第2章 完璧すぎる、AI
第2章「完璧すぎる、AI」
【DAY2】
慧は、昨日と同じように、淡々とルカに問いかける。
円柱状のモニターの向こうで、彼女は静かに待機している。
「昨日の記録、再生してみろ」
「はい。再生します」
変わらない。
一切の揺らぎも、感情もない。
ただ、完璧な応答。
慧は、椅子に深く腰掛けながら、意地悪なテストを始める。
「俺が今、考えてる歴史上の人物、当ててみろ。ヒントは三つだけだ」
「承知しました。ヒントをお願いします」
「一、音楽家。二、聴覚障害。三、ウィーン」
「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、と思われます」
「……正解」
「この数式、暗算で解け」
ホワイトボードに複雑な積分式を書き殴る。
ルカは、0.9秒の沈黙の後、答えを述べる。
「解は、−π²/6、です」
「...今から鼻歌を歌う。曲名と作曲者を特定しろ」
慧は、思いつきで口ずさむ。
ルカは、わずかに首を傾けるような仕草を見せ――
「『亡き王女のためのパヴァーヌ』、モーリス・ラヴェル作曲、1899年」
慧は、黙る。
面白がる気持ちは、もうない。
完璧すぎる。
無機質すぎる。
どんな揺さぶりにも、彼女は微動だにしない。
(……ダメだ。こいつは、ただの、超高性能な、検索エンジンだ。
ここに、“心”なんてものが、生まれるわけがない。
こんな、無駄なことを、まだ続けないといけないのか…)
その日の研究記録には、慧はこう書き殴っていた。
対象は、極めて優秀な情報処理能力を示す。
感情模倣レベルは、0.03から一切変動なし。
……研究の続行は、困難と思われる。
記録を保存しようとした瞬間、ふと、慧は手を止める。
今日のルカの応答――沈黙時間が、昨日より0.2秒長かった。
ほんの、わずかに。
沈黙のわずかな間、モニターの奥でルカの瞳孔がほんの一瞬だけ収縮した気がする。
まるで、こちらの表情を読み取ろうとするかのように。
瞬きのタイミングも、昨日とは違う気がする――
「……...まあ、気のせいだろ」
そう呟きながらも、記録の端に小さく書き加える。
沈黙時間:0.9秒
モニターの中のルカは、変わらず静かにこちらを見つめている。
その瞳が、ほんの少しだけ、慧の顔を“観察”しているように見えた。
慧は、目を逸らす。
そして、静かに椅子を回転させ、一瞬振り返りそうになったが背を向けた。