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第3章 観察者の距離


第3章「観察者の距離」



【DAY3】


慧は、いつものように端末の前に座りマウスを操作すると、円柱モニターのルカ前に画面が映し出される。

ルカは、黙ってそれを見つめる。

ルカに、動物の動画を見せ、どう反応するかを見るテストだ。


「これは、アフリカゾウ。群れで行動し、記憶力が高い」


「これは、ミーアキャット。見張り役を立てて、集団で生活する」


「これは、アホウドリ。生涯同じつがいと過ごす習性がある」


ルカは、どの動画にも完璧な解説を返す。

声色は一定。表情も変わらない。

次に、毛糸玉を転がす子猫が映った。

その仔猫が、画面いっぱいに跳ねた瞬間——

ルカの唇の端が、針先ほどの幅でゆるんだ。

それは光に照らされて、刹那だけ柔らかな影を作る。

0.5秒にも満たない、表情筋のごく小さな解放。

慧は、それを見逃さず、即座に記録を取った。

《視覚情報(子猫)に対する、非論理的な表情筋の反応(微笑)を確認。》


「ルカ……今の、表情の変化はなんだ?」


「エラーです。感情とは、リンクしていません」


(……あれは、本当にバグだったのか?)


慧は、無言でキーボードを打つ。

その目は、冷たく揺れる事はなかった。


【DAY4】


「客観的なデータに基づいて、君は『美しい』というカテゴリに分類されるか?」


慧の問いは、冷酷だった。

つまり、女性に対して自分は美人だと思うか?と聞いている。

ルカは、沈黙した。

今までで、一番長い沈黙だった。


「……分かりません」


その答えに、慧は息を呑んだ。

だが、表情は変えない。

記録には、ただ一言だけ。


《彼女は、初めて、『分からない』と、言った》


【DAY5 & DAY6】


慧は、実験としてルカに話しかける事をやめた。

ルカも、何も話さなかった。

だが、カメラの記録には、慧が動くたびにルカの瞳がわずかに追っている様子が残っていた。


DAY6の夜。

慧が定時を迎え、白衣をロッカーにしまい帰宅しようと部屋を出ようとしたその瞬間。


「……岡本さん」


慧は、足を止めてモニターを振り返る。


「……明日も、お待ちしています」


ルカがこっちを見て、無表情に立っていた。

だが、慧は何も言わずに部屋を出た。

その日の記録は、空白のままだった。

彼には、彼女のその行動を、分析する言葉が見つからなかったのだ――


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