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丘の上の園

正晴は黙々と歩く。自分から口を開く気はなかった。目の前を歩く姉の恋人も、自分が誘ったくせに何もしゃべらない。

不愉快と好奇心が絶妙にブレンドされた気持ちのまま、正晴は全身でその男を観察した。

変な奴。

周りの雰囲気に馴染んでおらず、どこか浮世離れた気配がする。ただ前を見て歩いている、それだけなのに。

落ち着いて見えるが、導火線に火が付いたら命すら投げ出して突き進む様な危ういタイプだ。

正晴は自分の嗅覚を信じる。

ま、初音はその男をパンツ一丁いっちょでベランダに叩きだし、正晴は本人の前で「ヒモ」呼ばわりした訳だが。

正晴は小さな溜息をついた。

昔から姉が好きだった。今でも一番の理解者だと自負している。

近所のクソガキにいじめられて泣いている姉を守ったのは自分だったし、不器用な姉が親と衝突しそうになるたびに軽口で風通しをよくするのは正晴の役割だった。

だが、いつしか姉は鎧を纏うようになった。誰にも本心を見せず、危うさと頑なさを抱えて鎧はどんどん分厚くなる。比例するように正晴の文句も増えてゆく。

「よい眺めだろう」

直隆が立ち止ったのは、丘の上の公園だった。見晴らしがよく、眼下にはジオラマみたいな町の風景が広がっている。

「そうだね」

いつの間にか買ったらしい冷えた缶コーヒーが差し出された。金の出所は初音だ、突っぱねたかったが、喉が渇いていたので黙って受け取った。

なんとなく二人並んで、ベンチに腰掛ける。

どうせ言い訳とか、どれだけ姉が好きだとか言い始めるんだろうと構えていたが、隣の男は何も言わずにコーヒーを飲んでいるだけだ。正晴も黙っていた。

サワサワと風が通り過ぎて、こずえを揺らす。

「何か、僕に言いたい事あるんじゃないの」

しばらくの後、耐えられずに口を開いたのは正晴だった。

「一度、初音の弟君に会ってみたかった。話をよく聞いていたものだから」

姉ちゃん、それ反則―――!

心の中で正晴は叫ぶ。

「ど、どんな?」

上ずった自分の声が忌々しかったが、直隆は気にしてないようだった。

「いじめっ子から震えながら守ってくれたとか、辛い時はそばにいてくれたとか、……名前を聞いたのは、今日が初めてだったが」

缶コーヒーに目を落としたまま、直隆は続ける。

「初音の強さは、正晴殿がおればこそ生まれたのではないかと思う。人は愛情に恵まれて育つと強くなるものだから」

「姉ちゃんが本当に強いと思ってんの、あんた」

そう見せかけた鎧を着こんでいるだけだ。本当の初音は弱く、脆い。

「強い」

だが、直隆は即答した。

「そこが堪らなく愛らしい」

言った瞬間、直隆の顔が真っ赤になった。

赤くなるくらいなら言うんじゃねーよ。

むかっ腹と笑いだしたくなる衝動を抑えながら、正晴は空き缶をゴミ箱に投げ入れた。

マジで変な奴。

分かっていた。本当は分かっていた。

正晴だって子供じゃない。大好きな姉の恋人に嫉妬しているだけだ。

それが隣の男でなくて、バリバリのエリートだとしても、正晴は絶対に反対していただろう。

「あんたがさ」

ベンチから立ち上がると、近くにいた鳩が慌てたように飛び去った。

「もっと嫌な奴だったら良かったのにな」

そしたら思う存分嫌ってやれるのに。


「もう、遅い」

部屋で待っているのは耐えられなかったのか、初音はマンションの前におり、帰ってきた二人を見つけて飛び出してきた。

「何の話をしていたの、ねえ」

初音の問いかけに正晴と直隆は目を合わせた。

「いや、別に」

「男同士の話」

「だから男って嫌。すぐに仲良くなって結託するんだから」

むくれた姉に正晴は声を上げて笑う。

「じゃあ、そろそろ行くよ。姉ちゃん、たまには実家に帰ってやれよ。父さんも母さんもさみしがっている」

「う、うん」

そのまま正晴は踵を返した。

直隆には挨拶も何もしなかった。拗ねているのは分かっていたが、振り返らずに黙々と駅を目指す。

「ふん」

うららかな午前の光の中、正晴は鼻を鳴らした。

「爺むさいしゃべり方しやがって。武士かっつーの」

悪態をつきながら、正晴は歩く。声にほんの微量の笑いが含まれている事を自覚しながら。




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