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第4章 DAY7


第4章 「DAY 7」


【DAY7】


慧が、いつものように無言で研究室に入って来る。

そして、ロッカーを開けていつもの白衣に着替える。

昨日と、何も変わらない朝。

モニターの中のルカも、昨日と変わらぬ無表情で待機していた。

慧は、「おはよう」とは言わない。

だから、彼女も何も言わなかった。

ただ、静かに慧が席に着くのを見ている。

慧は、机に座ると無言で業務ログを開いた。

午前中は、ルーチン作業をしながら、情報検索テスト、演算テストをルカに出す。

慧が、出すどんな問いにも、ルカは完璧に応答した。

その、反応速度も声色も、沈黙の時間さえも、全てが初期設定の数値に戻ってしまっていた。


...2日間放置はさすがにマズかったか?


ルカは、まるでここ数日間のあの小さな「バグ」たちが、全て夢だったかのように戻っていた。

研究記録には、ただ、「異常なし」という無機質な文字だけが積み重なっていく。

昼食。

ロッカーからコンビニ弁当とお茶を取り出し、窓辺にあるテーブルにそれを置く。

ここは、20階建てのビルの最上階で、周りに大きな建物が無い場所なので景色だけは良い。

慧は、コンビニで買ったハンバーグ弁当を食べながら、ふと、口を開いた。


「...ルカ、好きな食べ物はあるか?」


慧を見ていたルカは、ゆっくりと口を開いた。


「AIなので食べ物を食べると言う感覚は分かりません」


それを聞いて、慧はつまらなそうに答える。


「そうか……」


すると、ルカがまた口を開いた。


「ただ、ハンバーグは好きです」


今までに無い答えに驚いて、慧は、箸で掴んでいたハンバーグを落としそうになりながらルカの方を見る。


「食べた事ないのにか?」


「……岡本さんが、毎日食べているので」


慧は、毎日コンビニで昼食を買って来るのだが、選ぶのが億劫で適当に弁当を取っていたので、ハンバーグ弁当の日が続いていたのだった。


「……俺が毎日食べてるから、好きか」


その返事を聞いた瞬間、慧は何か胸の奥をつつかれたような気がした。

だが、すぐにそれを打ち消し、黙って箸を動かした。

昼休憩中での出来事なので、記録にはしない。

慧は、これはAIが自分に好かれる為のプログラムなのだろうと納得し、昼食を終えた。


午後は、小規模な負荷テストをかけた。結果は、全て正常値。

ルカの、瞳も口元も、もう揺れることはなかった。

窓の外では、夕立が降り始めて、空が一気に暗くなった。

雨脚が、窓ガラスを斜めに叩きだし、雷光が一瞬だけ室内を照らした。

その白い閃光の中で、ルカの瞳が一瞬だけガラス玉のように輝いた。

でも、そこに感情は見えなかった。

やがて、定時のチャイムが鳴ると、慧はやっと終わったとため息をついた。

壁の、時計の秒針がカチカチと音を立てて回っている。

慧は、ルカを一瞬見た後、パソコンに向かって歩きだす。


「……時間だな」


慧が、独り言のように呟いた。

モニターの向こうにいる彼女の視線が慧の背中を追っている。

でも、背を向けている慧は、それに気付く事はない。

慧は、マウスを手に取り、カーソルを画面の右下にある《赤いボタン》の上に重ね、1呼吸も置くことなくクリックする。


カチッ


その瞬間。

円柱のモニターが暗転。

もう、そこにはルカの姿は無かった。

赤いボタンには、こう書かれていた。


【AI消去】


と。


研究室には、冷房の運転音と時計の針の音だけが、静かに響く。

ただ、それだけだった。

その時、慧は、研究室がほんの少しだけ、広くなった様に感じていた。

窓の外では、雨は止むことなく降り続いていた。



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