第12章 オールマスタリー、カンスト済み!?
"【勇者システム、起動。
アンイ・カール。あなたは、[剣の勇者]に選ばれました。
(注:勇者とは、魔王を討伐する存在です。あなたは強大な力と、特別な能力を得ることになります。詳細は、勇者ガイドをご参照ください。)
あなたは、[敵を両断する能力]を獲得しました。
(注:この能力は、他の勇者が[正しいスキル名を呼称する]ことによって、奪われる可能性があります。個人情報の保護には、十分ご注意ください。
発動条件:戦闘中、『一閃』と呼称することで、スキルが発動します。
クールタイム:1ヶ月。)】
感情の乗らない合成音声が、テキストと共に、アンイ・カールの脳内に、ダイレクトに響いた。
システムの音声は、よくある無機質な機械音声というわけじゃなく、むしろ、やけに甘ったるい声だったりする。
可愛い女の子の声を素材にして、それを切り貼りして、システム音声に仕立て上げた、って感じの声だ。
この声を聞くのも、実に18年ぶりってことになる。なんだか、ちょっとだけ、懐かしさすら覚えさせられる。
【あなたは、[勇者スターターパック]を獲得しました。インベントリをご確認ください。
あなたは、勇者固有スキルを獲得しました:
[暴食]
スキル詳細:
人間、生きてる限り、食うのが仕事だ! 腹が減ったら食う、腹がいっぱいでも食う、HPが減ったら食う、MPが尽きたら食う、軽傷で食う、重傷で食う、致命傷でも食う! 魔族を見たら、魔族さえも食っちまう! 魔王だって逃がさねぇ、俺は、食って食って食って食って食いまくる! 勇者が、全部、平らげてやるぜ!
(注:あなたは、食事によって、生命力(HP)と魔力(MP)を補充できるようになります。食物と水分は、高効率でエネルギーに変換されます。)】
【あなたは、勇者固有スキルを獲得しました:
[情欲淡泊]
スキル詳細:
勇者になった以上、もはや凡人にあらず。俗世の情欲など、微塵も関わりなし。もし、心を動かされたら……いや、貴殿が心を動かされる可能性など、万に一つもあり得ない。
(注:あなたは、他者に対し、友情以上の好意を抱くことがなくなります。これにより、魔王討伐の旅に、専心することができます。
PS:任意でON/OFFの切り替えが可能です。)】
まぁ、ツッコミどころ満載のスキル詳細はさておくとして。この【暴食】と【情欲淡泊】は、どっちも、チート級のスキルだったりする。
それは、前世で、嫌というほど体験済みだ。
【暴食】は、食物や水分を生命力(HP)や魔力(MP)に変換するだけじゃない。体の代謝で生じる老廃物なんかも、大部分が自動的に変換されちまう。つまり、どういうことかっていうと――
勇者は、トイレに行く必要がない、ってわけだ。
汗をかくとか、口臭がするとか、ニキビができるとか、普通の人間なら、まぁ、悩まされるような些細なこととも、一切無縁になる。
ついでに、生命力(HP)や魔力(MP)が消費されていない状態なら、空腹を感じることもない。
もちろん、生命力(HP)や魔力(MP)が一定以下に減少すれば、それが空腹感として、体にフィードバックされる仕組みにはなっているが。
食事で生命力(HP)と魔力(MP)が回復できるってことは、要するに、簡単にコンディションを回復できる、ってことでもある。
スキル詳細にあった通り、どんなダメージを受けようが、食えば万事解決、って寸法だ。
【暴食】だけじゃない。【情欲淡泊】もまた、とんでもない固有スキルだ。
前世で、多くの勇者たちが、恋愛感情なんかに煩わされることなく、魔王討伐に邁進できたのは、まさに、このスキルのおかげってわけだ。
これもまた、スキル詳細の通り、このスキルがONになっている限り、勇者は誰に対しても、恋愛感情を抱くことはない。
たとえ、目の前に、国を傾けるほどの美女がいて、すっぽんぽんで踊っていたとしても、アンイにしてみれば、せいぜい、感心して拍手する程度のもので、邪な考えなんて、これっぽっちも湧きはしない。
簡単に言えば、この二つのスキルを得た【勇者】は、基本的に、感情を持たない、対魔族討伐マシーンになる、ってことだ。
アンイは、慣れた手つきでシステムを操作し、インベントリから『スターターパック』を開封する。
【[勇者スターターパック]を開封します。
以下のアイテムを獲得しました:
勇者の剣
割り振り可能ステータスポイント:50】
【装備:勇者の剣
アイテム詳細:
普通の人間が作った剣は、もはや貴方には相応しくない。勇者の剣を手に取ってこそ、真の実力を発揮できるのだ!】
普通の剣がアンイに合わないってのは、要するに、『ステータス』って概念のせいだ。
一番弱い勇者でさえ、人間を遥かに凌駕できるのは、固有のステータス補正があるからに他ならない。
例えば、人間が果物ナイフを使うのは、まぁ、普通だ。
だが、それをショベルカーが使おうとすれば、あっさり折れたり曲がったりしちまうだろう?
ただの鉄の剣なんて、アンイが力任せに振るえば、簡単に壊れちまう。
使えないってわけじゃないが、武器の強度が、アンイの肉体の強度に、もう、追いついていないってことだ。
他の勇者たちにとっても、この初期装備ってのは、なくてはならないアイテムってわけだ。
アンイは、特に深く考えることもなく、システムのパーソナルデータを開き、ステータスポイントを割り振ろうとして――
「……ん?」
思わず、目を見開いた。
【名前:アンイ・カール
性別:男
年齢:18
職業:剣の勇者
勇者レベル:1
筋力レベル:2
敏捷レベル:3
耐久レベル:2
精神レベル:……
……
割り振り可能ステータスポイント:50】
ここまでは、まぁ、想定内だ。アンイは、それなりに鍛錬を積んできたから、普通の人間より、ステータスが1、2ポイント高いのは当然のことだ。
だが、その先に表示された項目を見て、彼は、完全に、固まってしまった。
【魔族図鑑収集率:98.6%
剣技レベル:Max
短剣マスタリーレベル:Max
片手剣マスタリーレベル:Max
両手剣マスタリーレベル:Max
大剣マスタリーレベル:……
……
水剣マスタリーレベル:Max
火剣マスタリーレベル:Max
雷剣マスタリーレベル:……
……
飛剣術マスタリーレベル:Max】
【[剣の勇者]アンイ・カール。あなたは、全ての[剣]の使用法をマスターしました!
称号:剣聖を獲得しました。】
前世で、彼が、あらゆる【剣】の熟練度を、カンストまで上げたのは、確かに、事実だ。
だが、熟練度レベルってのは、大量の魔族を倒すことで、経験値を積んでいくもののはずだ。今生の俺は、まだ、何もやっちゃいないってのに!
一般的な常識で言えば、熟練度ってのは、単に、その武器をどれだけ使いこなせるかっていう、個人の技量を示すものだ。
だが、この勇者システムにおいては、熟練度は、単なる進捗バーなんかじゃない。一種の【段階レベル】として機能する。
簡単に言うと、もし熟練度がレベル1なら、魔族を倒した際の報酬で得られる武器は、最大でもレベル1のものしか出ない。レベル1の熟練度では、レベル2の武器を扱えないから、システムが、そもそも寄越さないってわけだ。
逆に、熟練度がレベル2に達すれば、システムは、もうレベル1の剣を寄越しはしない。レベル2の熟練度を持つ勇者にとって、レベル1の剣なんて、弱すぎて、使い物にならないからだ。
ってことは、つまり……。
アンイは、今、この瞬間から、クエスト報酬で、いきなりマックスレベルの武器が手に入るってことだ!
(待てよ、ってことは!?)
アンイは、慌てて画面をインベントリに切り替え、【勇者の剣】のステータスを確認する。
【アイテム:
[勇者の剣 Lv99]】
カンスト!
勇者になった際のスターターパック報酬も、システム的には『報酬』扱いになる。だから、熟練度の補正が、ここにも適用されたってわけか!
もし、昨日、アンイが使っていたのが、レベル1の勇者の剣だったとしたら、あのホブゴブリンを倒すのに、もうちょっと、手間取ったかもしれない。
だが、この、レベルカンスト済みの勇者の剣なら……。
その、馬鹿げた基礎ステータスだけで、奴を、あっさり八つ裂きにできたはずだ!
【メインクエストが更新されました――】
その時、アンイの脳内に、再びシステムの音声が響いた。
【[剣の勇者:アンイ・カール]は、[聖の勇者:リコリーナ・オードリッチ]からの、勇者パーティへの勧誘を受諾してください。】
アンイは、一瞬、虚を突かれた。
前世でも、確かに、このクエストを、受けた記憶がある。
だが、あの時は、復讐心に凝り固まっていたせいで、パーティを組むなんて選択肢は、頭になかった。ただ、ひたすらに魔族を探し、夜も昼もなく、終わりなき殺戮を繰り返していただけだ。
そして、いつの間にか、このクエストは、リストから消えていた。
(聖の勇者、リコリーナ・オードリッチ……。
確か、あいつは、オードリッチ教国の聖女だったはず。
ってことは……)
こいつは、好都合だ!"