姉弟バトル
ローテーブルを挟んで、服を着た直隆と初音、そして向かいに正晴が座る。その背後で風神様雷神様も意気込んで着席した。
お前ら俵屋宗達の屏風に帰れ!
初音は幻に毒づく。
口火を切ったのは直隆だった。
「お初にお目にかかる。某は浅井新九郎長政に仕えし松本惣一影康、その一臣松本四朗直隆と申す。以後お見知りおきを」
そう言って深々と頭を下げた。
「何? 演劇の人?」
目を丸くさせている正晴に、初音が慌てて頷いた。
「そ、そう、役者の卵! 右から見ても左から見ても怪しい所なんてないでしょ!」
「何をいっておる、わしは……」
あんたは黙ってろ! 凄んだ初音の眼力に気おされて直隆が口を閉じた。
「へえ、役者の卵。じゃあ、収入とか全然ないんだ」
正晴の目が細まる。
「もしかして……姉ちゃんがやしなってんの?」
「いいんだって、直隆は! あたしが好きでやっているんだから!」
はああ、しまったぁ! これじゃ直隆がヒモのようではないか。いや、実質その通りなんだけど!
「そういう正晴はどうなのよ。浮いた話一つ聞いたことないけど、姉の心配している場合?」
「顔も性格も将来性もいいんだ。モテないわけないだろう。一人に絞り込めないだけで」
「へえ、それは結構なことで」
「話をすり替えるなよ。それとこれとは違うんだ……姉ちゃんさ」
弟はしみじみと溜息をついた。初音は次の攻撃に身構える。
「いい年なんだから、もっと堅実に考えるべきだ。夢ばかり見ていないで未来を見据えないと取り返しのないことになるぞ。時間は戻ってこないんだから」
正論だと思った。正論だと思って腸が煮えくりかえった。
「泣きを見る羽目になるのは、結局、姉ちゃんなんだぞ」
「それがどうした!!」
いきなり怒鳴りつけられて、正晴は驚いて腰を抜かした。その後ろでは風神様雷神様が手に手を取り合って口をoの字に開けている。
「計算ずくで何もかも幸せになると思ったら大間違いなんだから! あたしの行動はあたしが全て責任を取ればいいだけの話でしょう、何も知らない正晴が横からごちゃごちゃ言わないで!」
「言うよ! 当たり前だろう、姉ちゃんが心配なんだから!」
姉と弟は睨み合う。
「顔だけのヒモとはすぐに手を切るべきだ」
「それ以上、直隆を侮辱したら」
怒りが極度に達したのだろう。初音の声がすっと低くなった。顔から表情が消えて、変わりに目が燃えるように光っている。
「あたし、本当にあんたに何をしでかすか分からない。だから、帰って」
「初音、落ち着け」
今まで入り込む隙もなく、テニスのラリーを見守るが如く、初音と正晴を交互に見ていた直隆が初音の肩に手を置いた。
思ったよりも力強い手だった。その部分から、燃えるように渦巻いていた感情がシュウシュウと沈静化されてゆく。
そのまま、直隆は正晴に顔を向けた。
「少し外を歩かぬか」