを受ける。

ふいに涙が出そうになった。痛みにも似たこの感情を初音は何と言うのか分からずに、ただ黙ってパソコン画面を睨みつけていた。


「ごめんねー、結局わからなくて……」

冬の夕暮れは早い。初音は駅から家までの道すがら、直隆に謝った。

「でも、もう少し調べてみるから」

「許さん」

胸ポケットで直隆が不満そうに鼻を鳴らす。

「どうしても許してほしくば、びーるを差し出せ」

ああ、気に入ったのね。

「ビールで済むんだったら、安いものです」

クスクス笑って、ふと自分の影が長く伸びている事に気が付いた。

「直隆。ちょっと丘の上の公園に寄って帰ろうか」


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