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止まない雨

雨の音は優しい、と初音は思う。

妙に静かで心にしみてくる。


昼下がり、窓辺から淡い光が正方形に床を照らし、雨の影がゆっくりとその中で動く。

初音は男の腕の中にいる。

ベッドの上で膝を立て、壁に身を預けている直隆の足の間にすっぽり身を沈めて、頬をむき出しの胸にぴとりとつけている。

二人とも無言だ。

ただただ、窓の外、不定期に開催される雨だれの演奏に耳を傾けている。

まるで世界から切り離されているようだ。


僅かに初音が身じろぎした時、直隆が口を開いた。

「一緒に過去へ行こう」

「うん」

「帰ってすぐに祝言を挙げる」

「素敵」

「わしと共に来い」

「行きたい」

そう言って初音は目を閉じた。

だけども、自分は行かないだろう。もし、行くことができるとしても。

全てを捨てて、刹那を生きるには、しがらみが多すぎた。

もし、あたしが中学生や高校生くらいの純真があれば、一も二もなくこの人に付いてゆくことができるのに。

何もかも捨てて、直隆への愛を貫くことができるのに。

悲しいのは、直隆もそれを分かっていることだ。


直隆が腕に力を込めた時、初音が口を開いた。

「来年も上野の桜を見に行こう」

「ああ」

「来年も、再来年も、ずっとずっとその先も」

「勿論じゃ」

「お願い、どこにも行かないで」

「ここにおる」

そう言って直隆は唇を落とした。

だけども、自分は過去へと戻るだろう。

初音はここに留まるだろう。もし、来れるとしても。

現代へと来た当初、初音は「直隆がいつ死んだと分かれば、過去に戻ったことが分かるんじゃないだろうか」と言った。

あの時代で自分が死んだとなると、初音はどうなる。浅井家は滅亡する、安全の保証はない。犯され殺される可能性だってあるのだ。自分の死は怖くはないが、それは絶対的な恐怖だった。

直隆は生きるべき時代に帰る、切実にそれを望んでいる。

悲しいのは初音もそれに気が付いていることだ。


だから二人は優しい嘘を重ねる。

叶わない約束をする。

お互い、分かっていた。分かっていたが、それすらも欲しい時がある。


雨は降り続ける。柔らかく世界を包み込むように。

初音と直隆は、身動きもせずに抱き合ったままである。


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