第四話 偶然のカタチ
放課後のチャイムが鳴る。
私は荷物を持ち、ゆっくりと席を立った。
教室はいつも通り騒がしい。クラスの真ん中では陽向が笑っている。
その声が未だに少し刺さった。
それ以上聞きたくない。自分勝手だとはわかっているけれど、これ以上傷つきたくなかった。
陽向が笑うたびに彼女と比べてしまう。
陽向のことを今だけは考えたていたくない。
はやく、帰ろう。陽向は多分、これからいつも通り話しかけに来るだろうから。
私は昇降口を飛び出した。
しかし、浮かんでくる。
───今頃、陽向は部活でもしてるのかな。
考えたくない。そう思えば思うほど頭の中は陽向でいっぱいになっていく。息が上手く吸えない。苦しくなっていく。
改札を抜けて数歩。
気づけば、体が昨日と同じ方向を向いていた。
足が、勝手に。
どうしてかは分からない。理由を探す前にもう歩いていた。
川沿いの道。
夕方の匂い。
昨日より少しだけ風が冷たい。
……ばかみたい。
そう思いながらも、歩幅は緩まない。
堤防の階段を上る。
見えるはずのないものを探すみたいに、視線を上げる。
……いた。
ベンチの端。
制服姿。
俯き加減の横顔。
神崎。
一瞬、足が止まる。
別に会いに来たわけじゃない。
……会いたかったわけじゃない。
そして彼も、私の存在に気づいたのだろう。
ゆっくりと顔を上げる。
数秒、視線がぶつかる。
昨日と同じ。
でも、少しだけ違かった。
「……またお前か」
彼が言う。呆れたような声。
けれど、追い払う気配はない。
「偶然だよ」
私も同じ温度で返す。
お互い、言葉通りなんか信じていない。
でも、それ以上は踏み込まない。
それでいい気がした。
私はベンチの反対側に腰を下ろす。
昨日より、ほんの少しだけ近い距離。
沈黙。
川の音。
遠くの電車の走行音。
風に揺れる草の音。
昨日は煩わしく感じた音が、今日はただ、静かだった。
「……はぁ」
不思議と呼吸がしやすくて、小さく息をつくと肩の力が抜けた気がした。
しかし、頭の中は陽向の横顔ばかり浮かぶ。
神崎は何も聞かない。
それが少しだけ楽だった。
楽なだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
それでも、不思議とここにいるのが苦じゃなかった。
ふと、私は彼の右手を見た。
「まだその手、痛い?」
彼の手は昨日より赤みは引いているものの、青黒くなっていて見ているだけでも痛々しかった。
「……」
返事はない。
「痛いの?」
「……少しだけな」
今日は強がらなかった。
それだけで、昨日よりも距離が縮んだ気がしたのは私だけだろうか。
しばらくして、彼がぽつりと言った。
「お前は、帰らなくていいのか」
問いかけというより、確認みたいな声。
「ん、帰らなきゃね」
「…そうか」
でも、どちらも立ち上がらない。
空がゆっくり色を変えていく。
オレンジが薄れて、紫が混ざる。
昨日と同じ景色。
でも、今日は隣に誰かがいる。
今日も、隣に彼がいた。
何を話すわけでもない。
名前を呼ぶこともない。
それなのに
昨日よりも胸の奥のざわつきが静かだった。
どれくらい時間が経っただろうか。
やがて、彼が腰を上げた。
「じゃあな」
「うん」
それだけ。
彼は振り返らない。私も彼の背を見送ることはなかった。
追って私も少し遅れて立ち上がった。
階段上りながら思う。
─────明日は、来ない。
きっと今日だけ。
偶然が重なっただけ。
そう言い聞かせる。
それなのに
次の日も、その次の日も放課後になるとなぜか足があの川へ向いていた。
偶然は三日続いた。
四日目にはもう言い訳をしなくなった。
それが当たり前になっていた。
約束はない。
連絡先も知らない。
それでも、夕暮れになるとそこにいる。
崩れたままの二人が、何も直さないまま並んで座る時間。
ただ、同じ景色を見ているだけ。
──────それでも
その時間が、少しずつ何かを変え始めていることに私たちはまだ気づいていなかった。
段々とキリの良さの問題で一話が短くなっております。そろそろ状況を動かしたいのですがなかなか上手く動かせません……。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




