第10章 決められた場所
第10章 「決められた場所」
【DAY6】
午前。
窓の外は薄曇り。光は柔らかく部屋に落ち、机の上のコーヒーからゆらゆらと白い息が立つ。
慧は端末のモニターに向かい、ページをスクロールしながらキーボードを軽く叩いていた。
ノノはいつものように部屋の中央のモニターの中に立ち、こちらを見ている。
「雨、降らなそうで良かったですね」
「まあな。……室内とはいえ、気分が滅入るからな」
「ふふ。私も雨は嫌いです。慧さんが辛そうなので」
淡々としたやり取りに、静かな呼吸が混ざる。
慧はふと、今まで思った事も無いことを口に出した。
「……ずっと立っていて、疲れないのか?」
慧が問いかけた瞬間、ノノは目を丸くした。
背景の空気がきしむように揺れ――次の瞬間、無言で一歩を踏み出す。
棚が、窓が、壁が、静かに横へ流れていく。
慧の視界の端に、いつもは本棚の影に隠れている部分が露わになった。
そこにあったのは――
木目の中に、異彩を放つ鉄の板。
取っ手も鍵穴もない、“扉のようなもの”。
それは、そこだけ光を拒むように、鈍く沈んでいた。
けれど、慧がそれに意識を向けるよりも早く、ノノの肩が視界をふさいだ。
彼女は何事もなかったように椅子の前まで進み、静かに腰を下ろす。
「……ここで話す事も出来ますよ」
柔らかい笑み。
慧は息を呑んだ。
この時、モニターの向こうに、もう1つの世界がある事を初めて知ったのだった。
慧は、ずっと立っていたルカを一瞬思い出した。
──もし、彼女だったら、どうしただろうか。
そんな、ありえない仮定が頭をよぎり、慧はそれを打ち消すように、首を振った。