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第4話 転機

 数日が経過したが、状況はまるで進展しない。

 王宮の魔導師たちと協力して、魔力反応、呪術的な兆候、毒物の痕跡――あらゆる方向から原因を探った。だが、結果はすべて空振りである。俺も、暇を見つけては手伝ってくれている他の魔導師たちも途方に暮れるしかない。


「……いや、これもう、本気で惚れてるだけじゃない? ほら、恋は理屈じゃないって言うし」


 ある魔導師の投げやりな言葉に、思わず手に持っていたカップを落としかけた。

 すぐさま「お前はアホか」とはねつけたが、内心否定しきれない自分がいるのも事実だった。ここまで全く原因が掴めないとなると、ほんの少しだけ、本当にそうなんじゃないかという気がしてきてしまう。


 ただの恋ならいい。いや良くはないが、少なくとも俺の仕事ではない。でもこれは違うだろう。あんな尊大で、薄っぺらくて、他人の迷惑を省みない中身空っぽな男がモテるというなら、俺は深刻な女性不信になる。

 いくらなんでもそんな、そんなはずは……そう信じていたのだが、実際に会いに行くたび俺の自信はガリガリ削られていった。


 何度も転移者を訪ねては話を聞いているが、相変わらずはぐらかされるばかりで何にもわからない。その上、少しでも批判めいたことを口にすれば、すぐに周りのハーレムたちが「失礼な!」「ユウト様を疑うなんて最低!」などとぎゃいぎゃい文句を言ってくるのだ。そしてその様子を眺めるユウトのあの満足げなドヤ顔。あれを毎回見るのは正直堪える。誰かこの役目代わってくれないかな。


***


 しかしそれでも事件は現場で起きているのだ。部屋に引きこもっていても何も見えてこない。

 そう信じて、俺は次の日もまた重い足取りで転移者の部屋(格式高い《星冠の間》は気づけば転移者の部屋になっていた)へと向かっていた。

 そしていつものように部屋の扉を開けるが……誰もいない。留守のようだ。今日は天気もいいし、ハーレムも連れて中庭にでも行ってるのかもな。昼間は割とそういうこともあるのだ。


 そう。転移者は普段から我が物顔で王宮の中を歩き回っている。もちろんそのことを問題視している者も多い、というかそちら側の意見が大多数だが、だれにも止められないのだ。もちろん機密を保管している場所には絶対に入られないようにはしているが、当の本人にその手の場所への興味がないらしく、今のところ大きな問題にはなっていない。とはいえ頭の痛い話には変わりない。


 それはさておき、とにかく転移者を探して、なんでもいいから話を聞いて情報を集めなければ。

 多分中庭だろうとあたりをつけて、転移者の部屋を後にする。

 ほどなくして、廊下の向こうから歩いてくる使用人の女の姿が目に入った。銀盆に紅茶と焼き菓子を乗せて「ユウトさま~♡」と不愉快極まる鼻歌まじりで歩いている。転移者のもとに向かっているのだろう。

 ちょうどいい。この使用人についていけば転移者に会えそうだ。

 そう考えて、気づかれないように彼女の後をつけることにする。

 と、その瞬間だった。


「きゃあっ――!」


 使用人の足がツルリと滑り、銀盆ごと宙を舞った。高々と跳ねたティーカップが回転しながら床に落ち、景気のいい音を立てて砕け散る。同時に彼女自身もバランスを崩し、後頭部から床に激突した。


 あー……最近は清掃の仕事も適当で、床が濡れてたりするからなぁ。多分そのせいだろう。かくいう俺も、数日前に盛大に転倒して尾てい骨を粉砕しかけたばかりである。とんでもなく痛かった。大理石って怖い。

 痛そうだなぁと眺めていたが、彼女はぴくりとも動かずまったく起き上がる様子がない。

 さすがにまずいか……? ちょっと慌てて近づくと、数秒後、ようやく呻きながらよろりと上体を起こした。


「いったぁ……なに、これ……?」


 使用人は後を押さえながら、きょろきょろと辺りを見回す。

 派手に頭からすっ転んだんだよ、と教えてあげようと口を開くと。


「……え? 私、なんであんな男に……?」


 ……うん?


「私は一体何を……? ……ッ、王女殿下は今どこに!? 無事なの!?」


 ……まさか、正気に戻った……?

 俺はその場で固まった。


 使用人は明らかに混乱しているが、それでも言葉の端々から正気に戻っていることがわかる。ついさっきまで転移者の名前を嬉しそうに口ずさんで、うっとりと頬を赤らめていたのに。あの様子と比べれば、今の姿はまるで別人だ。


 『いやー元に戻ってよかったねぇ』と素直に思えたならよかったのだが、生憎そこまでお人よしにはなれそうもない。俺たちの今までの苦労はなんだったんだ。俺たちがこれまで何十時間もかけて調べ、悩み、議論したあの時間は……。

 いまだに混乱した様子で俺に問いかけ続ける使用人を放って、俺は頭を抱えることしかできなかった。

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