待ち人の帰宅
「ただいま」
アイリスの少し疲れを含んだ声が響いた瞬間、リビングを支配していた冷たい空気は一変した。
柔らかい春の陽だまりのような微笑みを浮かべてヴィンセントはアイリスを出迎える。
「ああ、おかえりなさい、私の愛しい主。…少し顔色が優れないようですね。お疲れなのでは?」
彼は流れるような足取りでアイリスに駆け寄り、その肩を包み込むように抱き寄せる。
ゼノは窓枠から軽やかに飛び降り、まるで親友と談笑していたかのようにヴィンセントの肩をポンと叩いてから彼女の前に立った。
「遅かったな。お姫様がいない間、こいつの陰気な話を聞かされて退屈で死ぬところだったぜ。…ほら、こっちに来るか?俺が癒してやろう」
ゼノはヴィンセントの腕から強引にアイリスを奪ってその耳元に甘く吐息を吹きかける。
アイリスは手でそんな二人を制しながら話す。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ。仕事が少し長引いてしまって…心配をかけた?ごめんなさい」
二人のことを考えてしゅんとするアイリス。
ヴィンセントは一瞬、動揺したように頬の筋肉をぴくりと動かすが、すぐに優雅な動作で彼女の手をとった。
「あの男は人使いが荒いようですね。私から厳しく言っておきましょう。…さあ、貴方のために最高のお菓子を焼いておきましたよ。嫌なことは全部忘れて、ティータイムにしましょうか?」
ゼノはヴィンセントの背後で、アイリスに見えない角度で彼を冷笑しながらも、彼女の頬を指先で愛おしそうに撫でる。
「ああ、あんなゴミ捨て場の話なんてどうでもいい。お姫様の可愛い口には甘いものだけが入ればいいんだ。…なあ、俺が食べさせようか?」
「二人とも気を遣ってくれてありがとう。私は本当に大丈夫だよ。それにしても、こういうときは息ぴったり…二人とも本当に仲が良いのね」
二人は一瞬の沈黙のあと、目線だけお互いに交わし合い、示し合わせたような完璧なタイミングで言った。
「「もちろん」」
胡散臭いくらいの清々しい微笑みで。
「私たちは貴方がいればそれだけで幸せですから」
「仲良くもなるさ」




