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ラブレター

「木村初音殿


思うていることを伝えようと筆を取ってはみたが、難しいものだな、中々手が動いてくれぬ。

礼の一つも言えぬまま、分かれてしまったことだけが悔やまれる。

あの日。

わしは再び光に包まれて、気が付いたら小谷の山中に倒れておった。

この髪が短くなったことも、着物でなく服を着ておったことも、周囲にはどうでもいいことだった。それどころではなかった。

現在はそれぞれに陣を構え、ほどなく大戦が始まるだろう。

わしらの中に反対をする者はもういなかった。御館様だからこそ、あの方だからこそ、全てを捧げる覚悟にある。

未来を知っているわしは、何も言えなかった。

なあ、初音。

わしは怖かった。

そなたのいる未来が歪んでしまうことが怖かった。愛する者が住む、あの美しい世界がもしかしたら消えてしまうことが恐怖だった。

流れに沿っていれば、いずれそなたがいる世界が誕生する。

なぜ、未来に飛んだのかは分からない。そなたの元へと行ったのかも分からないし、最初の内は小さな体だったのかも分からない。

分かっていることは、ただ一つ。

そなたが横にいたからこそ、世界は美しく輝いて見えた。

初音。雄々しく生きよ。

そしていつまでも、びゅーちふるな世界で笑って過ごしてほしい。

それだけがわしの願いだ」


***



晴れた日が続いたためか、姉川は拍子抜けするほど小さな小川だった。

車を降りて川原に出た博の横には、初音がいる。

翻訳しつつも手紙を読み上げる梅木の声に、初音は静かに涙を流しただけだった。


「形見くらい、残しておけばよかったのに」


沈黙に耐えられなくなって、博はちゃかすように言った。

丁度440年前、松本四朗直隆はこの地のどこかで命を落とした。


「形見ならあります」


初音はそう言って、そっと腹を抑えた。

そうか。それで煙草を嫌ったのか。


「産むんですか」

「産みます」


彼方を見つめながら、初音は微笑んだ。

生涯、博が忘れることできなかったほどの、強く優しい笑みだった。




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