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第6話 反撃開始

 さて、準備は整った。ここから反撃だ。


 もちろん、俺とミーナだけで王宮中の女を元に戻していくわけにはいかない。なにせ、ものすごい数いるのだ。俺は同僚の男性魔導師に片っ端から声をかけて、協力を仰いだ。

 「洗脳を解く方法が分かった」と伝えると、全員が目を輝かせた。ただ、その方法を伝えると、全員が頭を抱えた。それでも、おかしくなってしまった王宮の現状に嫌気がさしていたのはみんな同じだったようで、仲間はあっさりと集まった。


「よーし、隙を見て片っ端からぶん殴るぞ」


 俺の気の抜けた宣言に、ミーナと魔導師たちはそろって引きつった笑みを浮かべる。それでも反論は一つもなかった。さすがにこれ以上、焦げたスープとカチコチのパンで日々を過ごすのは限界らしい。胃に優しい食事のためなら暴力も辞さない。これも立派な動機である。



 作戦は単純明快だ。対象の隙を見て背後に回り、ポカリと一撃食らわせる。それだけ。

 対象が「あれ、私なにしてたっけ?」と困惑したら成功。「何すんだこの野郎!!!」と火球を飛ばしてきたら、もちろん失敗。その場合はすぐさま二撃目を入れる。騒がれて人が来てしまったら困るのはこっちだ。(もちろん、ミーナには魔導師の相手はさせていない。よって火球が飛んでくる可能性があるのは俺たち魔導師だけだ。)


 まるで強盗のようだ、とか言ってはいけない。これは必要なことなのだ。世のため人のため、そして何より洗脳された当人のためにやっているのだから「愛の鉄槌」と言ってもいいだろう。ミーナが小さい声で「DV男の言い訳……」と言っていたのは聞こえないふりをしておいた。


 正気を取り戻した女性たちは最初こそ混乱していたが、事情を説明すればすぐに理解してくれた。洗脳されていた間の記憶はあるようで、自分がどれほど恥ずかしい行動をしていたかを自覚した瞬間には、誰もが床にのたうち回った。レナの再来。うーん、黒歴史って感じだ。


「ああああああああああああああああ……」


 今、目の前で頭を押さえて床に転がっているのも、黒歴史に苦しんで転げ回っている魔導師である。ちなみに俺の先輩だ。

 それにしても、みんな同じ反応をするものだなぁ。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ……」


 ……まだかかるかな。


「ああああああ……あの……ロイドさん……口外しないでいただくことは可能でしょうか……」


 やっと少し冷静になったらしい。

 だが、普段はタメ口の先輩が、やたらと丁寧な敬語になっている。正直ちょっと不気味だ。


「え、ああ。口外はしませんよ。記録には残しますけど」

「残さないでぇっ!!!!!!」


 先輩は断末魔のような悲鳴を上げて、また床に倒れこんだ。でも、こちらも仕事なのでそういうわけにはいかないのだ。


 一通りのたうち回った後は、彼女たちも俺たちの作戦に加わってくれた。そうして仲間を増やしつつ、どんどん洗脳を解いていく。


 正気を取り戻した使用人たちは掃除に戻り、埃まみれだった廊下は徐々に光を取り戻した。調理場も再稼働。昨日出てきた煮込み料理には、ちゃんと火が通っていた。ついこの前、生焼けの肉に中って二日間トイレから出られなかったことを思い出すと、この劇的な進歩に涙が出た。


 しばらく洗脳を解いて回っていれば、騎士団の一部がそれを聞きつけたらしく、「俺たちにも手伝えることはないか?」と申し出てくれた。

 気持ちは大変ありがたかったが、丁重にお断りしておいた。なぜなら騎士というのはみんな馬鹿力なのだ。手元が狂ったとかでうっかり脳天をかち割っちゃったら大問題だ。

 それをオブラートに包んで伝えれば、騎士たちはしょんぼりと肩を落として去っていった。ちょっとかわいそうだけど仕方ない。



 そして今日で四日目。正気を取り戻した者の数は、全体の三分の一ほどに達していた。とっても順調である。ただ——


「……見てるな」


 最近、転移者の視線がやけに刺さる。

 かつては「はいはい、嫉妬乙〜」とニヤニヤと俺を見下していたくせに、今は明らかに睨んでいる。

 ハーレムの女たちが「ねえこっち見て♡」「もっとお話ししよ♡」と腕を引いているのに、彼はそれすら無視して俺を見つめ続けている。

 ……気づいてるっぽいな。まあ、あれだけ一気にハーレムが減ればどれだけ鈍いやつでも気づくか。


(そろそろ動くかもな……)


 突き刺さるような視線は無視して、俺は何事もなかったかのように魔導師の塔へ足を向けた。


***


 象牙色の石造りの塔——魔導師の塔の階段を上る。

 周囲では、魔導師たちがパタパタと忙しなく動き回っていた。数日前より明らかに活気が戻っている。思わず口角が上がった。


 ——ここ数日の俺たちの苦労は、無駄じゃなかった。


 充実感に満ちた心持ちで廊下を進む。突き当りにある扉をノックすると、すぐに「どうぞー」という間の抜けた返事が返ってきた。

 扉を開けると、すぐに目についたのはベッド。そしてその上に横たわる、包帯でぐるぐる巻きの、


「……ミイラかな?」

「君は相変わらず、ケガしてる上司に向かってとんでもないことを言うねぇ」


 おっ、生きてた。よかったよかった。


「定期報告に来ました。ご存じかとは思いますが、すでに王宮の三分の一ほどの女性が正気に戻り——」


 上司が生きていることが確認できたので、すぐに報告に入った。俺は暇じゃないのだ。

 ただ、上司も「洗脳女性ぶん殴り作戦」には参加してくれているので、だいたいのことは把握している。そのため、報告も形式的なものだけだ。

 ただ、さすがにこれだけで「はい、さよなら」と帰ったら人としてまずいかなぁ。そう考えて一応ケガの件に触れておくことにした。


「それにしても、すごい包帯ですね。大丈夫ですか?」


 上司は、ようやくか、という顔をする。


「いや~油断して見つかっちゃってさ。こっちは攻撃できないのに、向こうはガンガン魔法撃ってくるじゃん? 普通に死ぬかと思ったよね」

「でも、囮になってくれて助かりましたよ。おかげですぐに背後を取れましたし」


 今思い出しても、すばらしい連携プレーだった。俺と上司の絆がなせる技だろう。


「まぁ正直、それより先に助けてほしかったよね。うん……」

「この調子なら、全員が正気に戻るまでそんなにかからないでしょうね。思いのほかあっさり片付きそうでよかったです。じゃあ報告は以上なので。それでは!」

「え、無視?」


 急いで退室し、ドアを閉めた。

 俺はすごーく忙しいのだ。さぁ、すぐに仕事に戻らなくては。

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