第9話 ケーキと猫と虹
転移者のハーレムは、残すところ王女ソフィア一人だけとなった。
もはやハーレムとは呼べない。
それでもソフィアは健気に彼に寄り添い、今日も公務を投げ出している。
そんな状況であっても当然、王女に関わる問題を俺の一存でどうこうできるわけもない。この場合、判断を下すのは王だが、俺のような末端が直接謁見できる立場ではない。
だから、上司にお願いするしかない。うん。ごく自然な流れだ。
上司ってこういう時のために存在するんだなあ。
「……そんなわけで、王女殿下の頭をぶん殴る許可を、国王陛下にもらってきてほしいんですけど」
「私、君にそんな恨まれることしたかなぁ」
怪我からようやく復帰したばかりの上司が、げんなりとした顔で俺を見た。
ちょっと申し訳ない気もしなくもないけど、俺の何倍も給料をもらってるんだから、それくらいやってくれたっていいじゃない。
「俺が王様に会えるわけないんですから。お願いしますよ」
「正気?? 私が不敬罪で殺されない???」
『上司とは責任を取るためにいるのだ』と、どこかの世界の偉大な上司も言っていたらしいじゃないか。国のため、そして俺のためにぜひ頑張ってほしい。
「でも、王女様がこのままじゃ困るじゃないですか。はやく何とかしないと」
「ほんとに他の方法ないの~?」
「早く行ってきて」
上司はまだごねていたが、かまわず追い出した。
さて、果たして上司は生きて帰ってくるだろうか。首だけになってたらどうしよ。
*
小一時間後。
「許可おりたよ~」
「うわ、本当に言ったんだ。やば」
「死ななくてよかった~」
無事に上司が帰ってきた。
驚いて思わず本音が出てしまったが、生きて帰れたことを喜んでいる上司には聞こえなかったようだ。
それにしても、思いのほかあっさりと許可が下りたものだ。王としても、もう黙認できる段階ではないという判断なのだろう。
「痕が残るような怪我をさせなければいいってさ」
「それはもちろんです。今までどおり、後頭部を狙います」
「そういう問題……?」
さて、そうと決まれば計画を練らなければ。
そう考えて歩いていると、空いた皿を運んでいるミーナを見つけた。そういえば、ミーナは王女付きの使用人だっけ。
声をかけると、「仕事中なんですけど……」と嫌そうな顔をされたが、事情を話せば、すぐに協力してくれた。
だが俺はすぐに気づくことになる。
「あんた、あんまり役に立たないな……」
「そんなこと言われても! 王女様について知っていることなんて、好きな紅茶の銘柄くらいですよ……」
まあ、そりゃそうか。これは俺の判断ミスだろう。
でも一応協力してくれたし、ミーナもソフィアのことが心配なようだから、一応連れて行くことにした。役割は特にない。
*
うららかな春の日差しの元、転移者とソフィアは優雅にティータイム中だ。
咲き誇る薔薇、中央の噴水、豪華なテーブルセット。
その中で王女だけが、気づかわしげな表情で紅茶を飲んでいる。転移者はふさぎ込んだまま、下を向いている。
一国の王女を目の前にして、よくそんな態度取れるな。ある意味大物だろう。
俺とミーナは、薔薇の生垣の影からその様子を見ていた。
ミーナがそわそわして落ち着かない。
「何にもしなくていいから、邪魔するなよ」
「言われなくてもわかってますよ」
それにしても、
「なんでこんな重要なことを、ペーペーの俺が一人でやらなきゃいけないんだ……」
「仕方ないじゃないですか。ロイドさんの人望がないのが悪いんですよ」
「違う。俺の人望とかの問題じゃない。『王室案件は関わりたくない』とか言って逃げるあいつらが薄情すぎるんだ」
ぼやいていても仕方ない。ここまで来た以上、やるしかあるまい。
計画は単純だ。
死角から一気にソフィアの背後に回り込み、適度な力で後頭部を叩く。それだけ。
「……こんなずさんな計画で本当に大丈夫なんですか? 王女殿下がお一人の時間を狙った方が、」
「無理。最近はずっと転移者にべったりなんだ。一人の時間なんて、相当プライベートな時間しかない。そんな時間に、俺が王女様に近づけるわけないだろ」
ミーナはまだ不満そうだ。
「別にロイドさんがやらなくても……」
「じゃあお前がやるか? うっかり怪我させたら打ち首だろうけど」
「ロイドさん、がんばってください!」
コロッと態度を変えたミーナを冷ややかな目で見たが、特に効果はなさそうだ。
俺は生垣の端へ移動する。
ケーキはまだほとんど手付かず。転移者はかなり参っているようだし、この調子だと、早めに切り上げるということもありそうだ。急いだほうがいいだろう。
そのまま静かに足を踏み出し——
「はっくしゅん!!!」
何だ!?!
背後から突然の爆音。
驚いて飛び上がった俺は、バキッと派手な音とともに、足元の太い枝を踏み折ってしまった。
あっまずい、と気づいた時には遅い。
俺はそのまま前につんのめり、
ズシャアッ!
盛大に顔からこけた。……転移者と王女から完璧に見える位置で。
終わった……と顔を上げた俺の目に、枝が宙を舞っているのが見えた。……ずいぶん飛んだなぁ、とちょっと現実逃避。
枝は近くの木に飛んで行き、偶然木の上で休んでいた猫のすぐそばに命中。猫は驚いて飛び起き、そのまま王女たちのティーテーブルへダイブ。
ガシャーン!!
跳ね飛ぶケーキ。ケーキは全弾、転移者の顔面に命中。日頃の行いのせいだろうか。
転移者のいけ好かない顔が、大量のクリームで埋まる。
「ぶぼぁっ!? な、なんだぁっ!?」
驚いて立ち上がろうとする転移者。だが、椅子に足を引っかけたらしい。椅子ごとひっくり返り、後ろにあった噴水へ。
ドパーンッ!!
虹がかかった。わぁ、きれい。
——ピタ○ラスイッチ♪
この場にいた全員の頭に、なぜかこの意味不明のことばが景気のいいリズムに乗って響いた。
この出来事は後に王宮七不思議のひとつとして語られることになるが、それはまだ先の話である。




