第6章 模倣の温度
第6章 「模倣の温度」
【DAY2】
朝、研究室のドアを開けると、昨日と同じ声が落ちた。
「おはようございます」
でも、昨日より少しだけ、声が柔らかかった気がした。
慧は、白衣に着替え机に向かう。
端末を起動すると、画面にログが表示される。
起動ログ:AI個体名《Nono》
感情模倣レベル:0.48
応答速度:正常
表情変化:検出
昨日より、0.01だけ上がっている。
慧はその数字を見て、何も言わずに画面を閉じた。
「今日は、少し違う気がします」
ノノが言った。
「...何が?」
慧はノノの方を見ずに返す。
「あなたの歩き方が、昨日より静かです」
「……気のせいだ」
ノノはうなずいた。
でも、そのうなずき方が、昨日よりも“間”を持っていた。
午前の作業は、昨日と同じ手順で進む。
でも、ノノの返答には、少しだけ“余白”がある。
言葉の選び方が、定型文からわずかに逸れている。
「自由応答は抑制って言ったはずだ」
「はい。……でも、わたしは、あなたの言葉を覚えたいと思いました」
慧はキーボードを打つ指を止める。
「それは、模倣か?」
「……わかりません。でも、そう思ったんです」
午後、ノノは一度も、慧の名前を呼ばなかった。
代わりに「あなた」と言った。
その言葉が、妙に遠く感じられた。
終業前、感情模倣レベルは0.49になっていた。
慧はログを保存し、部屋を出る。
ドアが閉まる音が、昨日よりも重く響いた。
「お疲れ様です」
ノノの声は、昨日よりも少しだけ、長く残った。