従兄弟たちとの交流
祖父母の屋敷へ来てしばらくが経った。
私はエレオノーラに言われて継承を付けて呼ぶのは辞めた。
自分よりも爵位が高い者から様付けで呼ばれるのは基本的に親交が浅い者への呼び方だそうだ。
親しくなりたいからエレオノーラと呼んでほしいと言われた。
私がこちらに来て数日後にお兄様も祖父母の屋敷へやって来て、学園が夏期休暇に入ったためエレオノーラの兄2人とフライムートの兄が帰ってきた。
それにしても、エレオノーラの兄2人は金髪に赤い瞳をしていて伯父様にそっくりだ。
2人とも背丈は同じくらいだけど、片方はがたいが大きい。
がたいが大きい方は14歳の次男のハラルドで騎士志望らしい。
もう1人は15歳の長男のイングベルトだ。
イングベルトは正式な次期領主と決定しているらしく、婚約も済ませているそうだ。
ハラルドとイングベルトには帰ってきた日に挨拶をした。
お兄様はハラルドとジークハルトとフライムートとフライムートの兄であるゴッタルドの5人で剣の稽古をしている。
私はその様子を眺めながら残り少ない歴史書を進める。
少し、休憩しようと思って歴史書を閉じた。
「ルーディンク」
「はい」
「海に行きたい。いえ、海に行きましょう」
「かしこまりました、お嬢様。すぐに手配します」
ルーディンクは部屋を出て行って、その間に海に行くためにドレスから薄い生地の袖の広がったワンピースに着替えた。
海に行く用のワンピースであってもあまり肌を出してはいけないらしい。
海は下町にあるため目立ちすぎないように、髪はポニーテールにしてシンプルなカチューシャをつけた。
こんな格好の子なら前世にもいたし平民に紛れるだろう。
ルーディンクが戻って来ると、一緒にお兄様とエレオノーラとジークハルトが部屋にやって来た。
「オリビア、私達も一緒に海に行っても良いか?」
「構いませんけれど、フライムートもついてくると思いました」
「フライムートは兄上たちに勉強させられています」
「そうでしたのね」
私はチラッとお兄様の方を見ると、お兄様はポンッと胸を叩いた。
古語と計算はこっちに来る前に終わらせていて、歴史書ももう7割以上終わっているらしい。
やっぱりお兄様は要領がいいんだろう。
「それじゃあ、準備してくる」
「はい。準備が終わったら知らせてください」
「分かった」
ここではすごく自由に過ごせる。
お祖父様とお祖母様に許可を取らなくても、外出は既に許されているし下町を出歩こうとしても止められない。
お忍びで遊びに行くって、やってみたかったんだよね。
皆の準備が終わって、従者用の馬車に乗って海に向かう。
私とお兄様は初めての海だから楽しみで仕方がない。
「海での遊び方は私とエレオノーラが伝授いたします」
「それは心強いな」
お兄様はジークハルトと楽しそうに話している。
海岸に着くと、ルーディンクが日傘を私に差してくれた。
これだと、お嬢様感が隠せてないと思うんだけど。
心配になって辺りを見渡してみると、他に人はいなかった。
これなら大丈夫かな。
ホッとして波の近くまで歩いた。
ザァー、ザァーとさざ波の音が心地良く響く。
「綺麗な音ですね」
「はい。心が落ち着くでしょう。わたくし、嫌なことがあるとこの音を聴くために近くまで馬車で来ることもあるのです」
「それはとても良いですね。わたくしも王都に帰る前に堪能しておきます」
「王都に帰っても思い出せるように、この波の音を表現した曲の楽譜をお贈りしましょうか?」
「はい!是非!あ、出来れば早くいただけますか?わたくし、お友達にもこの波の音を味わっていただきたいのです」
「はい。明日までには用意させておきます」
ジェラルド王子は海を一度だけ見たことがあるって言っていたけれど、さざ波を表現した曲は知らないと思う。
喜んでくれるといいな。
しばらく海を眺めて馬車に戻った。
お兄様とジークハルトは海で波の追いかけっこをしていたらしく少し疲れていた。
屋敷に戻ると、お兄様とジークハルトはすぐに自室に戻った。
私も少し汗をかいたので湯浴みをしてから夕食を食べた。
翌朝、朝食を終えてからエレオノーラの側近が波の音の曲の楽譜を持ってきてくれて私はすぐに昨日書いた手紙に包んで送った。
それから数日後。
今日は、エレオノーラと一緒に平民街へお忍びで出かける。
この前海に行ったときのような服装と髪型で、麦わら帽子を深めに被って平民街の近くまで馬車で向かった。
海とは違って人がたくさんいてドキドキする。
「市場にはよく来るのですか?」
「はい。可愛い雑貨や美味しい食べ物がたくさんあるので」
「お友達にお土産を買おうかしら」
「それは素敵ですね。ここには世界にたった一つの物がたくさんありますからきっと喜ばれますよ」
エレオノーラの後に続いて市場を進んでいく。
今日はルーティングではなくエマとエレオノーラの執事についてきてもらっている。
エレオノーラの執事は小柄な女性だけど護身術が使えてとても強いらしい。
市場を歩いていると、一つのお店が目に留まった。
可愛らしい雑貨屋さんだ。
手編みレースで作られたハンドメイドの髪飾りがたくさん売っていた。
その中で薄い紫色のリゼリーの髪に似合いそうな、銀色の糸で編まれたレースのリボンの髪飾りを即購入した。
ジェラルド王子にも何かお土産を買おうかな。
いやいや、王子に髪飾りはない。
首を振って他の店を見て回る。
エレオノーラ様は慣れた様子で屋台のクレープの様なものを買っていた。
私も真似をして同じ物を買ってみた。
「オリビア様は、平民街を歩くのは初めてではなかったのですか?」
「初めてですよ」
「そうですか。なんだか、慣れているように見えたので」
「エレオノーラの真似をしただけです」
普通、貴族の買い物は商人とのやり取りだけど前世の私は普通にコンビニとかで買い物してたから慣れてると言われるのも間違いではない。
そういえば、死ぬ直前もコンビニで買い物してたな。
スティックのりなんて施設にいくつもあったのに、施設をこっそり抜け出して暇だからってコンビニ寄ってたんだよね。
せめて、あれが最後ならコンビニスイーツを買っておけば良かった。
買ったばかりのクレープに似た食べ物をぱくりと食べた。
見た目は惣菜クレープだけど、生地は別に甘くはなくてどちらかといえば薄く焼いたお好み焼きの生地に魚のフライが挟まれているような感じだ。
「美味しいです」
「お口に合ったようで良かったです」
エレオノーラはふふっと笑ってぱくぱくと食べる。
ここでは礼儀とかテーブルマナーとか気にしなくていいんだと思うとなんだか気が楽になる。
食べ終わって、また市場をみて回っていると人の集まっているお店が合った。
人と人の間から覗くと、キラキラと光るネックレスのような物がいくつも並んでいた。
宝石かな?
「エマ、あれは何?」
「魔法石ですね。平民街にも売っていたのですね」
「魔法石?」
「はい。これはお守りとして使われているようですがこの魔法石にはもう魔力が残っていません。実際にお守りとしての力を発することはないでしょう」
「そうですか」
それなら買わないでおこうと思ったとき、親指ほどの大きさの緑の魔法石のネックレスが目に入ってきた。
ジェラルド王子の瞳と同じ色だ。
私は群衆をかき分けて一番前に行って、その魔法石のネックレスを購入した。
「お嬢ちゃん、本当にこれを買うのかい?こっちのピンクの石の方がお嬢ちゃんに合ってると思うけれど」
「いいえ。この緑の物をください」
「そうか。まいどあり」
さらっと高い方を売ろうとしてきた。
再び群衆をかき分けてエマのところに戻ると、エマは驚いたように私の方を見ていた。
「どうして購入されたのですか?お守りとしての力はないのですよ?」
「お守りというのは気持ちも大切だと思います。それに、ジェラルド王子の瞳と同じ色だったのでつい」
「………お嬢様は本当にジェラルド王子を慕っておられるのですね」
「はい。もちろんです」
エマは少し困ったように笑って「そういう意味ではなかったのですが」と呟いている。
どういう意味かは分からないけれど、王子はのことは本当に尊敬している。
勉強も出来て、芸術の才能があって、何度破れてもアルデアート様に挑むことを諦めない。
私には出来ないからお兄様もジェラルド王子もすごいなって思う。
エレオノーラを見失ったと思って少し焦ったけれど、近くの花屋で花の苗を購入していた。
すぐにエレオノーラの元へ行って苗を覗いた。
「エレオノーラが育てられるのですか?」
「はい。花を育てるのはとても楽しいですよ」
「わたくしは継続が苦手なので途中で枯らしてしまいそうです」
眉をひそめて笑うと、エレオノーラも仕方なさそうにふふっと笑った。
そして、エマの持っているものに視線を移した。
「良いお土産はご購入出来ましたか?」
「はい。喜んでいただけると良いのですが」
「きっと喜ばれますよ。オリビア様がご友人のために考えて選んだということが何よりも嬉しいと思います」
「そうですね」
買い物を終える頃には日が低くなっていた。
馬車で屋敷に戻った。
夕食を終えて少ししてから早めに休む。
今日は疲れたし、明日は乗馬を教えてもらう約束をしているため体力は回復しておかないと。
少し開けた窓から風が吹いてくる。
夏なのにここの夜はやっぱり涼しい。
天蓋から垂れ下がっているカーテンがふわりと揺れている。
なんだか懐かしく感じる。
前世はこんないい生活を出来ていなかったのに、不思議だ。
乗馬を教えてもらうのは午後からで、午前中に分厚い歴史書をやっと終わらせた。
達成感に満ちながら中庭ではなく、南館の広場に向かった。
イングベルトとゴッタルドが馬をここまで連れてきてくれるらしく、お兄様と2人で待っていた。
「お兄様も乗馬が初めてだなんて意外です」
「ずっと剣術しかしていなかったからな」
「それは、確かに」
少し向こうからカラカラと馬の足音が聴こえてきた。
目の前に来るとイングベルトとゴッタルドがそれぞれ馬から降りた。
「今日は初めてだから私たちが同乗します。オリビア様は私と、レーベルト様はゴッタルドと同乗してもらいます」
「はい」
私はイングベルトに馬の背に乗せてもらって、イングベルトを私がしっかり綱を握ったのを確認して私の後ろに乗った。
お兄様は少し驚いたようにイングベルトを見た。
「婚約者がいるのにオリビアと同乗しても平気なのか?」
「平気です。私の婚約者は私に懸想してはいませんから。幼馴染なので仲は良いですけど」
「そうでしたか」
私はイングベルトに倣って手綱を握って少し引くと、馬がゆっくり歩き始めた。
初めての乗馬にドキドキしながら揺れながら進んでいく。
私はボリュームの少ない物とはいえドレスなので馬にまたがずに横を向いて座っている。
馬の背中は安定せずに揺れるけれど、イングベルトが寄りかかっていいというので寄りかかると楽な姿勢になった。
楽しいかも。
リゼリーたちへの手紙にも書いておこう。
私、初めて乗馬したよって。
ついでにおすすめもしておこう。
ものすごく楽しいから是非やってみてねって。
乗馬をしながら、屋敷の広場を何周かしているとフライムートがやって来た。
「イングベルト!私にも乗馬を教えてくれる約束だっただろう!なぜオリビアとレーベルトには教えて私には教えてくれないんだ!」
「様をつけなさい。それに、フライムートが課題を終えたらと言っているだろう。オリビア様はもうお勉強を全て終えられている。フライムートも見習ってもう少し勉強に取り組みなさい。それと、ハラルドから逃げてきたわけではないだろうな。ちゃんと許可を得て出てきたのだろうな」
イングベルトが馬の背中からフライムートを見下ろすと、フライムートは何も言い返さずにどこかへ走っていった。
イングベルトは追いかけることはせずに胸元からキラキラと光る宝石のような物を取り出して握った。
「ハラルド、聴こえるか?さっき広場にフライムートが来た。南館の方へ走っていったため多分、お祖父様の元へ向かったのだろう」
「そうか。兄上、感謝する。あいつ、また逃げ出してお祖父様に泣きつきに行ったか」
ハラルドの声が宝石のような物から聞こえてきて、驚いて何度も瞬きをしているとイングベルトが微笑んだ。
「オリビア様はこれを見るのが初めてでしたか?」
「はい。今のは魔法ですか?」
「少し違いますね。魔力を利用した道具ではあるのですが、術を使用していないので魔法ではありません」
「わたくし、家ではあまり魔力について話されていないので違いをよく分かっていないのです」
「そうでしたか。失礼しました。確かに、オリビア様のように爵位の高い貴族は魔力が豊富で幼い頃に使用すると暴走してしまう危険があるのであまり話されないのでしたね」
もっと話を聞きたいけれど、もう教えてくれないんだろうな。
アルデアート様も土人形を使っているとは言っていたけれど、どうやって作っているとかは全く教えてくれなかったからな。
無駄な期待はしない方がいいというのは前世で学習済みだ。
話題を逸らして乗馬を終えた。
あっという間に帰る日がやって来た。
お祖父様はもう少しここにいてもいいんだぞと何度も引き留めてくるけれど、私はまた来ますねと流して馬車に乗り込んだ。
お母様がいうほど孫大好きでもないと思っていたのに、最後の最後に本性が現れた。
そういえば、こっちに来てから色々出掛けたり新しいドレスを買ってもらったり平民に変装するための服を買ってもらったりと気付けばかなり貢がれていた。
私が気付かなかっただけかもしれない。
けれど、祖父母にこんなに愛されるのは私としては正直嫌な気はしない。
馬車から手を振るとお祖父様は少し寂しそうにしながらも笑顔で手を振り返してくれた。
エレオノーラとフライムートたちも大きく手を振ってくれる。
「お兄様、またいつか来ましょうね」
「そうだな」