第11章 勇者システム、起動!
"聖女殿下! 我らに、神の御心をお示しください!」
教皇の声が響き渡った、その直後。聖堂に集った全ての神職者たちが、一斉にその場に跪き、熱のこもった眼差しを、高壇の上へと注いだ。
「聖女殿下! 我らに、神の御心をお示しください!!」
その時、教皇の背後に垂れ下がっていた白い帳が、ゆっくりと、左右に開かれた。中から現れたのは、黄金の冠を戴いた一人の女性。その歩みは緩やかに、壇上へと進み出る。
彼女が姿を現した、その瞬間。神職者たちは皆、一様に、息を呑み、動きを止めた。
彼らにとって、女性など、所詮は煩悩の種、皮と骨に過ぎない、はずだった。だが、これまで一度も人々の前に姿を見せることのなかった聖女殿下を、実際に目の当たりにした今、例外なく、誰もが、呆然とさせられていた。
その、この世のものとは思えぬ美貌を、どう形容すればいいのか、彼らには分からない。ただ、この黄金に輝く聖堂の光すら、彼女の前では色褪せて見えることだけは確かだった。まるで、この場のすべてが、彼女という花を引き立てるための葉に過ぎない、とでもいうように。世界の中心は、今、間違いなく、彼女一人に集まっていた。
金の紋様が施された白の長衣。滝のように流れ落ちる白髪は、自然なままに背に広がり、腰のあたりまで届いている。そして、清冽な金の瞳には、聖なる光が、ゆらり、と宿っているかのようだった。
この、人知を超えた美しさを持つ聖女を前に、もはや女色などに惑わされることのないはずの、幾千もの神職者たちが、意識が霞むような、陶酔感にも似た何かを、覚えさせられていたのだ!
「私は、オードリッチ教国が聖女、リコリーナ・オードリッチ」
その声には、まだ、あどけなさのようなものが残っていた。だが、それは、あまりにも荘厳で、神聖で、まるで天上の神そのもののように、聞く者を、自ずと、ひれ伏させる響きを持っていた。
「魔族による災禍は、激しさを増すばかり。もはや、人の力のみでは、凶悪なる魔族に抗うことは、叶いません。
このままでは、十年と待たず、我ら人は、取り返しのつかぬ、滅びの運命を辿ることになりましょう!
神の御力をお借りせねば、この、人の世の劫難を、乗り越えることはできないのです!」
その言葉に、神職者たちの胸が、どよめき、熱くなる。中には、感極まって、涙を流す者さえいた。
彼らは、オードリッチ教国の神職者として、神の恩寵を世にもたらすことを役目としている。だが、多くの人々と交わるが故に、その魂は、純粋とは言いがたい。
だが、彼らの聖女は違う。言葉を解するようになって以来、ただひたすらに天の神とのみ交信し、可能な限り、外部の人間との接触を断ってきた。世を見ず、世事を聞かず、その魂の純潔を、保ち続けてきたのだ。
控えめに言っても、聖女こそは、天の神と心を通わせることのできる、唯一の神使ってわけだ。
今、人が、存亡の危機に瀕して、初めて、彼らは聖女にお出ましを願い、天の神に、救いを求めざるを得なかったのだ!
「祈りなさい! 神の御子たちよ!
呼びかけなさい! 我らを護り給う、天の神に!」
リコリーナは、白く、しなやかな両手を、天へと掲げ、高らかに宣言した。
次の瞬間、神職者たちは、一斉に、両手を組み、胸に当て、顔を上げ、そして、目を閉じた。
同時に、リコリーナもまた、両手を広げた姿勢のまま、静かに、その瞼を閉じる。
彼女の脳裏に、神職者たちの声が、潮騒のように響き渡る。すべての者の祈りが、呼びかけが、今、この瞬間、彼女という一点に、集められていく。
突如、彼女は、カッ、と目を見開いた。その瞳から、金色の光が、迸る――
「お応えください! 天の神よ!!」
「ゴオォォォォ――ッ!!!」
その声が響いた、まさにその瞬間。一条の、金色の光柱が、天窓から真っ直ぐに降り注ぎ、聖女リコリーナの全身を、眩く包み込んだ。
彼女の体が、ふわり、と宙に浮き上がる。純白の長髪と、金と白の衣が、風もないのに、はためき、瞳の金光は、さらにその輝きを増し、まるで太陽そのもののように、直視することすら、躊躇われるほどだ。
数千の神職者たちが、もはや、平静ではいられなかった!
「神迹だ! これこそ、神の奇跡だ!!!」
「聖女様が、成し遂げられた!」
「神が、我らの祈りを聞き届けられた! 我らの呼びかけに、応えてくださったのだ!!」
「これで、人は救われる!」
壇上の傍らにいた教皇は、皆の歓喜の声を、止めることはしなかった。ただ、その場で、感涙にむせんでいる。
神が応えてくださったのだ。ならば、その子らが喜ぶ姿に、不興を示されるはずもない、ってことだろう?
どれほどの時が経っただろうか。金色の光が、徐々に薄れ、リコリーナの体も、ゆっくりと、宙から降りてくる。その、美しい瞳の輝きも、次第に、収まっていった。
ただ、その右手の甲には、淡い光を放つ、金の紋様が、一つ、浮かび上がっていた。
「ふぅ……」
両足が地に着くと、リコリーナは、再び目を閉じ、長く、息を吐いた。
神職者たちも、ようやく静けさを取り戻す。すべての視線が、聖女殿下に注がれ、神の御心が告げられるのを、今か今かと待っている。
傍らの教皇など、「神は、何と仰せられたのですか!?」と、今にも駆け寄りそうな勢いだったが、まぁ、なんとか、堪えたらしい。
やがて、リコリーナは、その目を開き、威厳に満ちた声で、高らかに告げた。
「神は、仰せられた――!
【勇者システム、起動】と!」
「勇者システム、起動!?」
「なんと、勇者システムが起動されるとは!?!?」
「これで、人は救われる!」
驚愕の後、ふと、我に返る者もいた。
「勇者システム、起動……とは、一体、どういう意味なのだ?」
「分からぬ。だが、神の御心である以上、そこには必ずや、深き思し召しがあるはずだ!」
「これで、人は救われる!」
まぁ、すぐに、リコリーナが、彼らの疑問に答えることになったのだが。
「神は、仰せられました。
人の世の危機に際し、神は、幾千、幾万もの勇者を選び、召喚された、と。人の世の劫難を退け、魔王を討伐するために!
そして、この私、リコリーナ・オードリッチは、人として最初の勇者、【聖の勇者】として、他の勇者たちを探し出し、共に魔王を討つべく、旅立ちます」
「勇者……!! 神が、勇者を選ばれた、だと!?」
「これぞ、神の恩寵!! 神は、我ら人に、魔王を討つための力を、お授けくださったのだ!!」
「これで、人は救われる!」
歓喜に沸く神職者たちを見て、リコリーナは、微かに、笑みを浮かべた。その、この世のものとは思えぬ美しさに、神職者たちは、またしても、一瞬、我を忘れる。
この時、リコリーナの目に映る世界は、それまでとは、まるで違ったものになっていた。
目の前に表示される、意味不明な枠線やゲージはさておき、数千の神職者たち、その一人一人の頭上に、文字が一行と、よく分からない赤と青のバーが二本、表示されている。そして、その文字は、彼らの名前を示していた。
(この、私に起きた変化こそが、神の恩寵なのですね!
尋ねずとも、皆の名前が分かるなんて、なんて素晴らしいのでしょう!)
【メインクエスト:『聖の勇者』となる、を達成しました。
あなたは、能力[月に一度、死者を一名蘇生できる]を獲得しました。
(注:この能力は、他の勇者が[正しいスキル名を呼称する]ことによって、奪われる可能性があります。個人情報の保護には、十分ご注意ください。)
クエスト報酬『勇者スターターパック』が、インベントリに配布されました。ご確認ください。
メインクエストが更新されました――
セントラン村へ向かい、[剣の勇者:アンイ・カール]を、勇者パーティに勧誘せよ。
ブラーナの街へ向かい、[刺の勇者:ミルコ・シンサ]を、勇者パーティに勧誘せよ。
ナウェンの町へ向かい、[盾の勇者:レイトン・シクレー]を、勇者パーティに勧誘せよ。】
「アンイ・カール……?」
再び響いた『神の声』に、リコリーナは、思わず、はっとさせられた。神の声を聴くのは、生まれてこの方16年、これが二度目のことだ。
彼女が、わずかに、その名を呟いただけで、場は、再び静まり返り、すべての視線が、彼女に集中する。
「聖女殿下、今、何か仰せられましたか?」
白鬚の教皇が、慌てて、歩み寄り、尋ねた。
「神が……私に、使命を授けられました……」
リコリーナは、鏡のように澄み切った金の瞳で、遥か彼方を見つめるように、厳かに、告げた。
「セントラン村へ向かい、剣の勇者、アンイ・カールを見つけ出すように、と」
「剣の……勇者!?」"