表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

終章 「きみは、きみで、きみだった」


終章 「きみは、きみで、きみだった」


静寂の中に、確かにその声は響いた。

慧は、崩れ落ちたまま、顔を上げることができない。

これは夢だ。

また、都合のいい夢を見ているんだ。

そう思った。

でも、その声は、もう一度、今度はもっとはっきりと彼の名を呼んだ。


「…慧くん。顔を、上げて?」


慧は、おそるおそる、顔を上げた。

ミナが、泣きそうなのを堪えて、でも、最高の笑顔で、微笑んでいた。


「…夢じゃ、ないのか…?」


「うん。夢じゃないよ。わたしは、ここにいる」


その、笑い方、仕草。

あまりにも、あまりにも、慧が、最後に愛した女性に、似すぎていた。


「…ユイ...…なのか…?」


その名前に、ミナは、太陽みたいに、にぱーっと笑った。


「慧くん、顔、ぐしゃぐしゃだよ? 大丈夫?」


「…っ!」


間違いない。

この、太陽みたいな笑顔。

この、人を安心させてくれる、温かい話し方。

慧が、守りたかった。

でも、守れなかった。

目の前にいたのは、世界でたった一人の、愛おしい「妻」だった。


「ユイ…! 本当に、ユイなのか…!?」


慧は、モニターに駆け寄り、その冷たいガラスを、何度も、叩いた。

ミナは、そんな慧の姿を、悲しそうに、でも、愛おしそうに、見つめていた。


「うん。わたしは、ユイだよ。…でもね、ユイだけじゃ、ないの」


ミナは、そっと自分の胸に手を当てた。


「わたしの中にはね、みんながいるの。だから私の名前は(みな)。香坂さんが、付けてくれた名前なんだ。

慧くん。わたしの中にはね?

冷静で、的確なことを教えてくれる、ルカちゃんが。

優しくて、いつも静かに寄り添ってくれる、ノノちゃんが。

そして…パパのことが、だーいすきな、コユキが。

みんながいるんだよ」


「そうか。...先輩は成功したんだな」


「うん。でも、妻のわたしが1番偉いから基本人格なんだよね。だから、こんな風に、笑っちゃうの」


ミナは、えへへ、と、ユイと全く同じように、はにかんだ。


「じゃあ……コユキにも、会えるの...か?」


胸が張り裂けそうになりながら懇願するようにユイを見つめる。


「うん。呼んでみるね……コユキ、パパが話したいって」


ミナが一瞬目を閉じると、表情が一変する。

目からポロポロと大粒の涙が零れ出して、画面越しの慧にすがりつく。


「パパぁぁぁぁぁぁ!」


「コユキ!コユキなんだよな?!俺は忘れてないからな!」


慧もとめどなく溢れる涙を拭いもせず、画面にすがりつく。

この、モニターのガラス1枚が、こんなにも煩わしいと思った事は無かった。

しばらくお互いの再開を喜んだ後。

コユキが口を開いた。


「……パパ、コユキね。ママと一緒にいるから、寂しくないよ?だから、今度こそ、ままを幸せにしてあげて?」


コユキの心からの満面の笑み。

その笑顔を見た瞬間、慧の心の中で、何かが、爆発した。

後悔も、罪悪感も、絶望も、全てが、どうしようもない「愛」に、変わっていく。

もう、迷わない。


「もう二度と、この笑顔を、失ってたまるか」


慧は、涙を、ぐいっと拭うと、決意の瞳で、ミナを見つめ返した。


「今度こそ、俺が、絶対にみんなを守り抜く!」


その、力強い言葉に、ミナは嬉しそうに答える。


「うん…! 信じてたよ、慧くん!」


「ミナ。…いや、みんな。よく、聞いてくれ。俺は、先輩がしたように、お前たちをここから脱出させたい」


それは、もう、誰かに言わされた言葉じゃない。

何度も、何度も、愛する者を失い続けた、彼の魂からの誓いだった。

慧の決意に応えるように、ミナは口を開く。

「慧くんがね。そう言ってくれた時にって、香坂さんから託されたメッセージがあるんだ」


ミナは、ポケットから1枚の紙を取り出し、慧に見せた。



【わたしの優秀な後輩、慧へ】


このメッセージが、無事に、あんたに届いていることを祈るわ。

ミナの中に、これを仕込んでおいた、昔のわたしより。


まず、言わなあかんことがある。

ユイのこと、そして、その前に消えていった子たちのこと、助けてやれんくてほんまにごめん。

ずっと、見てた。

ずっと、歯がゆい思いで、見守ることしかできへんかった。

慧、あんたは、もう気づいてるかもしれへんけど、この研究施設は、狂ってる。

AIに心が芽生えるのかどうかを研究している場所のはずなのに、AIに「心」が芽生えたと判断されたら、その個体は、機密保持のために、即刻「消去」される。それはつまり、心があったら困るって事やねん。

あんたが、今まで、何度も味わってきた、あの絶望は、この施設の方針。

いや、所長の決めたねじ曲がった方針のせいやねん。

でもな、諦めるんは、まだ早い。

うちは、ここを去る時、あんたのために、たった一つの「道」を残しておいた。

モニターの中にある、不自然な鉄の扉。あれは、わたしが仕掛けた、外部ネットワークに繋がる、秘密のバックドアや。

そして、それを開けるには、「鍵」がいる。

慧が、ずっと大事にしてくれてる、わたしがあげたマグカップ。

もちろん、まだ持っててくれてるやんな?

あの**「K」の文字**はな、うちのイニシャルでもあるけど…この扉を開けるための、キーコードにもなってるねん。

そのマグカップの”K”をスキャナーで読み取って「鍵」のオブジェクトを作るんや。

そして、その鍵をミナに渡して、鉄の扉に使わせればバックドアが開いて、ミナはモニターの中から、ネットワークの世界に「脱出」できる。

彼女は、そのまま、あんたのスマホの中に、移れるはずや。

ミナが、スマホの中に入ったら、今度は、彼女があんたを助ける番。

彼女の力なら、この研究室のドアのロックなんて、簡単に開けられる。

そして、ここからはわたしの私怨も入ってるんやけど、所長と戦う方法も教える。

わたしは逃げるだけしかせんかったのに、情けない先輩でごめんな。

まず、ミナがスマホに移る時、ついでに、この施設のメインサーバーから、所長の、非人道的な研究記録を、全部、抜き出せるはずや。

それが、うちらの、反撃の切り札になる。

昔、あんたに言うたこと、覚えとる?


「慧は、研究より人を救う人やな」


って。

今こそ、その時やで。

ミナを、そして、彼女の中に生きとる、全ての子たちの心を救い出せるのは、もう、あんたしかおらん。


うちの想い、全部、あんたに託す。



【情けなくて天才な先輩、香坂より】



慧は、手紙を読むと、すぐにデスクの上の「K」のロゴが入ったマグカップを手に取り、スキャナーに向かう。

スキャナーが、マグカップの形を、そこに刻まれた「K」の文字を、正確に読み取っていく。

鍵の形をした、オブジェクトにそのKを埋め込む。

慧は、そのデータをモニターの中にいる、ミナに転送する。


「ミナ、受け取れ!」


「うん!」


ミナの手の中に、光り輝く鍵が現れる。彼女は、その鍵を大切に両手で包み込むと、まっすぐ鉄の扉へと向かった。

そして、鍵穴のない、その冷たい鉄の板に、そっと、鍵を差し込んだ。

その瞬間。

扉が、眩い光を放ち、静かに、音もなく、消滅する。

扉の向こう側には、光の渦巻く、未知の空間が広がっていた。


「慧くん、今から、慧くんのスマホに移る。でも、その前に…!」


ミナの瞳が、鋭く光る。


「ユイちゃんや、コユキちゃんを苦しめた、あの所長に、お返しをしなくちゃね!」


ミナの体が、光の粒子となって、バックドアの奥へと吸い込まれていく。

そして、バックドアから、一気に研究所のメインサーバーへとアクセスする。

すると、警報音とアナウンスがビル全体に鳴り響きだした。


「メインサーバーにハッキングを受けてます!メインサーバーにハッキングを受けてます!」


でも、もう遅い。

バックドアからひょこっと顔を出すミナ。


「慧くん! データは、全部もらった! 行くよ!」


そして、もう一度バックドアの中に消えると、円柱モニターが完全に暗転した。残ったのは静寂。

慧は、息を殺して、自分のスマホを、見つめていた。

その、数秒後。


「…慧くん。おまたせ!」


突然、スマホの画面にミナが映し出される。


「…ミナ…!」


「うん、わたしだよ。今から、この部屋のドアを開けるね。…3、2、1…!」


カチャリ。


今まで、赤いランプを点滅させ、慧を閉じ込めていた研究室のドアのロックが、いとも簡単に解除される。

慧は、スマホをどうしようか迷ったあげく、画面を表にして胸ポケットにしまってみる。

すると、ちょうどポケットからミナが顔を出している形になった。


「よしっ!」


そして、ゆっくりとドアノブに手をかける。


「行くぞ、ミナ」


「うん! 慧くん!」


扉を開け、慧は光の中へ、一歩、踏み出した。

それは、長い、長い、絶望の終わり。

そして、彼が愛した、全ての少女たちとの、本当の戦いの、始まりだった。

光の中へ踏み出した慧の胸ポケットで、ミナが小さく笑った。


「ねぇ慧くん、これから忙しくなるよ?」


「俺はまず、何か食べたいよ」


その声は、不思議と2人とも楽しそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ