ゼノとヴィンセントの会話
ようやく目が覚めた。
そう感じたのは束の間、この世で一番聞きたくない声が更に意識を覚醒させる。
「やっとお目覚めですか?」
「…なんだ、王子様か」
彼はアイリスが使っていたティーカップを神経質に磨いていた。
視線さえこちらには向けない彼を気にもとめず、ゼノは窓枠に座って黄昏の空をぼうっと眺めた。
「貴方程の実力者でも力を制限されれば、まるで人間のようですね」
「…なんとでも言いなよ。仕方ないのさ。死神の掟を破った“罰”なんだから」
そう言いながら、彼は窓枠を指でトントンと叩き、不機嫌さを隠さない。
ヴィンセントはそんな彼を気にもしないように指先から見えないほどの細い魔力の糸を操り、この屋敷の使用人である人形を完璧に操る。
「彼女は?」
力の制限が解けたすぐは愛しい彼女の気配さえおうことができない。
全く不便この上ないが仕方もないので姿が見えない愛しの彼女の行方を気に食わない彼に尋ねることにした。
ヴィンセントは少し苛立ったように答えた。
「…またいつものお仕事ですよ」
それを聞いて合点がいく。
通りでわざわざ声をかけてきた訳だ。
ついでのように尋ねる。
「…いつまであんなヤツのところにお姫様を行かせるつもりだ? 」
カップを置く音がかつん、と鋭く響く。
彼女に向けるいつもの笑顔は消え、ブルーサファイアの澄んだ瞳に身も凍りそうな程の冷たさが宿った。
「…他でもない彼女が望んだことです。彼女の望みを私が妨げることはできません。…ですが、元を正せば貴方の不手際でしょう?」
ゼノはすぐさまヴィンセントの言葉を鼻で笑う。
ヴィンセントは眉根を寄せた。
「はっ、責任転嫁か? 誰のおかげで王子様は存在できている?俺の獲物を奪っておいて…逆に感謝してほしいくらいだね」
その言葉にカッとなったのか、ヴィンセントは一瞬でゼノの目の前に移動し、その胸ぐらを掴んだ。
そこにはいつもの王子様の面影はない。
「感謝? 貴方が何もしなければ、この世界に彼女を連れ込む必要はなかったんです。それに…この世界だって“聖女”だって“ガラクタ”だって存在しなかった…!彼女が“聖女”や“ガラクタ”に触れるたびに、真実へ近付く…それがどういうことか分かりますか?」
そう荒々しく感情をぶつけてくるヴィンセントの手を冷たく払い除け、ゼノは冷酷な笑みを浮かべた。
「彼女の本能は俺たちが与える甘い嘘よりもあの薄汚いガラクタを求めてるってことだろ?そんなもの…握り潰してしまえばいい」
その言葉にヴィンセントは深く息を吐き、乱れた襟元を整えた。
その背後では怒りのせいか彼の完璧な管理の行き届いた人形の使用人が倒れている。
「それが出来たらどれ程簡単なことか。彼女が仕事を、そしてレンを気に入っていなければ…あのガラクタという名のバグがこの世界を侵食しなければ…聖女のことを簡単に消すことができれば…なんて幾度考えたことか…」
「…で、どうするんだ?考えがあるんだろ?王子様には」
そうでもないと、自分に話しかけてこないはずだとゼノは確信をもっていた。
態度を、口調を、表情を…いつものスマートな彼に戻すかのように髪をかき分けながら、彼はまた一息ついて静かに話し始める。
「…レンが彼女へ余計なことを吹き込まないよう監視を強めます。そして、彼女がガラクタなんかに興味がなくなるほどの甘い夢を…」
「それはいい。俺も手伝おう。…でも、王子様。もしお姫様があのゴミ拾いで真実を完全に確信したら…その時、俺をどうする? 共犯として、地獄にさえも一緒に落ちてくれるのか?」
試すようなゼノの言葉にヴィンセントは冷たい微笑を浮かべる。
「…そんなの決まっているでしょう? 私は彼女に嫌われるような愚か者の道連れになるつもりはありませんよ。そうなった時には貴方ごと彼女の記憶から“抹消”して、私が彼女の唯一の救い主になるだけです」
「そうだろうな、肝に銘じておくよ」
ゼノは喉を鳴らして笑う。
分かっていて尋ねるこの死神の悪趣味さにうんざりしながらヴィンセントは糸を紡ぎ直した。




