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第2章 始まりの黄昏

" 【レベル1災害:ゴブリン襲撃

  事象概要:

  少数の下級魔物[ゴブリン]による侵攻。人間の村落などでよく見られる魔族災害。

  駆け出しのザコ勇者ちゃんでもサクッと片付けられちゃうレベルだね~☆

  けど、記録上[ゴブリン]は人間を最も多く殺傷している魔族の一つだから、勇者様は周りの一般人をしっかり守ってあげてね!】


 これは、アンイが前世で得たシステムにおける、【ゴブリン襲撃】に関する説明文だ。

 勇者として選ばれた者にとって、【レベル1災害】なんぞ、物の数ではない。それこそ、始まりの村のそばでスライムを数匹叩いて、スライムゼリーを集める、その程度のものでしかない。

 だが、この世界の一般人にとっては、たとえ最低レベルの災害であろうと、数十人が暮らす小さな村を壊滅させるには十分すぎる脅威だったりする。

 魔族によって、このような小さな村が滅ぼされるなど日常茶飯事だ。統計サイトで見れば、それはただの「死亡者数 +1+1+1+1…」という、無機質な数字の羅列に過ぎない。

 けれど、もし魔族が自分の住む村に現れたとしたら、その「+1+1」は、自分の身近な人間となり、慣れ親しんだ全てが破壊し尽くされることを意味するのだ。

 アンイの記憶の中で、あのわずか数時間の出来事は、決して色褪せることがない。

 かつて平穏そのものだった村は、あの夜、一面の火の海と化した。魔族どもは破壊の限りを尽くし、すべてを踏みにじった。非力な村人たちの抵抗など、赤子の手をひねるようなもの。奴らの凶暴性の前に、無残にも引き裂かれていった。

 通りには、揺らめく炎と、砕け散った骸が散乱していた。青草と土の香りが漂っていたはずの村は、鼻を突く煙と、吐き気を催すような血の臭いに満ち満ちていた。

 まさに生き地獄。魔族どもはさながら地獄の悪鬼のごとく、松明を手に、人の首や手足を引きずりながら、在りし日のすべてを灰と焦土に変えていったのだ。

 村は、滅んだ。

 父が死に、母が死に、姉が死んだ。

 隣家の子も、尊敬されていた長老も、共に育った仲間も、彼を励ましてくれた戦士たちも、皆、死んだ。

 【剣の勇者】に関する記録を読むと、彼が生き残れたのは彼自身の力によるものだと誤解されがちだ。

 だが実際は、彼が魔族を発見して村に通報した後、最も近くにいた魔族ハンターの小隊が遅ればせながら駆けつけ、アンイを含む、最後まで抗戦していた数名の剣士を救い出した、というのが真相だったりする。

 もっとも、ハンターの中でも捨て駒レベルでしかなかった剣士たちなど、【剣の勇者】の威光の前では取るに足らず、歴史に名を残す価値もない、ということなのだろう。

 その他二、三の生存者に至っては、言うまでもない。


「アンイ、ちょっとアンイ……?」

 その時、アンニの声が耳元で響き、過去の記憶に沈んでいたアンイを現実に引き戻した。

「……ん?」

 アンイは、声の方へ顔を向けた。

「どうしたのよ、もう。何度呼んでも返事しないんだもん。何考えてたの? もしかして、町で可愛い子でも見かけちゃったとか?」

 アンニが、からかうような口調で言った。

「今日会った中じゃ、姉さんが一番綺麗だよ。町では、特に」

 アンイは、ごく平然と、淡々と答える。

「やっだぁ~、アンイったら、お口が上手いんだから~」アンニは、こつんとアンイの肩をつついた。「他の子だったら、今のでコロッといっちゃうとこよ?」

「……そうか」

 アンイは低く応じただけだった。

 前世の彼にとって、眼中にあるのは復讐、ただそれだけだった。魔族に対する、果てしない復仇。これ以上の悲劇を生まないために、この10年というもの、彼はほとんど休むことなく魔族を屠り続けてきた。

 好意を寄せてきた異性がどれだけいたかなんて、覚えてもいない。身分が低かろうが高かろうが、容姿が良かろうが普通だろうが、あるいは他の女勇者だろうが、そんなことは関係ない。すべて断るか、無視してきた。

(俺には)女にかまけてる時間も、そんな気分もなかったのだ。

 女? 剣を振るう邪魔になるだけだろ!

「明日はアンイの誕生日でしょ。何か欲しいものとか、ある?」

 アンニは笑顔で尋ねた。だが、それが弟の本音を探るための、いささか下手な誘導尋問であることは、聞いているこちらにもまる分かりだった。

 弟の欲しいものが分かれば、こっそり準備できる、ってわけだ!

 アンイ:「世界平和」

 アンニ:「…………」

 (って、そんなの準備できるわけないじゃない!?)

「アンイへの誕生日プレゼント、何がいいかなぁ? 迷っちゃうなぁ……」アンニは薬草の籠を背負ったまま先を歩き、時折ちらちらとアンイの顔を盗み見ては、これ見よがしにアピールしてくる。

「いらない。欲しいものなんて、特にない」

 アンイは、素っ気なく言った。

「そんなのダメ! アンイは明日から大人になるんだから、ちゃんとお祝いしなきゃ」

 アンニはくるりと振り返り、真面目くさった顔で弟を諭した。

 この世界の現実的な感覚からすれば、18歳で成人というのは遅すぎるくらいだが、まあ、ゲームの設定がそうなっているのだから仕方がない。「登場人物はすべて18歳以上です」的な、お約束というやつだ。

「……祝うようなことじゃない」

 アンイは前方から視線を外し、別の方向へと目をやった。その瞳に、複雑な色がちらつく。

「そんなこと言っちゃダメ! アンイが生まれた日は、絶対にお祝いする価値があるんだからね! あんたって子は、良いところもいっぱいあるのに、ちょっと謙虚すぎるところがあるんだから。あんなに優秀で、村一番の天才剣士なんだから、お誕生日はちゃんとお祝いしなくっちゃ」

 アンニは、そう言って聞かせた。

「天才であることなど、当然だ」

 なにしろ彼は、【剣の勇者】なのだから。

「それを自分で言っちゃうのって、なんか変じゃない……?」

「別に。この世界に、俺より才能のある奴などいないからな」

 彼はただ、事実を口にしただけのことだ。

「……前言撤回。謙虚すぎるなんて言ってごめん。あんまり自惚れすぎるのも良くないわよ。『上には上がいる』って言葉もあるじゃない? もしかしたら、外の世界には、アンイよりもっとすごい剣士だっているかもしれないんだから」

「いない」アンイは、こともなげに言った。「もし外に俺より才能のある剣士がいるとしたら、その時は、この世界はもう終わりだ」

「なんだか、姉さんにはアンイの言ってることが難しくて分かんないや……」

 アンニの頭の上には、疑問符がいくつも浮かんでいるようだった。


 そんな、とりとめもない、噛み合っているような、いないような会話を続けながら歩くこと数十分。二人はようやく薬草採集の場所に到着した。

 薬草が採れる場所というのは、大抵決まっている。ゲームで言うところの、固定リポップ地点というやつだ。

 もっとも、採集のプロセスは、プレイヤーがFキーやEキーをポチるだけで終わるような、そんな簡単なものではない。薬草が生えているエリア、具体的な場所、採集すべき部位。それらを探し、確認するには時間がかかる。だから、一度始めれば数時間はかかりきりになる、というわけだ。

 気がつけば、もう黄昏時だった。

 美しい茜色の光が、木々の葉を透かして地面に降り注いでいる。普段であれば、それはさぞかし心和む光景だったことだろう。

 だが、魔獣が出没するこの森においては、薄暗い赤色の光は、ただただ不安を掻き立てるものでしかなかった。

 闇は、未知の危険を意味する。そして黄昏は、その闇が間もなく訪れることを告げているのだ。

 そんな中、アンニはまだ薬草採りに夢中になっていた。時間ぎりぎりまで、残りの薬草をすべて集めきってしまおうというのだろう。迫りくる危険には、微塵も気づいていない。

 アンイはといえば、「退屈だから」という理由をつけて、傍らで戦闘前のウォーミングアップを済ませていた。

 予想通りだった。自分たちが家を出る時間が早かろうが遅かろうが、アンニは結局、薬草採りに熱中して夕方近くまで粘ってしまうのだ。

 そして【魔族襲撃】イベントは、たいてい夜に発生する。二人が魔族に見つかったというよりは、むしろ、魔族の侵攻ルート上に、たまたま二人が居合わせてしまった、という方が正しいだろう。

 森の中から、ガサガサッ、と物音がし始めた。時間だ。

 間もなくだ。前世において、アンニを無残な死へと追いやった、あの出来事が、今、始まろうとしている……"


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