第2話 転移者
——それは、ロイドが王宮に帰ってくる一週間ほど前のこと。
***
おれは水野ユウト。何も変わったところはない、ごく普通の大学生。
大学の帰り、いつものように夕飯を買いにコンビニに向かったはずなのに、気が付くと真っ白な空間にいた。
どこだここ。あたりを見回すが何もない。
「お、やっと気が付いた?」
突然、背後から声がした。驚いて振り返ると、白い服を着た男が立っている。
「……おれは死んだのか?」
「あー、そういうのいいから。君には異世界に行ってもらおうと思うんだよね。ほら、今みんなそういうの好きでしょ? 異世界で何かやりたいこととかある? なんでも叶えてあげる!」
そういって男はにっこりと笑った。さっぱり状況がわからない。わからないが、どうせ夢なら何でも願ってしまえばいい。そう思って、白い服を着た男——まるで神様のようなそいつに、おれは迷わずかねてよりの願望を告げた。
「異世界でハーレムつくりたい! かわいい女の子に囲まれて暮らしたい!」
異世界といえばハーレムあってこそだろ! 当然!
おれの言葉に、白い服の神様は変わらず微笑んだまま頷いた。
「もちろんいいよー。じゃあチートスキル【誘惑】、これでいいよね?」
「それ! それで!」
食い気味にそう即答した。
「おっけー。そんじゃ、楽しんで―」
そう言った神様が軽く手を振った瞬間、白い空間が崩れていき、おれの身体はふわりと浮いた。
***
——ドンッ!!
強い浮遊感の後、背中に強い衝撃を感じた。いってぇ……。
目を開けると、やたらと豪華で広い部屋にいた。家具などはほとんどなく厚い絨毯が敷かれた床だけが広がっており、壁には大きな絵が何枚も飾られている。
もちろん全く知らない場所だが、多分王宮とかか? 王宮に召喚されるって異世界転移の定番だし。おれ、マジで異世界に……
「あなたは……一体……」
あまりの嬉しさと感動で呆けていたおれは、人がいるのに気づいていなかった。
声の方に振り向くと、扉のあたりに立つ茶髪の女の子と目が合った。
丈の長いメイド服を着た女の子は、こちらを見て大きな目をさらに見開いてた。はっきり言ってすごいかわいい。
(こいつが一人目、でいいかな)
神様との会話を思い出しながら、おれはにっこりと笑った。
「はじめまして」
一瞬の沈黙――次の瞬間、女の子の顔が、ぶわっと真っ赤に染まった。
あぁ、これが神様の言っていた『チートスキル』ってやつか! 異世界最高! チート最高! 神様ありがとう!
そこから先は早かった。
おれの落下音で気づいたのか、バタバタと騎士やら魔導師やらがわんさか雪崩れ込んできた。騎士も魔導師もみんなおれを見て武器を構える。だが、おれが笑いかければ女たちは一斉に顔を赤らめて武器を下ろしておれの前に立ちふさがり、男たちからおれを庇いはじめた。
男たちは、信じられないという顔で必死で女たちを説得しようとしていたが、女たちが誰も取り合わない。しばらくして、ほとんどの男は諦めて部屋を出ていった。ざまぁ。
男が去った途端、女たちはすぐさまおれを取り囲んだ。誰か一人が腕に抱き着けば、別の誰かが取り合うように反対の腕に抱き着く。
そんな状態で彼女たちは自分を見てもらおうと、競うように名前を名乗り、話しかけ、身体を寄せてきた。
最初に部屋にいたのが、丸っこい目がかわいいメイドのミーナ。小動物系。
そのあと騎士たちとともに駆け込んできたのが、銀髪美人の女騎士フェリシア。今はその立派な胸をおれの左腕に押し付けるように抱き着いている。
フェリシアの後からついてきた、金髪青目の華奢な美少女がソフィアだ。ソフィアはなんとこの国の王女らしい。今はおれの右腕に縋りついて頭を肩にのせている。
後は魔導師と侍女とメイドが山ほど。さすがに数が多すぎて覚えられかった。
それにしてもこの国、美人が多い! 最高! と思いつつ、ここに来るまでの事をざっくりと話す。
王女ソフィアはおれの話を一通り聞いたあと、目を輝かせながら言った。
「王家には、『星冠の間にある魔法陣には異世界からの転移者が訪れる』という言い伝えがあるのです! ユウト様はその転移者でいらっしゃるのですね……! それならば、お父様にお願いして滞在の許可をいただいてまいりますね!」
そう言うや否や、ソフィアは足音も軽く部屋を飛び出した。数人だけ残っていた男の騎士が、慌ててそのあとを追いかけていった。あいつら何でここに残ってたんだ? みじめな奴ら。まぁどうでもいいか。
ソフィアが出て行ったあと、再びおれは周囲の美女たちに視線を戻した。みんな目をキラキラさせておれの話に夢中になっている。そのまましばらくお喋りしていれば、ソフィアはすぐに戻ってきて、「王宮に滞在する許可が取れましたわ!」と眩しい笑顔で言った。
王女パワーすげぇ。あっさり許可ゲットだ。というか、こんなあっさり許可出るとか完全に歓迎ムードじゃん。
でもこれくらいは当然か。主人公が王宮から追い出されるとかあり得ないよな。そりゃあ追放系とかもあるけど、おれはそんなの望んでないし。そんなことより、ここで何の苦もなく楽しくハーレム生活がしたい。
まあ、これからも何だって上手くいくし、全部どうにでもなるだろう。俺がそう望みさえすれば。
——だって、これはおれの物語なんだから!