お茶会
春になって少しずつ暖かくなってきたということもあって、新しいドレスをいくつか新調した。今日のお茶会はその新しいドレスの中でも一番外出向けのドレスを着ていく。
春らしい明るい緑を基調としていて、スカート部分はクリーム色の糸で小さな花がたくさん刺繍されている。
複雑に編み込んだ髪にもドレスと同じ色のリボンの髪飾りをつけている。
正直、このリボンの髪飾りは結構お気に入りだ。派手すぎず地味すぎない感じがすごく私好み。
気の進まないお茶会だけど、このリボンを買ってもらったんだ。頑張ろう。
支度を終えて、玄関に向かった。
お母様からは当然のように長々とした注意事項が述べられる。まあ、初めてのお茶会だから心配なのは分かるけど。
注意事項を全て聞き終えて、エマとお兄様とお兄様の執事と共に馬車に乗った。
カリラス侯爵邸は王宮よりも少し距離が離れている。
あまり長い時間馬車に乗る機会がないためなんだか本当にお出かけという感じがする。お茶会自体は気が向かないけれど、ずっと屋敷にいるよりは外出する方が楽しい。
いかにも異世界みたいな街並みをもっとたくさん見たい。
「オリビア、実は結構お茶会に乗り気だったの?」
「そういうわけではございません。わたくし、王宮やアルデアート様の邸以外で外出する機会がなかったので王都の街並みを拝見できるのが嬉しいのです」
「それなら、お茶会にもっと積極的に参加すれば良いのでは?」
「それはご遠慮します」
即答するとお兄様は仕方なさそうに笑った。
しばらくして、カリラス侯爵邸へ到着した。
門を通って何よりも初めに目を奪われたのは、屋敷よりも庭だった。カリラス邸の屋敷のすぐ目の前の庭には大きな噴水がある。
うちの屋敷にも噴水はあるけれど、こんなに細かい彫刻がされている立派な噴水はない。
さすが、商売を得意としているカリラス侯爵家だ。
きっと自分たちお抱えの腕のいい職人が造ったのだろう。
噴水を見上げながら、玄関に向かう。
玄関の前には薄紫色の髪と紺色の瞳をした少年と私と同い年くらいの女の子がいる。
カリラス侯爵家の跡取り息子であるブルクハルト・カリラス様と妹で主催者のリゼリー・カリラス様だ。
「本日はわたくしの主催するお茶会にお越しくださりありがとうございます。わたくしはカリラス侯爵家の長女リゼリーと申します」
「兄のブルクハルトと申します」
「お招きいただきありがとうございます。オリビア・ハインレットです」
「兄のレーベルトだ」
「オリビア様、レーベルト様、お会いできて光栄です」
リゼリー様はふふっと笑って私達を迎え入れてくれた。
私と同い年だと言うのに随分と社交に慣れているように見える。
たくさんの商人や貴族が屋敷に出入りするそうだから、そのせいかな?
今日はガーデンティーパーティーらしく、噴水を眺められる広場に案内された。
広場にはたくさんのテーブルがあり、いかにも高そうなお菓子とポットがズラリと並んでいる。
気温も少し高いから、アイスティーまで用意されている。
後で飲もうと思いながら周りを見回した。
どうやら、私達で最後だったらしくリゼリー様が広場の真ん中に行って挨拶をした。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。楽しんでください」
挨拶が終わると、貴族の令嬢たちが私の方にやって来た。
何人もの令嬢から挨拶を受けることになって、開始早々疲れてしまった。
お兄様が上手く切り上げてくれたおかげで、少し一休みする時間が出来た。
私、お兄様がいなかったら絶対体力も精神力も持たないだろうな。
エマにお茶を入れてもらってふわふわ食感の甘いお菓子と一緒に飲んだ。え、このお菓子、美味しい。
なんだろうこれ。マシュマロよりももっとふわふわでほんのり甘い感じ。この世界のお菓子ってなんだか不思議なものが多い。けど、めちゃくちゃ美味しい。
笑顔でお菓子を頬張っていると、お兄様は優しく微笑んで同じお菓子を食べた。
「これ、美味しいね」
「はい」
「今度王宮に行くときにジェラルドにお土産として持っていこうかな」
「きっと喜ばれますよ」
お兄様とお喋りしている方がやっぱり気が楽だ。
けれど、お茶会は大事な社交の場。お兄様とお喋りばかりして他の人たちと社交をしていなかったとお母様にバレてしまったら。
目の笑っていない笑顔を思い出して、背筋が冷えた。私はゆっくりとお茶を飲んで、ティーカップを置いた。
リゼリー様はブルクハルト様と何か話していたようだけど、ちょうど話が終わったのかこっちに歩いてきた。
急に目が合って、少し驚きながらも笑顔でリゼリー様たちが私達の前に来るのを待った。
「お茶会は楽しんでいただけていますか?」
「はい。わたくし、このお菓子がとても好みでした。なんというお菓子なのですか?」
「これはネブルです。東方の領地の特産品でして、ネベラルと呼ばれる果物を茹でて乾燥させた物です。わたくしもこのお菓子が好きなのです。好みなのであればお土産にお渡ししましょうか?」
急にお土産なんて。
お兄様の方を振り返ると小さく頷いた。
私はリゼリー様の方を向いて笑った。
「ご迷惑でないのであれば、お願いいたします」
リゼリー様は側近にお土産を準備するように伝えると、私の方を見た。
自慢のお庭を一通り案内してくれるそうだ。
正直、噴水以上にインパクトのある物があるわけがないと思いながらもリゼリー様の後をついていく。
屋敷の裏に回って何があるのだろうかと思っていると、目の前にはどこか見覚えのある景色が広がっていた。
この国の春の色は緑だ。だけど、前世の記憶を持つ私からすると春といえばピンク。
そんな春の色の花をつけた木が大きく佇んでいた。
「美しい、ですね」
「はい。きっと、オリビア様に気に入っていただけると思いました。この木は遠い昔に別世界から隣国のノルマエル王国にやって来たという言い伝えがあるそうなのです。アーデストハイト王国ではこの屋敷にしか咲いていない花なのですよ」
別世界か。
お兄様もリゼリー様もブルクハルト様も「これだけ美しいのであれば別世界から来たと言い伝えられていても仕方がない」と言っているけど、その言い伝えは本当なのだろう。
だって私には、目の前のピンクの花のついた木はどう見ても桜にしか見えない。
「リゼリー様、もしかしてこの花の名前は桜というのではありませんか?」
「はい。そうです。オリビア様は博識なのですね」
「図鑑で見たことがあるだけです」
まさか、この世界で桜を見られるなんて思ってもいなかった。
前世は嫌な記憶ばかりだと思っていたけど、その記憶の中に美しい記憶も埋もれていたんだな。
桜の木の近くに行って手のひらを上に向けると、花びらがひらひらと落ちてきて私の手に乗った。
リゼリー様は微笑んで私の手の桜を覗き込む。
「サクラの花びらを地面に落ちる前に掴むことができると幸せになれるという言い伝えもあるのですよ」
「そう、なのですか」
手のひらの桜を見つめた。
幸せになれる、か。これがなくても、私はもう十分幸せだ。
私はリゼリー様に桜の花びらを渡した。
「幸せのお裾分けです。リゼリー様、わたくしとお友達になってもらえませんか?」
少し緊張しながらそう問いかけると、驚いたように目を瞬いてそして優しく笑った。
「わたくしで良ければ、お友達にならせてください」
私はリゼリー様と見つめ合ってふふっと笑った。
この子は貴族の令嬢には少し珍しい素直な子だ。
感情をおもむろに出しているわけじゃないけれど、とても素直な目をしている。
それに、人見知りの私がこんなに話せるなんてもう友達になる運命な気がする。
リゼリー様は私の手を握って真っ直ぐに目を見つめた。
「オリビア様、お友達になったのですからわたくしのことはリゼリーとお呼びください」
「はい。これからよろしくお願いします、リゼリー」
「よろしくお願いします、オリビア様」
初めて友達ができた私を見てお兄様も嬉しそうに笑っている。
私、今日はお茶会に来て本当に良かった。
帰るときにはお土産にネブルをもらった。
またいらしてくださいねと笑ったリゼリーは本当に可愛かった。
こんなに可愛い友達ができるなんて幸せ以外の何ものでもない。
「お兄様、たまにはお茶会も悪くはないですね」
「そうだね」
お兄様は優しく笑って私の顔を見た。
屋敷に帰って少し浮かれながら玄関に入ると、お母様は仕方なさそうに笑っていた。
「あんなに行きたくないって言っていたのに、なんだかんだ楽しんできたみたいね」とでも言い出そうな目をしている。
私は鼻歌を歌いながら部屋に戻ってすぐにユーリとルーディンクと他の侍女たちにも報告した。
「皆さん、聞いてください。わたくし、リゼリーというお友達が出来たのです!」
「おめでとうございます、お嬢様」
「ありがとう」
浮かれている気持ちを少し落ち着かせて部屋を出た。夕食を取るまでは書庫で勉強をする。
最近は書庫が私の勉強スペースのようになっている。
書庫には小窓しかないせいで外の様子があまり分からないけれど、気が付いたらもう夕食の時間になっていたらしい。
ユーリが扉を叩いて書庫に入ってきた。
「夕食の準備が終わったのですか?」
「いえ、もう少々かかる様です。それよりも、こちらを」
「手紙?どなたから?」
「フォティリアス伯爵家からでございます」
フォティリアス伯爵家?って、確かお母様の実家だった気がする。
ユーリから手紙を受け取って封を切った。
はじめまして、から始まる手紙にはズラズラとオリビアに会いたいですという言葉が色々な言い回しで書かれていた。
差出人は、祖父母らしい。
なんで西方の田舎の領地にわざわざ、と思いながら追記に視線を落とした。
「綺麗な海と広大な自然と美味しい食べ物がたくさんある。いつでも遊びにおいで」と書かれていた。
海、自然、美味しい食べ物。
私は手紙をユーリに預けて、夕食をとるために広間に向かった。
お母様はいつも少し早く広間に来ているため、夕食後に話をする時間を取ってもらえるように頼んだ。
お父様とお兄様が揃うと夕食が並べられた。
夕食を終えると、お母様の部屋に行った。
椅子に座るように促されて座った。
「それで、話とはなんの話でしょうか?」
「祖父母から手紙が届いたのです」
「手紙?」
「はい」
私が声を掛けると、ユーリは手紙をお母様の侍女に手渡した。
お母様は侍女から手紙を受け取って封から出して一通り読んだ。
全て読み終えたのだろうか。
手紙を閉じて少し困ったような顔をした。
自室とはいえ、基本的に表情を崩さないお母様が困った顔をするなんて祖父母は厄介な人なのかもしれない。
「オリビアはフォティリアス領に行きたいのですか?」
「行きたいと思っていたのですけれど、お母様の反応を見て少し気が失せました。祖父母はどんな方なのですか?」
「強いて言えば、孫という存在だけで可愛いと思ってしまう方達でしょうか。もう爵位はお兄様に譲っているのでその分孫たちと剣の稽古をしたり趣味の庭いじりをしたりと基本的には普通の両親ですよ」
孫という存在だけで可愛いって。
けど、私が会ったことがないということはお兄様も会ったことがないのかな。
「行ってみてはどうですか?あなたの従兄弟たちもいるでしょうし」
「はい。わたくし、行きたいです。この目で海を見たことがありませんから見てみたいですし、祖父母や従兄弟にも会ってみたいです」
「では、夏の間はフォティリアス領で過ごしてはどうでしょうか。避暑にもなりますよ」
「そうします。帰ってくるときには歴史書も終わらせられる用に向こうに持っていきます」
夏までは少し時間がある。
それまでは色々と準備が必要だろう。
エマとユーリとルーディンクにはついてきてもらうだろうから3人の準備期間も考えればあと30日ほどだろうか。
楽しみになってきた。
わくわくした気持ちを顔に出さないようにお母様の部屋をあとにして、急いで自室に戻った。
エマとルーディンクにも伝えて必要になりそうな物を揃えるために書き上げてもらった。
明後日くらいには商人を呼ぼう。
ルーディンクが部屋を出ていってすぐに着替えてベッドに入った。
早く夏になってほしいな。