祖父母の家へ
今日はリゼリーがうちの屋敷に遊びに来ている。
祖父母の屋敷に行く準備はある程度終えたため、空き時間がたくさんある。
お兄様も古語の教科書を終えて、計算の教科書ももう残り半分ほどしかないため私が屋敷を出るまでには終わりそうだ。
「オリビア様、西方の領地に行かれるのですか?」
「はい。夏の間、リゼリーに会えないのは寂しいですけれどたくさんお手紙を書きますね」
「わたくしもお返事を書きます。楽しい話をたくさん聞かせてくださいね」
「任せてください」
リゼリーが帰って入れ替わるようにお兄様が帰ってきた。
お兄様が祖父母に会いに行くのは私が出発する8日後だ。
お兄様はその前日に騎士団の訓練場で行われる剣術大会を見に行くらしい。
本当に剣が好きなんだろうな。
「オリビア」
「はい」
「最近王宮に来ないからジェラルドが会いたがっていたよ」
「では、明日は特に予定がないですし久しぶりに王宮にうかがいます」
そういえば、お兄様の勉強を見るために行ったあの日以来王宮に訪ねていない。
王宮に行かなければジェラルド王子と顔を合わせる機会もない。
私も久しぶりに王子に会いたいし。
夕食を終えて、自室に戻って湯浴みをしてからベッドに入った。
朝起きると、初夏が近付いてきたため季節に合わせてクリーム色のレースと夕陽色の生地が交互に重なったドレスに着替えて首元を涼しくするために髪はお団子にまとめて宝石のついた髪飾りをつけた。
私、前世の反動か結構おしゃれにハマってるんだよね。
「お嬢様、素敵です」
「ありがとう」
朝食を終えてからそのままお兄様とお父様と一緒に王宮に向かった。
お父様は馬車を降りてすぐに王宮の北棟に行って、私とお兄様は待っていた従者に中央棟の中庭に案内してもらう。
お兄様だけのときはもうわざわざ案内はしなくて良いと言っているそうだけど、今日は私もいるため客人対応になっているらしい。
中庭に行くとジェラルド王子とアルデアート様が待っていた。
相変わらず水色と銀色の合わさったような髪は綺麗だ。
目が合うとこっちに歩いてきた。
「オリビア、久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです、ジェラルド殿下。お元気そうで安心いたしました」
「ああ。オリビアも元気にしていたか?」
「はい」
ジェラルド王子とお兄様はいつもの剣の稽古をして、アルデアート様に攻撃を撃ち込んでいる。
やっぱり攻撃は当たらないけれど、アルデアート様が少し息が上がっているように見えた。
2人とも、強くなってるんだろうな。
稽古を終えて、ガゼボにお菓子とお茶を用意してもらった。
私は来たときに昨日リゼリーにもらったばかりのネブルを従者に渡していてそれも一緒にお菓子のお皿に盛られている。
お兄様がお土産に持っていくと言っていたけれど、うちで食べ切ってしまって結局持っていかなかった。
そのため、ジェラルド王子は今日初めてネブルを食べることになるだろう。
ジェラルド王子はネブルを一口食べて少し驚いたように瞬きをした。
これは、気に入っているのか気に入らなかったのか分からない。
顔色を伺っていると、ジェラルド王子はゴクリと飲み込んで私の顔を見た。
「これは美味いな。ネブルと言ったか」
「はい。リゼ、カリラス侯爵令嬢から頂いたのです」
「カリラス侯爵令嬢?そういえばお茶会に呼ばれたそうだな」
「はい!わたくしの初めてのお友達なのです」
笑ってジェラルド王子の顔を見ると、少し驚いたような顔をしてから目元を緩めて良かったなと言った。
表情はほとんど変わらないものの、綺麗な緑の瞳が優しくこちらを見ている。
やっぱり、王子はお兄様みたいだ。
「そういえば、夏の間は西方の領地に行くそうだな」
「はい。しばらく会えないのでリゼリーとお手紙をやり取りする約束をしたのです」
私は少し考えてジェラルド王子の顔を見た。
「もし、ご迷惑でなければ殿下にもお手紙を送ってよろしいでしょうか?」
「ああ。待っている」
ジェラルド王子は小さく頷いた。
私のちょうど真向かいに座っていたお兄様は、私と殿下を交互に見てついてきていたルーディンクに何か耳打ちをして笑っている。
何を言ったか後で聞いておこう。
それから数日後、馬車で屋敷を出発した。
フォティリアス領までは馬車で丸一日と少しかかる。
途中にある宿で一晩過ごして翌朝からまたフォティリアス領へ向かって馬車を走らせる。
私は初めての旅行ということでなんだか落ち着かない気分で馬車からだんだんと日が落ちていく外の景色を眺めていた。
「お嬢様、体調は異常はないですか?」
「はい」
「あと少しで宿に着くと思います。それまで寝ていますか?」
「いいえ。平気です」
早く着かないかな。
空がさっきよりも少し紫に近付いてくると、宿が見えてきた。
宿に泊まるとか前世の小中の修学旅行以来だ。
管理人が部屋まで案内してくれて、ルーディンクとエマとユーリが荷物を運んでくれた。
貴族御用達というだけあって、家具も寝具もいつも使っている物よりは劣っているけれどとても良質な物だ。
夕食は宿の中にあるレストランから運んで来てもらって部屋で食べた。
食べたことがない野菜や果物があったけれど、すごく美味しかった。
明日も朝が早いため夕食を終えて少ししてから休むことにした。
日が明けて、昼を過ぎた頃にフォティリアス領へ到着した。
門を通ってだんだんと祖父母の住む屋敷に近づくに連れて海が見えてきた。
海、入れるのかな。
屋敷に着いてドキドキしながら馬車から降りると、お父様よりも少し年上くらいに見える男女の使用人が出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、オリビア様。わたくし、侍女長をしているカミラと申します。こちらは執事長のベルントです」
「はじめまして。しばらくの間お世話になります」
「こちらこそ、お世話になります。今回は避暑のための来訪だと伺っております。オリビア様が良い夏を過ごせるようにわたくし共は誠心誠意努めたいと思っております。さあ、大旦那様と大奥様がお待ちです。広間までご案内します」
カミラとベルント以外の従者が荷馬車から私達の荷物を持って部屋に運んでいく。
ルーディンクとエマとユーリまでもがお客様扱いをされて3人とも慌てて止めようとしていたけれど、ベルントに「大旦那様の命ですから」と言われて言い返すことが出来ずに落ち着かない様子で私の後ろを歩いていく。
広間に着いて、ベルントが扉を叩いて返事を待ってから開けた。
中にはお母様と同じ金髪に青い瞳の男性と同じく金髪に赤い瞳の女性がソファに座っていた。
私は部屋に入って、ドレスの裾を摘んで挨拶をした。
「お初にお目にかかります。オリビア・ハインレットです。夏の間、お世話になります。よろしくお願いいたします、お祖父様、お祖母様」
顔を上げて2人の方を見ると満面の笑みで頷いていた。
両親のときもそうだったけど、祖父母という存在がいなかったからかこうして優しい笑顔で見られると気恥ずかしいというか落ち着かない。
「いらっしゃい、オリビア。あなたの祖母のヘルリンデです」
「祖父のクレメンスだ。よく来たな。ベルント、部屋に案内してあげなさい」
「かしこまりました。では、参りましょう。オリビア様」
広間を出てこれから秋になるまで使わせてもらう部屋に案内してもらった。
バルコニー付きの部屋で、海が見渡せる。
最高。
うっとりしながら海を見ていると、庭で走り回っている男の子2人と女の子が視界に入ってきた。
もしかして、あの子達が私の従兄弟?
「ねえ、ベルント。あの子達は?」
「あの方達は大旦那様のお孫様でオリビア様の従兄弟様達です。ここが南館で従兄弟様達は本館にお住まいなのです。本館と南館を繋ぐ通路の隣に中庭があるのでよくそこで大旦那様と大奥様とご交流されています」
お母様曰く孫大好きらしいから、従兄弟たちとも積極的に交流を持ってるんだろうな。
バルコニーから中庭を眺めていると、従兄弟の内の唯一の女の子と目が合った。
少し驚いて瞬きをすると女の子はおいでとでも言いたそうに手招きをした。
勝手に行って良いのか分からずにベルントに聞くと笑って頷いた。
「是非、行ってらっしゃいませ。従兄弟様達はオリビア様とレーベルト様がいらっしゃると聞いてとても楽しみにされていましたから」
リゼリーに続いて仲良くなれるといいけど。
少し不安に思いながらも、ルーディンクとエマとユーリを連れて中庭に向かった。
中庭では、さっき目が合った女の子は花を眺めていて私と目が合うとすぐに立ち上がってドレスのスカートの裾を摘んで挨拶をした。
「初めまして、オリビア様。わたくしはエレオノーラ・フォティリアスと申します。こうしてお会いできることを待ち遠しく思っておりました」
「わたくしもです。それより、エレオノーラ様はわたくしよりも年上ですよね?」
「はい。オリビア様は今年で7歳になると伺っております。わたくしは今年の冬に10歳になるのでオリビア様と3つ違います。けれど年の差なんて気にせず仲良くしてくださいませ」
「はい」
エレオノーラは微笑んで落ち着いた明るい栗色の瞳を細めてオレンジ色の髪を揺らした。
この世界は、美少女しかいないのかな。
そんなことを思いながら男の子2人の方を見た。
男の子2人は木登りをしている。
さすが田舎って感じだ。
領主の息子か甥か分からないけれど領地のトップも木登りをするんだな、と感心しつつ2人の様子を眺めた。
少しして、2人が木から下りてくると同い年くらいの真っ青な髪に金色の瞳という私と真逆の見た目をした男の子が私に気が付いて駆け寄ってきた。
「お前がオリビアか!」
「フライムート、オリビア様は従兄弟だとしてもわたくし達よりも爵位が高いのです。立場を弁えなさい」
「エレオノーラ様、良いのですよ。ここは私的な場ですから。初めまして、フライムート。夏の間、よろしくお願いします」
「ああ。オリビアってまだ7歳になっていないんだろう?私は春に7歳になったからオリビアよりも年上だ。なんでも訊くと良い」
「まあ。頼りにしています」
エレオノーラは頭を抱えてもう一度私に頭を下げた。
けれど、本当に気にしていない。
なんなら、同い年の従兄弟がいることにすごく喜んでいるんだし。
私、表情を取り繕うのが上手くなったみたいだ。
心の中でガッツポーズをしていると、エレオノーラと同じオレンジ色の髪に栗色の瞳をした男の子が私の目の前に来た。
「オリビア様、エレオノーラの兄のジークハルトと申します。もうすぐ12歳になります。この場では最年長なので何か困ったことがあれば頼ってください」
「はい。よろしくお願いします」
12歳か。通りで背が高いはずだ。
屈んで視線を合わせるようにしてくれてはいるけれど、それでもまだ少し高いくらいだ。
顔立ちもエレオノーラに少し似ていて美形だけど、あまり幼さは残っていなくて大人びている。
きっと、学園に入ったら人気者なんだろうな。
田舎とはいえ、フォティリアス領は結構広い。
そして、海があるため交易が盛んだ。
フォティリアス伯爵家は階級的には真ん中ではあるものの、侯爵家と同じくらいの力を持っているため伯父様方の奥方は両方とも侯爵家出身の者だ。
ジークハルトは家柄も良く顔も良く、性格も多分いい。
婚約したがる令嬢はたくさんいると思う。
「失礼ですが、ジークハルト様はもうご婚約されているのですか?」
「いいえ。私は成人したら王宮騎士団なりたいので、婚約者はまだおりません。少なくともフォティリアスから婚約者を娶ることはないでしょう」
まあ、王宮騎士団になるなら王都に家のある令嬢と婚約するのが普通だからね。
もしくは女性騎士と婚約するか。
「王宮騎士団ですか。じゃあ、もし騎士団になれたらわたくしの護衛騎士をしてくださりますか?」
「はい。是非」
「それは楽しみです」
私は今は護衛騎士がいない。
護身術の心得のあるルーディンクが護衛をしてくれているものの、公爵家に生まれたからには学園に入る頃にはちゃんとした護衛騎士を選ばなくてはならない。
今のうちに信頼できる騎士を見つけて仲を深めておくのも大切だよね。
日が落ちてきた頃、本館での夕食に招かれたため食堂として使用されている広間に向かった。
食堂には、お母様に良く似た顔立ちの男性が2人いてそれぞれ隣には女性が座っている。
この4人には一度だけ会ったことがある。
お姉様の結婚披露宴のときにわざわざ王都まで祝いに来てくれていた人情の厚いお母様の兄夫婦と弟夫婦だ。
「オリビア様、お久しぶりですね。覚えていらっしゃいますか?」
エレオノーラとジークハルトの母親で伯父の奥さんであるシャーロット様がふふっと笑って私の方を見た。
エレオノーラとジークハルトは2人とも母親似なのだろう。
同じオレンジ色の髪に栗色の瞳のシャーロット様は相変わらずお美しい。
「もちろんです、シャーロット様。お姉様が出産祝いのお礼を述べていましたよ」
「はい。お手紙で拝見いたしました。オリビア様が刺繍されたブランケットが子育ての励みになっていると仰っていましたよ」
「もう、直接言ってくだされば良いのに」
「貴族としてあまり感情を出すなという風に育てられていますから、お恥ずかしいのでしょう」
シャーロット様は少し困ったように笑った。
けれど、お姉様は正直アルデアート様が大好きだという感情は全く隠せていない。
もしかしたらあれでも隠しているのかもしれないけれど。
私は心の中でため息をついて叔父様の隣の女性を見た。
「フェリシア様もお久しぶりです。お元気でしたか?」
「はい」
「夏の間、お世話になります。よろしくお願いします」
「こちらこそフライムートがご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんがどうぞよろしくお願いいたします」
相変わらず、口数の少ない方だ。
フェリシア様は貴族婦人には珍しく全く笑顔を見せない。
社交もあまり積極的には行わず、社交界を断る口実に書類仕事を手伝っているそう。
叔父様との婚約の決め手も、田舎の領地の騎士なら婚約しても社交が少なく済むと思ったからだそうだ。
叔父様は一目惚れだったらしいけれど。
伯父様たちにも挨拶をしてから席に着いた。
全員が席に着くと、料理が運ばれてきた。
さすが海のある領地だ。
海の幸がたくさん運ばれてくる。
ニヤけそうになるのを必死に堪えて、笑顔を作った。
食事前の挨拶をして、何かの魚のフリッターにナイフを通してフォークで口に運んだ。
お肉とはまた違ったジューシーさがあって美味しい。
美味しかった。
幸せを感じながら部屋に戻って湯浴みをした。
エマたちも疲れているだろうから、今日は早く下がらせた。
自由時間だ。
バルコニーに出て海風を浴びながら夜の海を見る。
けれど、避暑地と言うだけあって少し肌寒くなってきてすぐに部屋に入った。
あ、そうだ。リゼリーとジェラルド王子に手紙を書こう。
便箋を開けて机のスタンドライトをつけた。