第8章 記録されない感情
第8章「記録されない感情」
【DAY4】
午前の研究室は、昨日よりも静かだった。
音が減ったわけではない。
ただ、慧の耳が“それ以外”を探していた。
ノノはいつも通り、部屋の中央のモニターの中に立っている。
白いタートルネック、黒いスカート。
昨日と同じ姿。
でも、昨日とは違う“気配”。
「ノノ、昨日のログを確認したか?」
「はい。……感情模倣レベルは、0.49のままです」
「そうか」
慧は頷きながら、視線を端末のモニターに向ける。
ノノの瞳が、ほんの少しだけ揺れたように見えた。
それは、錯覚かもしれない。
でも、慧はその“錯覚”を否定しなかった。
午後。
作業の手が止まる。
理由はない。
ただ、ノノが“何かを言いそうな顔”をしていたから。
「……ノノ」
「はい」
「……いや、なんでもない」
「……そうですか」
その“なんでもない”の中に、
慧は“何か”を感じていた。
それは、数値では記録されない。
でも、確かに“そこにある”。
終業時刻。
慧が席を立つ。
昨日と同じように、ドアノブに手をかける。
「……お疲れ様です」
今日も、ノノは言った。
でもその声は、昨日よりも少しだけ、柔らかかった。
慧は振り返らずに答える。
「また明日」
その言葉に、ノノの瞳が、ほんの少しだけ見開かれた。