鏡の森で
あの出来事があってから、私の気持ちはなんだか晴れない。
だからだろうか。
本日の指定された分のガラクタを袋にまとめて、レンの元へ向かおうとした途中、ぼうっとしたまま道に迷ってしまったらしい。
いつもはこんなことないのに。
そこは森のように木々が生い茂り、私が通る度に木々の幹のどれもが磨き上げられた鏡のように輝き、あらゆるものを映し出した。
それは小鳥の羽ばたきであったり、風に揺れる花々であったり…。
そして、それは森の奥へと足を踏み入れた私の姿も例外ではなかった。
「こんなに自分の姿をたくさん見る機会もなかなかないから、なんか不思議…」
私は一番近くにあった木に近付き、その幹に映し出された自分の姿を見る。
そして、何故か違和感を感じた。
「う〜ん?」
そこに映し出されたのは鏡を見るたびに見慣れている自分の姿ではないような気がした。
鏡の中に映っているのは紛れもない自分自身だというのに。
そこに映る“私”は私より表情が豊かで、自信に満ち溢れ、そして何よりも深く愛されていることが一目でわかるような完璧な笑顔を浮かべていた。
負の感情など全く感じさせず、一点の曇りもなく澄んでいる瞳。
それはまるで同じ顔をした別人のように感じさせる。
鏡の中の自分を見つめ、私は思わず手を伸ばした。
「…知っている気がする…」
鏡の中の“完璧な自分”もまた私と同じく手を伸ばしている。
その笑顔はあまりにも眩しく、優しく、そしてーーーどこまでも私とは似ても似つかなかった。
「…懐かしくて、温かいのに…なんだか、切ない…」
胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛む。
知らず知らずに涙がぽろぽろと溢れてくる。
それは微かな予兆。
鏡の中の“私”は何も語らない。
ただ“いつものように”慈愛に満ちた瞳で私を見つめ返してくるだけ。
合わせ鏡のようで全然違う、私の大切なーーーーー
「…っ…」
鏡の中の“彼女”は言葉の代わりにそっと口元だけで微笑んだ。
それは肯定のようにも否定のようにも見えた。
泣きじゃくる私をなだめるように懐かしい子守唄のメロディが森の奥から聞こえた。
「…この歌…知ってる…」
記憶の扉がみしみしと音を立て始めるのを感じた。
そうだ。
“彼女”が私が泣くたびに歌ってくれたこの歌。
彼女への尊敬と愛情、そんな憧憬と同時に感じていたやり切れない劣等感。
…思い出したい。
私はゆらりと重たい身体をどうにか動かしながら、森の奥へと歩を進める。
この先に、きっと私の望んだものがーーーーー
私が駆け出そうとしたその瞬間。
視界に突如、真っ黒なものに覆われた。
「そっちは危ないよ」
聞き馴染みのある声と共に血を連想させるルビーの瞳に自分でも驚くくらい呆気ない顔の私を映し出す。
私は彼の名前を呼んだ。
「ゼノ…?」
彼はいつもの不敵な笑みで頷く。
彼は私の涙を拭い、優しく私を腕の中へ閉じ込める。
「ここの森は人を迷わせるのが得意なのさ。このまま奥まで行っていたら帰って来れなくなるところだったよ」
「そうなの…?でも…」
私は名残惜しくなり、森の奥を見つめる。
あのメロディは遠のいていく。
追いかけるなら、今だ。
この瞬間を逃しては、今度はいつになるのか分からない。
そう思うのにーーーーー
「それとも、お姫様は俺や王子様に会えなくなっても良いのか?」
きつく捕らえられた腕の中で見上げてもゼノの表情は見えない。
彼の体温を感じながら相変わらず煩いくらいドキドキと高鳴る心臓。
強張る私の身体。
この目が眩む程の甘い体温を手放すにはあまりにも一緒にいる時間が経ちすぎていた。
「……ううん。私はゼノとヴィンといる…」
「…ああ。良い子だ」
満足そうにゼノが私の頭を撫でる。
木の幹に映った私たち。
どうしてだろうか。
鏡に映る私が、あんなに絶望的な表情を浮かべているのはーーーーー




