とある休日
今日は仕事はお休みの日。
羽根を伸ばしにゼノとヴィンセントに連れられて、お出かけをすることにした。
「わあ…!」
到着してすぐ私は思わず声を上げずにはいられなかった。
まず驚いたのは空を覆い尽くす程の巨大な黄金の文字盤。
巨大な針は午後三時の一歩手前で重く沈黙している。
街は常に夕暮れ時の琥珀色に染まり、広場ではたくさんの人が幸せそうにお茶会を楽しんでいた。
カップルもいれば、小さい子どもを連れた家族まで。
共通しているのは誰もが誰かと来ているということ。
「美味しそうな匂い…」
軽食や焼き菓子、フルーツやケーキ等のデザートに始まり、好みに合わせて珈琲から紅茶や日本茶まで。
思わず味まで想像して笑顔になる。
「素敵な場所だね」
私が二人に笑いかけると、二人とも得意気に微笑んだ。
「アイリス様に喜んで頂けて何よりです」
「お姫様がそこまで喜んでくれるなら、邪魔者が一人いたとしても悪い気はしないな」
ゼノの挑発をヴィンセントは全く気にしていないかのようにすっと私の側に寄り、私の椅子をひいた。
寒くないように膝掛けを私にかけると、そのまま私の座るタイミングに合わせて椅子の位置を合わせる。
そこまで無視されていてもゼノは全く不敵な笑みを崩さない。
なんなら、そのヴィンセントの反応さえ楽しんでるかのようだ。
「私も食べていいの?」
瞳を輝かせて尋ねる私にヴィンセントは砂糖菓子よりも甘い微笑みを向ける。
「ええ、もちろん。アイリス様が好きなものは全てどれでも好きなだけお食べ頂いて大丈夫です」
「本当に?ありがとう。どれから食べようか迷っちゃうね」
いろいろと目移りしてしまう私とは違い、ヴィンセントは甘い視線を私から外せずにいる。
ゼノはそんな私を見て、からかうように私の顎に手を添えながら言った。
「迷うくらいなら一口ずつでも全部食べれば良いんじゃないか?お姫様は欲がないからな」
ゼノの悪魔の誘惑のような提案に私は頭を振った。
「残すなんて勿体ないことできないよ…!」
「それなら、本当に気に入ったものだけを好きなだけ食べれば良い。俺ならそうする」
そう言って、ゼノは私の口にマカロンを一つ押し込んだ。
外側のサクッとした食感から中のしっとりもちっとした感触に優しい甘さのクリーム。
あまりの美味しさに私は瞳を輝かせた。
「美味しい…!」
「そちらのお菓子にはこちらの紅茶が合いますよ」
ヴィンセントがいつものように丁寧な所作で紅茶を淹れて私の前に差し出す。
花の香りがする甘さ控えめの紅茶。
その後も私はヴィンセントとゼノに勧められるがまま、いろいろなお菓子や飲み物を堪能した―――――。
舌鼓を打ち、食欲も満たされて一段落ついた頃、ふと近くのテーブルの会話が聞こえた。
「今日も聖女様が―――」
「この前、聖女様にお会いしたの!本当に素敵な方で―――」
「聖女様は―――」
聖女様―――――
私はまた胸がなんだか苦しくなるのを感じて、思わず胸を押さえた。
胸がざわつく。
何故なのかは分からない。
なのに、何故?
どうしてこんなに苦しくなるのか。
苦しくて、苦しくて…この苦しさをどうにかしたくて胸の内を吐き出すように言葉にした。
「聖女、様……お…ちゃん?」
その瞬間、ゼノとヴィンセントの空気は一変した。
ゼノはいつもの楽しげな笑みを消し、瞬時に私の顔を覗き込む。
「…あんな話をまともに聞く必要ないぜ」
ヴィンセントも微かに震える手を私の肩に添える。
「…そうです。貴女は何も考えなくていい。この街で、私たちと一緒にお茶を飲み、笑って、ただそれだけを繰り返して…それだけで良いではありせんか」
「あんな幽霊みたいな噂、忘れちまえよ。俺がもっと面白い話をお姫様にしてやるから」
二人は見ているこちらまで痛ましくなるような、悲しくなるような、苦しくなるような…そんな表情をしていた。
何故二人がそんな表情をするのだろう?
それは、私が尋ねても良いのだろうか。
二人は答えてくれるのだろうか。
真実を聞いたとて、私は二人の言葉を受け止められるのだろうか。
二人の悲痛な表情を見ていると、もうそれ以上は何も聞けなくなり、私は下を向いて拳を握りしめる。
「…ごめんなさい。変なことを言って。せっかく二人がこんなに素敵な場所へ連れてきてくれたのに…」
私の言葉にヴィンセントは安堵の溜息をつき、私の頭を優しく胸に抱き寄せた。
「いえ、貴女は何も悪くありません。そう、何も―――――」
「ヴィン…」
私は二人の表情が少し明るくなったことに安堵した。
元はと言えば、私が悪いのだ。
楽しく過ごしているのだから、他のことに気をとられるべきではなかった。
他の人もそれぞれ楽しく過ごしているのだ。
私だってーーーーー
その瞬間、空の巨大な時計からギギッ…とあの時と同じく歯車が噛み合わない不協和音が響き渡る。
琥珀色の空に一筋の亀裂が入り、お茶会をしていた人々の顔が一瞬だけのっぺらぼうに変わった。
「…え? 」
驚きを隠せない私と裏腹に何事もなかったかのように先程の幸せな時間を続ける世界。
まるで私だけが取り残されてしまったよう。
錯覚?
私は目を擦ってみる。
何も変わらない。
それでも、気になってゼノとヴィンセントに尋ねてみる。
「ねえ、さっきのって…」
あ、と思った。
一瞬なのに、時が止まったかのように長く思えるこの瞬間。
…まただ。
深く感情が読み取れないこの目。この表情。
「どうかされましたか?」
「まだ具合が悪いのか?」
二人は私を心配したように、何事もなかったかのように尋ねる。
私はきゅっと口を結んだ。
「…ううん、何でもない」
「…時計の調子が少し悪いようですね。さあ、お茶の続きをしましょう。アイリス様が好きな甘い甘いお茶を用意しますよ」
ヴィンセントは抱き寄せた私の頭越しにゼノと視線を交わし合う。
そして、静かに頷き合った。
二人の腕の中で何も分からない私は再び琥珀色の夕暮れを眺める。
先程まで息を呑むほど美しく見えたその色が今ではなんだか底なしに禍々しく思えた。




