第10話 めでたしめでたし?
静寂が戻った庭園の真ん中で、俺は砂まみれの顔を上げたまま、放心していた。
…………待ってくれ。今、何が起きた?
一連の、何もかもすべて、全くもって訳が分からない。
ふとソフィアを見ると、ポカンと口を開けてフリーズしていた。処理落ちしたらしい。
「……え……なに……? くしゃみで猫とケーキが飛んでユウト様が噴水に……? ……???」
再起動したようだ。だが完全に混乱している。そりゃそうだろう。あれだけ非現実的なものを見れば、誰だってそういう反応になる。
……で、俺はこれをどうやって釈明したらいいんだ。「こんなことをするつもりではなかったんです」「全部事故なんです」なんて言って、信じてもらえるのだろうか。今すぐ頭を抱えたい。
ああ、これはもう殴られるな。あの優雅な王女様の手によって、俺の頬は紅く染まることになるんだろう……。だが、いくら待ってもソフィアの怒声は聞こえてこない。
代わりに聞こえてくるのは、噴水の中で絶賛逆ギレ中の転移者の喚き声だった。
「ふざけんなあああ!! てめぇ、何しやがったぁ!! 俺にこんなマネして許されると思ってんのか??!」
うるさいうるさい。しかも俺のせいじゃない。いや、ほんのちょっとは関係あるかもしれないけど、直接的には猫のせいなのであって。さらに、全ての元凶はミーナだ。俺の責任は1パーセントもないだろう。そんな訳だから、俺に怒らないでもらいたい。
一方、ソフィアは、
「……あれ……わたくし……どうして……?」
眉間に手を当てて、顔をしかめながら呟いていた。
……え゛。これは、まさか。
彼女の目に宿る光が、これまでのとろんとした夢見心地なものではなくなっていた。思考し、疑問を持ち、現実を捉える意志を取り戻した者のそれになっている。
待て待て待て。噴水に落ちたのは転移者だけで、ソフィアは落ちてない。濡れていないし、頭を打った様子もない。
ミーナがぽつりと呟いた。
「……まさか、物理の衝撃じゃなくても、精神的なショックでもよかった……?」
その言葉に、自分の今までの行動を思い返す。
女性の頭を背後からぶん殴るという、王宮の倫理観を大幅に逸脱した行動を繰り返してきた記憶が走馬灯のように流れる。冷や汗が止まらない。
いや、あのときはそんなこと知らなかったんだし、仕方ないじゃん? すがるような気持ちでミーナを見ると、彼女はさらに追い打ちをかけてくる。
「……つまり、今まで私たちがやってきたことって、全部……必要なかった……?」
おいやめろ。バカなことを言うんじゃない。
「……ロイドさん、フェリシア様の頭にかなりの強さで氷魔法ぶつけてましたけど……」
「……」
ミーナは哀れな生き物を見る目で俺を見た。
この事実がフェリシアにバレたら、今度は俺が噴水にダイブする羽目になるだろう。この件にかかわった全員が口をつぐんでくれる低い可能性に賭けるしかない。
そんなことを考えて、油断していたところに、噴水から濡れねずみの転移者が突進してきた。
「てめぇええええぇぇぇ!!! てめえが! 全員寝とったくせに! それで正義面かよ!!!」
怒り心頭とはまさにこのことだろう。服はびしょ濡れ、髪からは水滴がボタボタ垂れて、全身から「今すぐ殴ってやる」オーラが出ている。
が、俺は無言で足を出し、彼の足元にひっかけた。
「ぶえっ!?」
転移者は綺麗な前のめりで、頭から石畳に突っ込んだ。痛そう。
「おまえ、何か勘違いしてないか?」
俺は地面にうずくまる転移者を見下ろして言った。
「ここは王宮だ。おまえみたいに、礼儀のかけらもなく、何もせず女に囲まれてフラフラして過ごすことが許される場所じゃない」
その言葉に、ソフィアが静かに反応した。ゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
「ユウト様……いえ、ユウト」
彼女の声は静かで、だが確かな力を持っていた。
「わたくし……ずっと、おかしかったのですね。気づいた時には、なぜか、あなたが……」
その瞬間、場の空気が一変した。
ソフィアの証言。それはつまり、『転移者が王族に洗脳魔法の類を使った』という国家的大事件の証明である。
現れた騎士たちが、無言で転移者を取り囲む。
「ちょ、待てって!! 違うって!! 俺は何もしてねぇ!! 女どもが勝手に惚れてきただけだろ!? なんで誰も理解できねえんだよ!!!」
必死な叫びは、誰の耳にも届かなかった。
「拘束しなさい」
ソフィアの静かな指示と同時に、騎士たちは躊躇なく命令を実行する。
びしょ濡れの転移者が、羽交い締めにされて引きずられていく。その姿を、誰も気に留めない。まるで最初から存在していなかったかのように。
「おつかれさまでした、ロイドさん」
気づけばミーナが隣にいた。
そうして、長かったような短かったような戦いは終わった。少なくとも、表面的には。




