第1章 生まれ変わりは、かくも唐突に
" 【SSSランククエスト:聖戦
クエスト目標:魔王の討伐(0/1)
推奨人数:100+
本クエストは、宿主が死亡する確率が極めて高くなっています。受注しますか?
確認/確認】
撤退なんて、あり得ない!
というか、ここまで来ておいて、今さら退く必要がどこにあるってんだ?
「確認」
……
【剣の勇者:アンイ・カール(死亡)
撃破者:魔王
死因:8カ所の致命傷】
……
アンイは死んだ。
それは、随分と唐突な死だった。
世界そのものを凌駕する存在に対し、最後の一太刀を振るった。当たったのやら、当たらなかったのやら、そんなことは知る由もないが、ともかく、彼は死んだのだ。
今思い返しても、あの天変地異のごとき魔王には、ぞっとさせられる。わずか100人余りの勇者ごときで、本当に討伐なんてできたのだろうか?
なぜ「今」思い返しているのかといえば、それは……
アンイは生まれ変わったのだ。
それもまた、随分と唐突に。
魔王に殺された瞬間、目の前が真っ暗になり、次に瞼を開けた時には、とうの昔に死んだはずの両親の顔がそこにあった。
赤子のアンイは、この世の終わりのように泣きじゃくった。そしてすぐさま、母親の「標準装備」とでも言うべきもので口を塞がれたわけだが。
あれから瞬く間に月日は流れ、今やそれも18年前の出来事、というわけだ。
「カッ!」
修練場の中、一本の木刀が鋭い音を立てて弾き飛ばされ、やがてパタリと地面に落ちた。
「ほほうっ!」
木刀を弾き飛ばされた中年の男が、目の前にいる粗末な革鎧姿の黒髪の青年を、感心したように、それでいて驚いたように見つめている。
「若いのに、こいつは大した剣筋だ!」男は、感嘆の笑みを浮かべた。
「あったりまえよ! なんたって俺の息子だからな!」
がっしりとした体躯の男が横からぬっと現れ、得意げにアンイの肩を抱いた。
アンイの父親、アセル・カールである。
「うちの息子は村一番の天才でな! この村の若い連中じゃ、一番才能のある剣士なんだぞ、こいつは!」
「……証は、もらえるのか?」
アンイは無表情のまま、ぼそりと尋ねた。
「ああ、もらえるとも! もちろんだ!」
試験官である男は地面からむくりと立ち上がると、大慌てで傍らの机に何かを書きつけ、最後に印章を手に取って一枚のカードにバンッと判を押し、アンイに手渡した。
「よし、これが君の魔族ハンターライセンスだ。今日から君も、晴れて魔族ハンターの一員ってわけだよ」
アンイはそれを受け取った。「どうも」
そうとだけ言うと、アセルの腕をするりと振りほどき、さっさと背を向けた。
息子のこのつれない態度にはもう慣れっこだったアセルは、ちらりとその背中を一瞥し、改めて試験官に向き直って笑った。「いやあ、アンイのやつは、昔っからああでしてね。無口というか、なんというか、がっはっは……」
「いえいえ、天才ってのは、多少なりとも変わってるもんですからな!」
「がーっはっはっはっ!」
ギルドの門の外。
アンイは魔族ハンターギルドの前に立ち、手にしたばかりのカードを見つめていた。
(字、汚ったないな……)
内心で、そうごちる。
先ほどの父親の自慢話には、訂正したい点が二つほどあった。
一つ、彼は村の若者の中で最も才能のある天才、などではない。
この世界における、最強の剣士だ。
片手剣、両手剣、長剣、短剣、大剣、特大剣――「剣」と名の付く、あるいは剣に分類されるありとあらゆる武器において、その熟練度はとっくの昔にカンスト済みである。
この世界に、彼より強い剣士など存在しない。
なにしろ彼は、かつて【剣の勇者】だったのだから。
訂正したい点の二つ目。彼は別に無口というわけではない。
無意味なことを、いちいち口にしたくないだけ。ただそれだけのことだ。
「おい、アンイ!」アセルが後ろから追いつき、ポンとその肩を叩いた。「どうしたんだ、一体? 急にハンターのライセンスなんぞ欲しがって。さては、どこぞの英雄譚にでも感化されて、外の世界で一旗揚げようって気になったか? 魔族狩りとか? お前の才能なら、外でやってみる資格はあると思うがな、だが――まだまだ修行が足りん! この父さんと同じくらい強くなったら、その時は好きにするといい!」
「……俺が10歳の時から、もう一度も勝ててないじゃないか」
アンイは、ちらりと父を見た。
「うぐっ」
アセルの笑顔が、見事に固まる。
アンイはそれを華麗にスルーして、カードをポケットにしまった。
この世界では、相応の許可なくして、定められた守護領域の外で殺傷性のある武器を使うことはできない。たとえ村から一歩でも外に出て剣を抜こうものなら、制御不能なほどの、耐え難い激痛が頭を襲うのだ。
だからこその……
【魔族ハンター権限:魔族と遭遇した際、場所を問わず武器使用の権利を得る】
これだ。
前世、『剣の勇者』に関する記録には、このような一節があった――
――
【事象:剣の勇者の誕生
事象概要:
『魔族侵攻:セントラン村の災厄』
ありふれた魔族による災厄の一つ。最初に魔族を発見したのは、薬草採集をしていた姉弟であった。
姉は弟を逃がすため、その身を犠牲にし、この災厄における最初の死者となった。
生き延びた弟が村へ通報したことで、村は事前に防衛の準備を整えることができた。
しかし、痛恨事と言うべきか、未明になって多数の魔族が村を襲撃。村には戦士が10数名しかおらず、準備もむなしく、魔族の侵攻を防ぐことはできなかった。
災厄が去った後、村人は、最初に生き残った青年を除き、誰一人として助かることなく、ことごとく魔族の手にかかって死亡した。
その日は、青年の18歳の誕生日であった。
その日、少年は変貌を遂げた。
その青年、生き残った剣士は、魔王討伐の道を歩み始める。
村の壊滅こそが、【剣の勇者:アンイ・カール】の覚醒をもたらしたのである。】
――
だが実のところ、この出来事が起きたのは、アンイの18歳の誕生日の前日。
つまり、今日のことだ。
今日の午後、彼は姉と共に魔族と遭遇する。
今日の夜、魔族が村に侵入する。
そして未明、村は壊滅し、阿鼻叫喚の地獄と化す。
前世、あの夜の彼には、どうすることもできなかった。なぜなら……
今日のこの時点の彼は、まだ【剣の勇者】ではなかったからだ。
全ての勇者の誕生は、最初の勇者、すなわち【聖の勇者】の出現から始まる。
言い換えれば、この【聖の勇者】とやらが現れない限り、アンイが勇者としての能力を持つことはない、というわけだ。
システムもなければ、ステータス補正もない、特殊能力なんてものも一切ない。
災厄は、今日の午後から始まる。
だというのに、アンイの記憶によれば、【聖の勇者】が誕生するのは、こともあろうに明日の昼のことだった。
「ちょっとアンイ! 朝っぱらからお父さんとどこ行ってたのよ? 今日は早く薬草採りに行くって約束したじゃない。もう、早くしないと間に合わなくなっちゃうよ?」
家に戻ると、二つのおさげ髪に質素なワンピース姿の少女が、ぷんすかと腰に手を当てて門の前に立っていた。
アンニ・カール。アンイの姉であり、母親譲りの美貌で、村では可愛いと評判の娘だったりする。
「……行かないって選択肢は?」
アンイはぼそりと呟いた。
「だめに決まってるでしょ! 貴重な薬草の中にはね、一日遅れただけで、次に採れるまでずーっと待たなきゃならないものもあるんだから」
アンニは、まるで出来の悪い子を見るような目で、やれやれと弟を見た。
行かなければ、何も起こらない。そう考えたいのは山々だが。
アンイのこれまでの経験上、人生における重要なイベントってやつは、回避不可能、あるいは極めて困難なものと相場が決まっている。
だが……結末を変えられない、というわけではない。
前世の彼は、ただの平凡な剣士だった。この、まるでクソゲーみたいな世界に放り込まれてから18歳になるまで、システムが覚醒することもなく、ただただ鬱々とした復讐劇のシナリオを歩まされていただけだ。
だが今生では、前世の記憶を持つ彼は幼い頃からずば抜けた剣の才能を示し、性格も大きく変わった。避けられない出来事は確かに存在する。だが、彼の力と性格の変化によって、その結末は大きく変わってきたのだ。
例えば、前世では重要な剣術試合に負け、それを機に発奮して修行に励む、なんてお約束もあった。
だが今生の彼は、その試合であっさりと勝利し、村の若手最強の座を不動のものとし、多くの者から羨望と賞賛の眼差しを向けられることになった、という具合だ。
前世で散々味わわされた苦難は、今生で変えることも、避けることもできる!
成長だ? 変貌だ? そんなお題目、クソくらえだ!
この人生で、村が壊滅する結末を、この俺が変えてみせる。この手で……
この手で、姉さんを救い出す。
この手で、村を救ってみせる。
そしてこの手で、前世の俺に憎しみを植え付け、無残な死に追いやった、あの忌々しい魔族どもを――皆殺しにしてやる!
「……なら、姉さん」
アンイの、普段は波一つ立たない冷たい瞳の奥に、どす黒い復讐の炎が、ちらりと揺らめいた。
「出かける前に、動きやすい服に着替えて。それと、魔除けの薬も持っていってくれ」"