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青春の風を味わいたくて…


クラスが変わり、ガヤガヤと騒がしい小学校低学年のクラスルームの中で、とある少女とその少年は出会った。



窓には桜が満開を誇っていて、少女ーー和泉桜(いずみさくら)はぼんやりと外を眺めていた。教科書が配布されていく教室では、各々好き勝手なことを話している。担任の先生は穏やかな人のようで、特に咎めることもなかったからだ。


ふと、視線を感じて振り向くと、可愛らしい顔立ちをした少年と目があった。少年は少し緊張したように目を瞬かせたが、そっと囁くように、こう言ったのだ。

「おれ、しんどうはるき、よろしく」


だが、騒がしい室内で、彼の声はさくらには届かなかった。

「ごめんね、なんて?」

「しんどう、はるき」

「しんどう?」

「は、る、き!」

「あぁ!しんどう、はるき!」

「そう!!これから、よろしく」

「わたし、いずみ、さくら、よろしく」

「ふっ、しってる」

「え?そうなんだ!」


さくらは、元々人見知りな方だ。あまり顔にはでないが、警戒心が強くて、初対面の人と話して楽しいと感じることは滅多にない。しかし、それにも関わらず、神東遥希(しんどうはるき)との他愛もないこのやりとりは、幼い彼女の心を確かに弾ませ、深く記憶に刻みこまれたのだった。



ーーーーーー

それからは時折、神東とさくらはキャッチボールをしたり、鬼ごっこをして過ごすことが増えた。もちろん他のクラスメイトが参加したり、さくらが他クラスにいる友達と遊ぶこともあったので、毎回ではなかったが。


一年が経ち、小学校中学年ではクラスが離れた。そして、神東のクラスの帰りの会が終わって、さくらの友達が出てくるまでの、数分の間に話すだけになっていた。


さくらは別に、それが恋だとは思っていなかったし、ただ仲の良い友人くらいにしか考えていなかっただろう。小学生がいくらませているとは言っても、さくらは自分の感情の機微に敏感な方ではなかった。


だが、ある日、さくらはそこまで親しいとは思っていなかった男子に告白された。


「俺、和泉のこと好きなんだけどさ、和泉は神東のことが好きなんだろ?」

咄嗟に言われたその一言に、さくらは咄嗟に、「え、あ、うん」と答えた。そしてその肯定の言葉が自分の口から出たことに驚き、その晩から、さくらは恋愛というものを真剣に考えるようになっていった。


「そもそも、どうして私のことを好きになったんだろう」

さくらは告白してきた男子生徒とは、隣の席になったことがあった。そういえばピンクのペンをプレゼントしてくれたこともあった。


考えれば考えるほど、さくらは罪悪感と、嬉しさと…恋愛という未知のものへの怖さが湧き上がっていた。あんな些細なことで私を好きになるとか、ありえるのだろうか、というふわふわした不思議な気持ち。


「あと…なんで神東のこと好きってなってるんだろう」

あの数分の会話がなんだか怪しく見られていたのだろうか。それとも他に…?「あっ!」とさくらは思い出す。


そう言えば、少し前に最近仲良くなった友達に、好きな人を聞かれた。その子は自分の好きな人と私の、あるいは他の誰とも好きな人が被ることを許さず、あまりにしつこい追求に、さくらは「え、ええと…神東かな!」と咄嗟に答えたのだった。


「誰にも内緒だからってあんなに言ってた、のに…」

さくらは、あの女の子の顔を思い出す。これから仲良くなれると思っていたのに…。


「人ってよくわからないんだなぁ」

さくらはため息をついて、心の深いところでまた一つ、無意識に鍵をかけたのだった。


「…もう少し、ちゃんとお礼が言えたらよかったな」

だが、それ以降男子生徒はいつも通りであったので、さくらもいつも通りに接することにした。そして、そのことは忘れていったのだった。



ーーーーーー


さくらの誕生日は、その名の通り春休みにまたがる春にある。そのため教室の給食の時間に祝ってもらえることはなく、少しだけ寂しい思いをしていた。


「神東!今日は力比べしよ〜!!」

さくらは自分の感情の機微には疎かった。空手を習っていたこと、警戒心の高さゆえにまっすぐ気持ちを表現できないところが相互に影響して、立派なツンデレになっていた。


「良いけど」という言葉を合図に、ランドセルにしがみついたさくらを、神東が遠心力で払い落とそうとする遊びが始まる。


きゃっきゃっと楽しそうな声が廊下に響き、次第に他の生徒たちも皆同じような遊びを始めていく。遊びは伝播していくのだ。程なくして解散になった頃、神東は「そういえば」と、さくらに紙を渡した。


紙には神東の描いた絵と、さくらの誕生日の日付が書かれており、明確に誕生日プレゼントと分かるものだった。

「え…!ありがとう!!」


さくらの心に日差しが差し込まれたように、引っかかっていた寂しさが消えた。

「神東、絵、うまいね…!ランドセルボロボロだから、もっと不器用な人かと思ってた!」

「和泉よりはさすがに器用だろ、去年同じクラスの時、鉛筆の芯3回連続で折ってたし」


神東が思っていたよりも自分を見ていたことにくすぐったさん感じながらも、さくらは「うるさい!」と照れ隠すことに必死で、神東を蹴飛ばすのであった。



ーーーーーー


次の年、ヒヤシンスの花が教室に咲き誇る季節。

さくらは再び同じセリフを、別の男子から聞くことになった。


「…和泉さ、クラスどう?」

「え?楽しいよ、早田は?」

「いや、クラス離れたなぁって思って」

「? そうだね」

「和泉って神東のこと、好きよな?」


「え!?な、なんで?」

「和泉のこと、好きなんだけど、神東のこと好きなんだろうなって」


「え、ええと…その…」

「誰にも言わないから。まあ、頑張れ」

「ありがとう…?」


たまたま2人になった数分だけの、ほとんど一瞬の出来事だったが、さくらには2回目の、大きな衝撃を与えた。


布団の中でさくらは考える。

「告白してくれたのは、すごく嬉しかった。…嬉しかったけど…神東と遊んでる時、プレゼントをもらった時より心臓が爆発しそうにはならなかった…と思う。


だから、その……これは…つまり…私は神東が、好き…!?これが、恋ということ…!?」


この日をきっかけに、さくらは恋というものを知り、神東と恋仲になりたい、と思うようになったのでした。



ーーーーーー


だが、現実は思うようにはいかず。

一進一退の現状が続いていた。


小学生6年生になったさくらは、下駄箱を見てため息をつく。

「今日は、ないのか…」

「どしたの?」

「うえ!?ううん!なんでもないの!」

「じゃあ、今日は図書館で待ち合わせね!宿題もそこでやろ〜」

「うん、またあとでね」


友達との他愛無いやり取りは楽しいが、さくらの心は晴れない。高学年になってから、時折、神東からの手紙が下駄箱に入っていることがあった。


誰にもバレないようにこっそりとしたもの。内容は「今日休んだの?」「その服初めて見た」など、些細な内容だったが、その手紙を見つけるたびにさくらは天国にも舞い上がるような気持ちだった。返事を書いて靴箱に入れると、自分と違って綺麗な字の返事がまた返ってきている。


そんな時間がどうしようもなく楽しかった。


だが、最近、「神東と和泉は付き合ってる」「らぶらぶらしい」「ヒューヒュー!」などという冷やかしの類があまりにも増えていて、ろくに会話もできていない。


現状を変えたい、もっと仲良くなりたい、そんな気持ちばかり募る。もうすぐ小学校を卒業してしまう。そうなると、尚更…と気持ちがはやるのだ。


同じ中学に入学することは確認した。神東は賢いから、私立に行く可能性もあったからだ。


「ライバルが増えるくらいなら…!覚悟を決めなきゃ」


それから、何日もかけて手紙を書いた。

いわゆるラブレターというものだ。


書き方なんて知らなかったので、ちょうど兄が貰っていたラブレターを見せてもらい、参考にして書いた。


思いを綴った手紙は、きっと拙いものだったと、さくらは下駄箱に入れてから激しい後悔に襲われた。


馬鹿みたいなテンションで、馬鹿みたいな文章を書いた気がする。まっすぐ気持ちを伝えることは本当に恥ずかしくて。


「やっぱりやめておけば良かった」

何度もそう呟き、「恥ずかしくて死にたい」と眠れないこともあった。振られるなら早くしてほしい。でも、まさか嫌われていることはないと思うけど、と悶々とした日を過ごした。


すぐに返事が来るだろうというさくらの期待とは裏腹に、半年を過ぎても返事が来ることはなかった。

何度か返事が欲しい、という手紙も送ったが、とくに反応もなかった。


廊下ですれ違うと、目が合う。

だが、それだけだ。


だが、秋も深まる頃合い、自宅のポストに突然手紙が入っていた。


『ずっと考えてた。待たせてごめん。俺も好き、付き合おう』という簡素な内容のものだったが、さくらにとっては何物にも変え難い宝物になった。


口角が下がらないまま、心も弾み切ったまま、「やったぁ〜〜!!」と喜びを噛み締めるのだった。



ーーーーーー


付き合い始めたという、形式的な変化は生まれたものの、具体的に関係性が変わることはなかった。


ただ、想いは通じ合っているという確かな変化が、さくらの心を支えてくれていた。




ーーーーーー


だが、この2人の関係は、3年間停滞することになった。

中学校では互いに、あまりにも忙しかったことが理由の一つだ。


和泉桜は、空手、ピアノ、ヴァイオリンを習っており、加えて生徒会をしていたため部活動の余白さえなかった。

神東遥希の方も剣道、合気道、塾、生徒会と多忙な日々を過ごしていた。


生徒会の任期は被っておらず、小学時代にからかわれてろくに会話をできていなかった体験から、お互いに慎重になり過ぎていたのもあるだろう。


互いに別の誰かに告白されていたり、好意を寄せられていることは分かっていた。だが、時折手紙を交換して、好きである気持ちは変わらないと確かめ合っていたから、何とか繋ぎ止められていたようなものだ。



「神東くんへ

卒業おめでとう。第二ボタン、ありがとう。とっても嬉しい。神東くん、高校でも、これからもよろしくね。高校ではデートとかしたいな 和泉より」


『卒業おめでとう、こちらこそ貰ってくれてありがとう。高校でもよろしく。俺ももっと話したいと思ってる 神東』


中学最後の手紙を読みながらさくらは気合を入れる。

空手もピアノも辞めた。私に必要なのは恋人との時間だと心に決めたから。

高校では、必ず、デートをする!!

低めの目標を掲げて、さくらはよしっとこぶしを作るのであった。








読んでいただきありがとうございました!

これからまったり更新していきます

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