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弟君 襲来

わたしにとって男は最高の毛布よ。


どこか外国の女優が雑誌のインタビューでそう答えていた。読んだときはしゃらくせえとしか思わなかったが、なるほど、なかなかどうしてこの場所は心地よい。

「重い。直隆、ちょっと重いー……」

胸元でクウクウ寝息を立てている直隆の頭をどかそうとすると、そのまま絡み付いてきた。

「ちょっと、くすぐったいって……、もう!」

半分夢の中に片足を突っ込んでいるようなまどろみと、男の体温の気持ちよさに幸せを感じながら初音もじゃれつく。

「どこがくすぐったいって?」

直隆が笑いながら覆いかぶさってきた。寝ぼけた顔も可愛いなあ、それにしても朝っぱらから元気だなあと感心しながら初音はその顔を引き寄せてキスをする。ゆっくりと手を回すと、直隆の固くて太い髪の毛を梳いた。

そのままラウンドワン開始となった時。


ピンポーン。


間抜けなチャイムが鳴った。


ワンルームマンションはことのほかこの音が大きい。一瞬、二人はビクッとして、顔を見合わせた。

「小包でもきたのではないか」

「朝の七時に?」


ピンポーンピポピポピンポーン。


せわしなくチャイムは鳴り続ける。ご丁寧に音声まで付いてきた。


「姉ちゃん、おれだよ、まーさーはーるー!」


「げっ!」


初音が顔色を変えて飛び起きた。弾みで直隆がベッドから転げ落ちる。


「どうしよー、どうしよー、正晴が奇襲攻撃かけてきた、ぱんつはどこー!?」

「なに、奇襲とな。正晴とやらは敵か味方か」

オロオロしながら下着を探す初音に、直隆もつられてパニックになった。

「正晴はあたしの弟です。ああ、あの子口うるさいから、絶対怒られるー!」

「姉ちゃん、いるのは分かってんだよー」

ドアの向こうから朗らかな声で、高利貸しのような恫喝が聞こえた。

あと三十秒で開けないと、合鍵で強行突破しちゃうぞ☆」

「ひいいいい!」

昨夜脱ぎ散らかしたパジャマを着込んだ初音は、とりあえず下着だけ着た目の前の男が一番問題だと気が付いた。

弟君おとうとぎみか。ならばしかるべき挨拶をせねば」

とかなんとかぶつぶつ呟いている直隆をベランダにぺーいと放り出してがしゃこんと鍵をかける。

「何をする!」

「ちょとだけ! ちょっとだけそこで我慢していて!!」

拝むように両手を合わせて、無常にもカーテンを閉じた。


「ど、どうしたの正晴。久しぶり」

二年ぶりの再会に姉弟はにっこりと微笑み合った。一人は引きつりながら、一人は嬉しそうに。

「一時帰国したもんでさ。すぐに姉ちゃんに会いたかったんだ」

「姉ちゃんも正晴に会えて嬉しい。じゃあ、そういうことで、さようなら。またいつか」

閉めようとしたドアはガンと音を立てて止められた。正晴のダークブラウンの靴が挟まっている。

「はるばるアメリカからきた弟にそれはないんじゃないの? 五分だけでいいから中に入れてよ」

そういって無理やり押し入ってきた。

初音は昔からこの弟に弱い。姉思いといえば聞こえはいいが、あまりにも干渉が多すぎるのだ。

昔から。

「あなたが心配なのよ」と母の言葉もあって、強く拒絶できない。

「ねえ、あの……うちの合鍵って本当に持っているの?」

「うん! 前、泊まらせてもらったとき、勝手に作らせてもらったよ。世の中何かと物騒だからね」

お前が一番物騒じゃ!

初音は絶叫を辛うじて飲み込んだ。

「いやー、やっぱり日本は湿気が多いねー。アトランタなんてさ、経度日本と一緒なのにさ、今の時期すでに半袖半パンなんだぜあいつら……」

ぺらぺらとしゃべっていた正晴がふと止まった。

「姉ちゃん、あれなに?」

「げっ!」

弟が指差す方向を見て、初音は悲鳴を上げた。

朝光を受けたクリーム色のカーテンに影が映っている。まるで車に引かれたカエルのような形の。

状況を飲み込めない直隆が窓ガラスにへばりついて様子を伺っているのだろう。


「姉ちゃん」

正晴がこちらを向いた。顔は笑っているものの、その背後では風神様雷神様がダブルで激しくツイスト中。

「説明してもらおうか」



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