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第3話 ご対面

 今日はさっさと宿舎に帰って寝てしまおうと思っていたのに、上司から聞かされた話が気になってそんな気分じゃなくなってしまった。

 ひとまず自分の目で確かめようと、王宮の廊下を進む。やっぱり、魔導師の塔と同じようにこっちも静かだ。普段なら使用人たちが忙しなく動き回っているはずなのに、今日は誰ともすれ違わない。

 自分の足音だけが響く廊下で、上司に聞かされた話を思い返す。

 

(魔法陣に現れた男。第一発見者はたまたま物音に気づいて部屋に入った侍女。そいつも、その後に続いて入ったやつらも、女だけがみんなおかしくなってしまった、と。)


 『王宮内に侵入者あり』の報を受けて、非番の魔導師まで叩き起こして全員で向かったのが運の尽きだ。まぁ緊急時はそういう規則なんだから仕方ないが。


(王は転移者を王宮に置くことを決められたらしい。公式には『市井への影響を懸念して』ってことになってるが、上司いわく王女が王を泣き落として無理やり認めさせたらしい。まあそっちが事実だろうな)


 品行方正と名高い王女がそこまでするとは。何がどうしてそんなことになっているのか。


「やっぱり一度会わないと何もわからないよな~」


 上司から聞いた話にロクなものはなかったけど、案外話が分かるやつであっさり話がついたりするかもわからない。


(転移者ね……。王宮中の女を虜にするって、どんなやつなんだ? もしかしてめちゃくちゃイケメンとか?)


 別に男に興味はないが、そこまでのモテ方をするなら、どんな顔なのかとちょっと見てみたくもなるものだろう。

 そんな無責任な興味も手伝って、俺はごく楽観的に王宮の普段使われていない広間——《星冠の間》の重厚な扉を押し開けた。


***


「なんだ、これ」


 思わず声が漏れた。

 王宮の一室は未だかつて見たこともない状態になっていた。

 豪奢な大広間の中に、色とりどりのドレスが咲き乱れている。信じられない数の女たちが、遠目に見える男を中心に取り囲んでいた。

 今はちょうど夕食時。みんな仕事の真っ最中のはずだ。それなのにここにいる全員仕事がないとは考えづらい。職務放棄してここにいる者も結構いそうだ。

 よく見れば、見覚えのある顔も結構いる。中でも目につくのは同僚の魔導師たち。普段の様子からは信じられないほど甘ったるい目をして男を見つめている。

 その男の両脇にぴったりと寄り添っているのは女騎士フェリシアと、そして王女ソフィアだ。どちらも式典などでしか見かけたことのない、遠い存在だ。

 王女はもちろん、騎士団の副隊長という名誉ある立場である女騎士も、こんなところに入り浸る時間があるほど暇なわけがない。……ないはずなのだが、二人とも式典での凛々しい様子から打って変わって表情を緩ませて男の腕に縋りついている。


「ユウトはこれが好きだろう? はい、あーん♡」


 国内最強の騎士と謳われるあのフェリシアが、とろけるような笑みでクッキーを転移者の口に運んでいる。悪夢だろうか。今すぐに覚めてほしい。

 転移者は鼻の下を伸ばしてご満悦の様子だ。


「あっ! フェリシアさん、ずるいです! ユウト様♡ 私のクッキーも、あーん♡」


 ……なるほど。王女様、好きな人にはそういう感じか……。

 全く知らなくていい他人のプライベートを目の当たりにして、若干の気まずさから壁の方へ視線を逸らすと、何人かの男性騎士と魔導師が居心地悪そうに立っていた。王女の護衛だろう。

 全員死んだ魚のような目をしている。彼らの仕事はこのハーレムを日がな一日見守ることというわけだ。世の中にはまだ俺の知らない大変な仕事があるんだなぁ。可哀想に。でも仕事を代わってあげるのは絶対に嫌なので彼らにはぜひ頑張ってもらいたい。

 

「……とにかく転移者と話をしないと」


 正直、さっきまで抱いていた楽観論はこの惨状を見た瞬間に消し飛んでいた。それでも話をしてみないことには始まらない。


「あー、ごめん。ちょっと、ちょっと開けてもらえる?」


 そう声をかけながら、女たちの波をかき分けて渦の中心へ進む。本当に多いな。

 ようやく中心についたころにはよれよれになっていた。もう疲れた。やっぱ帰っていいかな。


「……あんた誰?」


 現実逃避しかけたところに、怪訝そうな男の声が耳に届く。もちろん転移者だ。

 顔は確認できたが……うーん、普通。正直、そんなにモテるタイプとも思えない。めちゃくちゃかっこいいから自然とハーレムができちゃった、の線はないと見ていいだろう。


「俺は王宮魔導師のロイド。あんたは?」


 もちろん転移者の名前は知っているが、一方的に名前を知られているのは気分が悪いだろうと思い、一応聞いておく。


「……ユウトだけど。何しに来たわけ?」


 うーん、友好的とは程遠いお返事。俺が何をしたっていうんだ。


「あー、忙しいところ悪いんだけど、ここにいる人たちを元に戻してもらえないか?」


 そう言いかけたとき、ふと違和感が脳裏をよぎった。


(……あれ?)


 転移者にも、彼にまとわりついている女たちにも、魔力反応が一切ない。まるで何の魔法も介在していないかのように。

 詳細はわからないにしても、これほど大規模な影響を与える魔法を使って魔力反応がないことなんてありえない。つまり——これは魔法じゃない。異常なこの状況は、魔法によってつくり出されたものじゃないってことだ。

 視界に入る異様な光景に気を取られて、今更そんなことに気づいた。背筋に冷たい汗が伝う。

 こんなことがあり得るのか。魔法じゃないというのなら、彼女たちはどうやって元に戻せばいいんだ。そもそも元に戻すことなど可能なのか。一体、これは何なんだ。

 そんな俺の様子に気づいているのかいないのか、転移者はへらへらと笑っている。


「え~? 何のこと? みんなが俺と一緒にいたいって自分から来てくれてるだけなんだけど?」

「そうですよ! ロイドさん、変なこと言わないでください!」


 女性魔導師たちも口々に転移者に加勢する。

 そんな訳あるかとつっこみたいのを我慢して口を開こうとした瞬間、凛とした声が広間に響いた。


「私たちは自らの意志でここにいる。それ以上は侮辱と受け取るぞ」


 女騎士フェリシアが鋭い目でこちらを睨みつける。王宮騎士団でも屈指の実力を持つ彼女に凄まれるのはいくらなんでもおっかないからやめてほしい。とっても怖い。

 俺が完全にビビッて声も出せないでいると、フェリシアより幾分か高い、澄んだ鈴の音のような声が降ってきた。


「ユウト様は何も悪いことなんて一つもしていません。純粋で優しいお方なんです。それなのにあなたは……」


 王女ソフィアが蔑むような目でそう言い放った。単純に心が痛いのと、王女の不興を買ったという恐怖でどうにかなりそうなのでそれもやめてほしい。

 そんな二人の様子に、上司が「噂程度の話だけど……」と前置きして教えてくれた話が頭をよぎる。曰くフェリシアは、以前はやりすぎだと止められてもなお鍛錬をしていたのに、今は全く鍛錬をしなくなり、最低限の仕事以外は剣を握ることもなく転移者にまとわりついている。曰くソフィアは、転移者のそばにいたいからと外国の要人が集まる晩餐会をすっぽかそうとして、王に引きずって連れていかれた——

 今の二人の様子を見るに、どちらの噂も真実である可能性が非常に高いだろう。


「男の嫉妬って醜いよね~」


 転移者がにやにやしながら口にすると、ハーレムたちも同意して楽しそうに笑った。

 そうじゃないと言い返したところでまた彼女たちに噛みつかれるだけだろう。今は出直すしかなさそうだ。

 ため息をひとつ吐いて、俺は広間を後にした。


***


 収穫はなし、か……。

 事態は俺の想定をはるかに超えて深刻だったみたいだ。ちょっと楽観的過ぎたな。

 俺がとぼとぼともと来た道を戻っていると、見慣れた顔の男性魔導師が向こうから歩いてきた。


「あぁ、ロイド。戻ってたんだな。……その様子だと、もうあれを見てきたんだろ」

「まぁな……一体何なんだ、あれは」

「わからん。こっちでも隙を見て多少調査はしたが、何一つわからん。どうやら洗脳魔法でもなさそうだ」


 洗脳魔法。その言葉だけ聞いたら、まさにそれが原因だと思われそうだが、実際は大した代物ではない。

 洗脳魔法は、『Aさんのことが好きです』って言え! と命じれば、その数秒後に「Aサンノコトガスキデス」と言う、みたいな感じの魔法である。つまり自然な会話なんて到底不可能なのだ。

 そんな欠陥魔法を何に使うのかとか聞かないでほしい。俺も聞きたい。

 閑話休題。

 異世界にはこの世界とは異なる洗脳魔法があるのかもしれないとも考えたが、魔力反応が全くなかった。信じがたいが、あの惨状はすべて魔法とは関係がないらしい。そんなのどうしたらいいんだ。


「魔法にかかった痕跡がないとなると……本人の意思で恋をしているとしか……」


 困惑する同僚に何も言えない。証拠がない以上、否定もできない。

 異世界とやらの未知の技術なのかもしれないという仮定を共有することしかできない。

 だがもし本当にそうだとしたら、情報を持っているのは転移者本人しかいないことになってしまう。そして当の本人がこちらに協力する気は全くなさそう。もうため息しか出ない。

 同僚と別れ、王宮の廊下を歩きながら途方に暮れた。


「……とにかく情報がない。地道にしつこく話を聞いて、転移者から情報を引っ張り出すしかない」


 本当にそんなことが可能なのか? 内心そう思いつつも他に選べる手段がない。

 俺は今日何度目かもわからないため息を吐いた。

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