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浮雲(ふうん)な私は福幸(ふこう)へと至る  作者: 初摘みミント


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2/9

初めての記憶


見知らぬ場所で目が覚めた。


そして、すぐに不思議なことに気付いた。

自分は誰なのか、そもそも何故ここにいるのか…そんな誰にとっても当たり前のことが何一つ思い出せないのだ。

更におかしいことにそのことへの焦燥や恐怖よりも先に私を支配したのは胸の奥がチリチリと焼けるような痛みだった。

それどころか誰かが泣き叫んだような残響までも耳について離れない。


だめ。気持ち悪い…。


ぐらぐらと視界が歪み、胸の痛みと耳障りな音に気持ち悪くなって、この言葉にならない気持ちごと吐き出したいように這い上がってくるものを口ごとおさえる。

すると、そんな私の状況を知ってか知らずか声が降ってきた。


「…おや。やっと目が覚めたんだね、俺の可愛いお姫様」


頭上から降ってきたのは、何故か聞き覚えのある低く、愉悦に満ちた声。

自分以外にも誰かいたのかと声の主を見上げる。

そして、目を瞠った。

まず、目に飛び込んできたのは宙に浮く漆黒の布を纏った男の姿。

彼は身を乗り出し、鋭い真紅の瞳で私を覗き込んできた。


「だ、誰…?」

「…本当に何にも覚えてないのか。俺はゼノ。死神さ」

「死神?」

「そう…これからは俺のことだけを覚えててよ。君は僕の獲物ものなんだから」


情報が多くて頭の処理が追いつかない私に彼は怖いくらいに美しい笑みを浮かべ、土足で私の心に踏み込むような瞳で私を射抜いた。

…何故だろう。

彼といると心臓がどきどきする。

胸の高鳴りで呼吸すら苦しいくらい―――――


そんな私の様子を見て庇うように、もう一人の男性がすっと横から手を差し伸べた。

死神と名乗った彼とは対照的に一点の汚れもない白い礼服を着た彼はまるで御伽噺に出てくる王子様のようだった。

そのまま私の手を壊れ物を扱うように優しく包み込む。

彼の私より低い体温を、肌の感触を…何故かよく知っている気がした。

彼からふわっと懐かしい香りがする。


「ああ、おいたわしい。ひどく混乱されているようだ。でも、安心してください。私が貴方を守ります。貴方は私の主。私はヴィンセント…貴方に仕える者。…もう何も無理して思い出す必要はありませんよ」


そう言った彼の微笑みは春の陽だまりのように温かい。

しかし、その美しいブルーサファイアの瞳の奥はどこか悲しげで、背筋が凍りそうな程の冷徹さが宿っている気がした。

私に触れる白い彼の手を邪魔そうにゼノが払い除ける。


「おい、王子様。勝手に僕の獲物に触れるなよ。彼女が最初に見たのは俺だった。これが運命ってやつじゃないか?」


王子様と呼ばれた彼は不敵な笑みを浮かべるゼノを冷ややかに見据えるが、一歩も引く気はないようだ。

私への態度とは一変して、うざったいとでも言いたげに溜息をつき、丁寧な口調はそのままに口を開く。


「運命だなんて…笑うことすらおこがましい冗談ですね。ゼノ様、貴方の言葉は彼女を惑わす。…我が主、この男の言うことは忘れてください。貴方の本当の居場所は私の隣です」


二人に挟まれた私は勝手に進んでいく会話にただただ圧倒されてどうしようもなく、あわあわとするしかない。

疑問が浮かんでは次の疑問が浮かび、どこから尋ねれば良いのか収集がつかない。

そもそも私が口を挟んで良いのだろうか?

いや、そもそも何故この二人はこんな私に熱量が高いのだろうか。

だって、私にはそんな価値なんてないというのに―――――


その時。

どこか近くで壊れたオルゴールが鳴るような音が聞こえた。


「…これ、オルゴール?なんだか、悲しい…なんでだろう…?」


無意識に私の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちると、二人の男の表情が一瞬で凍りついた。

音の方をゼノが確認しにいくと、音が止まる。

ヴィンセントは確認もしていないのに私の背中を撫でながら優しく言った。


「…気のせいですよ」

「でも…」


私が続けようとすると、いつの間にか帰ってきたゼノが言葉を遮って続けた。


「そうさ。気のせい。見たけど、何もなかったぜ」


そんなはずはないのに。

でも、これ以上尋ねてはいけない雰囲気を二人から感じる。

彼らは知っている。

私の忘れている何かを。

でも、私は尋ねて良いのだろうか?

彼らは本当に事実を私に教えるだろうか?

私は言葉につまった。


「本当に何もなかったの?」

「ああ、もちろん」

「もちろんです」


二人は完璧に声を揃えて、私に言った。

その瞳は笑っていない。

きっと彼らは“何か”を危惧している。

私にはそれが何かはわからないけれど、それだけは確かだと思った。

それなら―――――。


「すみません…私、何もわからなくて…この場所のこととか、貴方たちのこととかいろいろと教えて頂けると嬉しいのですが…」

「…!ええ!もちろんです」

「ああ、子猫ちゃんと一緒に過ごせる日を心待ちにしていたんだ。ほら、こっちに来いよ」


彼らの手をとる。

彼らと過ごしながら探っていくしかない。

私は決意した。

そんな私の視界を塞ぐように彼らは私の手を取った反対の手で“何か”を背中に隠した。


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