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コーヒーとミルク、プリンとカラメル

 ー苦い。


 私は今日も缶コーヒーをこの疲れた身体に流し込み、パソコンに向かった。カフェインに身を任せて残った仕事を片付けていく。時刻はもう22時を回っていた。


 頭を動かすために飲む缶コーヒーは嫌いだ。私は休みの日には自宅で自らドリップするほどのコーヒー好きだった。でもいつの間にか休みは寝るだけのものになり、コーヒーもただの仕事アイテムと化してしまった。


 あんなに好きだったのに。


 私、梅野彌生(やよい)が働いている広告会社は激務だ。広告の納期が短い上に、顧客からの急な要望が多い。そのため、深夜休日問わず仕事が入ってくる。2個上の大学の先輩に憧れて広告業界を目指したものの、新卒から1年でこの様である。


「転職しようかなあ」


 短いため息とともに言葉が漏れた。今日の仕事はいつもより早く片付いた。といってももう23時だ。

お惣菜でも買って帰ろうと思い、帰路へ着く。


「…喫茶店?」


 ここは会社の通り道なので毎日通るのだが、初めて見た気がする。「真夜中の喫茶店」という看板に惹かれ、私は中へ入ってみることにした。


「こんばんは、いらっしゃいませ」


 店主であろう細身で長身の優しそうな男性が出迎える。ほのかにコーヒーが香った。私の大好きなコーヒーの香りだ。でも、今ではなんだか懐かしく感じる。


「真夜中の喫茶店へようこそ。ほっと一息、いかがですか?」


 ぼーっとしていた私は声をかけられ、


「あ、ぜひ!」


 と少し情けない声で返事をした。


***


「今夜はご来店いただき、ありがとうございます。あなたにはとっておきのコーヒーとプリンが良さそうですね。どうでしょうか」


 と店主は尋ねた。コーヒー、か。仕事のために飲むあの缶コーヒーを思い出し、私は答えに戸惑う。

 そんな私を見て店主は、


「当店のコーヒーはそこら辺の自動販売機の缶コーヒーなどとは一味違います。とても苦いんです。そしてとても味わい深い、それはそれは美味しいコーヒーなのですよ。私は定休日によく飲んでるんです。ちなみにプリンは私が一つずつ心をこめて作っています。カラメルは少し苦いですが…」


 と微笑んだ。苦いコーヒーと苦いカラメル。私の今の人生みたいだ。そう思いつつも、コーヒーとプリンをお願いした。


「なぜ深夜に喫茶店をやっているんですか?」


 深夜にやってる喫茶店というものを初めて見た私は、興味本位で店主に質問した。なんのためにやっているんだろう。お客さんが入らなかったら赤字になっちゃうだろうし…


「お客様の話を聞いて、そのお客様に合ったとっておきのメニューを出す。そして心を軽くして帰ってもらう。なんというか、そういうことをしているうちに人に興味が湧きましてね」


 この世の中には人生に疲れている人がたくさんいるから、少しでも心の拠り所になればとのことだ。日本のサラリーマンは疲れているというSNSの投稿を目にしたことがある。実際、私もそうだ。


「こちらは当店一押しのブレンドコーヒーです。苦いのでミルクを入れることをおすすめします。

そしてこちらがプリンになります」


 コーヒーの香りが私の鼻をくすぐる。ドリップしていたあの休日のあの香りよりも強い。店主のおすすめ通り、ミルクを入れた。円を描きながらミルクを溶かしていく。

 口に入れた瞬間、深い味わいとミルクのまろやかさが口の中に広がった。プリンは苦いカラメルと甘くてクリーミーな生地がよく合い、頬が落ちそうになる。


「とても美味しいです。驚きました」


 私は反射的にそう口に出した。


「お口に合ったなら光栄でございます。さて、お客様はどのようなお悩みをお持ちで?」


 私は仕事のことやコーヒーのことを店主に話した。誰かに悩みを話したのはいつぶりだろう。

 この頃は実家に帰っていないので、親にも話していない。休日も寝てるだけで友達とも随分会っていなかった。


「ほう。それはまるでとても苦いコーヒーと苦いカラメル、うちのと似ていますね」


 苦い人生ということだろうか。皮肉なものだが図星を突かれ、私は苦笑した。

 すると店主は、


「ミルクを入れるとなお味わいが出る、苦いものには甘いものがつきもの。きっと素敵なことが起こりますよ」


 と言った。思いもよらぬ言葉が返ってきた私は少し困惑して、


「ミルク?甘いもの?」


 と頭にはてなを浮かべた。


「ええ。たとえば人生の楽しみや美しさ、ですかね。あなたの人生の中で”甘く”輝くもの。人生を”まろやか”にしてくれるもの。言葉にはなんとも言い難いですね」


 甘く輝くもの。その言葉をコーヒーと一緒に飲み込み、プリンを口に入れた。言葉と一緒に溶けていく。


 このコーヒーとプリンのように、苦い今の仕事の後には甘い何かが現れるだろうか。そういう希望を見つけることができるだろうか。苦い人生には甘いものを、か。心がとても軽くなったような気がする。


 私は会計を済ませ、店を出た。その足取りは不思議と滑らかで、星空はキラキラ輝いていた。


ー甘い。


***


「どうかお客様の人生に甘く輝くものが現れますように。ではまたいつか」

皆様こんにちは。この度はご閲覧いただき、ありがとうございます。

少しずつ続きを更新して参りますので、よろしければお付き合いください。




私はクリームソーダが好きです。ちなみに強炭酸より微炭酸。

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