表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

婚約



この春、21歳になって公爵としての仕事の引き継ぎもほとんど終えた。父上(血縁上は伯父)が後継者として私を公に指名してからは縁談が後を絶たない。そろそろ婚約者を決めなければならないと言われ続けても8歳の子供と婚約なんて出来ない。もう少し年の近い相手であればまだ真剣に考えるけれど。


「セルヒオ、また縁談が来ているぞ」

「また、ですか?」

「安心しろ。今度の相手は2人とも成人している」


父上から縁談の手紙を受け取った。1人は15歳で学園の3年生の侯爵家の令嬢。もう1人は16歳の伯爵家の令嬢。とりあえず、お見合いは受けることにして日取りも決めた。


数日後、15歳の侯爵家の令嬢とお見合いをした。

豪奢なドレスに濃いめの化粧と香水、宝石がついたネックレスにイヤリング。初対面でああ、苦手だと思ったが顔には出さずにとりあえず一緒に庭を歩くことにした。


「学園は楽しいですか?」

「はい。わたくし、オリビア様に憧れて勉強を頑張っていたお陰でいつも考査は学年でも上位なのです」

「それはすごいですね」

「でも、いつも1位の生徒が同じなのです。先生と深い仲にあるという噂があるのです。わたくしもそのせいでいつも2位で………」

「そうですか」


姉上はいつも学年1位だった。けれど、もし2位でも次は1位を取れるようにとさらに勉強をしたり勉強の仕方を工夫するだろう。姉上に憧れているというのならこのような負け惜しみを言わずに努力してそれでも無理ならその1位の人をすごい人だと認めればいい。


お見合いを終えてすぐ、側近に断りの手紙を代筆するように頼んだ。



その次の休みの日、ワズバルス伯爵家の長女のロゼリア嬢とお見合いをするためお茶会室へ向かった。既にロゼリア嬢は到着していて私を見るなり慌てて立ち上がって挨拶をした。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

「こちらこそ、貴重な休日にお会いできたことを光栄に思います」

「そんな、滅相もありません」


ロゼリア嬢は顔を青ざめて俯いた。

それから、何を質問しても私の顔色を伺いながら答えていたのが気になってロゼリア嬢が帰ってから父上にワズバルス伯爵家について聞いてみた。


「ロゼリア嬢は5人兄妹の末っ子で唯一の女の子だから兄たちからものすごく可愛がられていると聞いたことがあるがそれ以外の噂は特に耳にしたことがない」


可愛がられているのにどうしてあんなに自信無さげなのだろうか。顔立ちも整っていて所作もものすごく綺麗だ。貴族令嬢として恥ずかしいところはない。なのに、ロゼリア嬢は終始自信無さげな態度でいた。

次会う時に聞けば良いだろうか。次の予定を聞く手紙を書いて側近に届けるように頼んだ。



次の休み、ロゼリア嬢は今にも泣きそうな顔でやって来た。


「ロゼリア嬢、体調が悪いのであれば予定を別日に移しましょうか?」

「いえ、平気です」


ロゼリア嬢は恐る恐るカップを持ち上げた。このお茶が苦手なのかもしれない。


「あの、」


声を掛けると、ロゼリア嬢は驚いてカップを持ったまま肩を震わせた。その反動でカップのお茶が溢れてロゼリア嬢の手にかかってしまった。

すぐにハンカチを取り出して魔術で冷やして渡すと、青ざめた顔のままロゼリア嬢は謝罪の言葉を繰り返した。


「私が急に声を掛けたからですよね。申し訳ありません」

「セルヒオ様が謝らないでください。わたくしが悪いのです」

「あの、気になっていたのですが、どうしてそんなに自己肯定感が低いのですか?」

「お兄様たちがいなければわたくしは駄目ですから」


兄たちに可愛がられているという噂は本当なのだろう。だけど、本当に妹が可愛いのならもっと自立出来るように手助けしてあげれば良いのに。


「ロゼリア嬢はもっと自信を持っていいと思います」

「………セルヒオ様は、お優しいのですね。もっと怖いお方だと」

「怖い?」

「申し訳ありません!」


ロゼリア嬢は涙目になって俯いた。


「別に怒っているわけではありません。顔を上げてください」


私の表情が暗かったのだろうか。怖いと思わせていたからあんな青ざめたり怯えたような表情をしていたのか。


「私の態度が怖かったのですか?」

「いえ、兄から『セルヒオ様は完璧主義で何か粗相をしてしまえばワズバルス家の品位を疑われる。それに内気な者を嫌うらしいから苛つかせて怒鳴られてしまうかもしれない。だからなるべく早く終わらせてお見合いを失敗してこい』と言われましたので」

「私は完璧主義でも無ければ内気な者を嫌うこともありません。私自身、どちらかと言えば内向的ですから」


その後は、ロゼリア嬢の表情が少し明るくなって和やかにお茶を終えた。


さらに次の休み、またロゼリア嬢をお茶に誘った。

少しだけ浮かれた気分でお茶会室へ行くと、ロゼリア嬢と同じ暗いグレーの髪に紫の瞳の男も一緒に座っていた。


「お初にお目にかかります。ロゼリアの兄のフレッドと申します」

「初めまして、フレッド。私はセルヒオ・ハインレットと申します」

「まずは連絡もなしに急遽参った非礼を詫びさせてください。」

「気になさらないでください。要件を伺っても良いですか?」


フレッドは背筋を伸ばして真っ直ぐ私の方を見た。次期公爵である私を前に堂々とした態度でいるなんて、外見が似ていなければロゼリア嬢との血の繋がりを疑いそうになる。


「我が妹は非常に優秀で気配りも出来、何よりこの美貌を持っています。どこに出しても恥ずかしくない自慢の妹です。ですが、公爵家に嫁入りするのは少し負担が大きいと思われます」


もし、ロゼリア嬢が私との婚約が嫌で兄に頼んだのであれば婚約話は破談にするが、この兄は自分の元からロゼリア嬢を手放したくないように見える。


「ロゼリア嬢はどうしたいのですか?」

「わたくしは、」


ロゼリア嬢の言葉を遮るようにフレッドは立ち上がった。


「ロゼリアには荷が重いです。自分の意見もはっきり言えないのです。公爵夫人には、」

「私はロゼリア嬢に聞いています。貴方は少し黙ってくれますか?」


圧をかけて微笑むとフレッドは黙ってソファに座った。ロゼリア嬢に視線を戻して真意を探るように目を見つめると、ロゼリア嬢は視線を机に落とした。兄であるフレッドの顔色をうかがいながら躊躇うように口を開いた。


「わたくしは、確かにお兄様の言う通り公爵夫人には向いていないかもしれません。ですが、今の自分から変わりたいです。セルヒオ様の隣に立てるように、支えられるようになりたいです」

「分かりました。では、私と結婚していただけますか?」

「あの、わたくしで本当によろしいのですか?」

「貴方が良いのです。ロゼリア・ワズバルス伯爵令嬢、私の妻になってください」

「はい」



それから次の季節の婚礼の儀のとき、フレッドはまだ納得がいかないという顔をしていた。他の兄たちも妹が取られるのが嫌だと顔に書いてあった。だけど、ワズバルス家からすればハインレットとの婚約は得をすることがあっても損はない。ロゼリアの両親は快諾してくれ結婚は円滑に進んだ。


姉上や兄上たちのような恋愛結婚ではないけれど、貴族では政略結婚が多い。ロゼリアが嫌ではないと言っていたので無理矢理結婚したわけではない。しかも、好条件だ。だけど、まだ若い彼女の将来を奪ってしまったような罪悪感が少しだけ湧く。


そっと手を握ってロゼリアの顔を見下ろすと顔も耳も真っ赤に染まっていた。これは、まさか。


婚礼の儀が終わってすぐに、ロゼリアの手を引いて控室に向かった。人払いをして部屋には私とロゼリアの2人だけだ。


「ロゼリア」

「は、はい」

「君は、私を愛しているのか?」

「え、と、はい。で、ですが、セルヒオ様に不快な思いは」


させませんという言葉を遮るように口づけをした。驚いたように瞬きをする彼女を強く抱きしめた。


「それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」

「それは、どういう意味ですか?」

「私はロゼリアを愛している。一目見たときから」

「それではまるでわたくしに一目惚れをしたように聞こえるのですが」

「そうだよ。………そのような信じられないという顔をするのはやめてくれないか?」

「申し訳ありません」


私は彼女に一目惚れしたのは綺麗な顔立ちをしているからだけではない。彼女は最初、私を怖がりながらもちゃんと見てくれていた。次期公爵の肩書きではなく1人の人として。父上が私を次期公爵と公言してから私は肩書きばかり見られるようになった。だから、私自身を見ているか肩書きを見ているかはすぐに見分けがつく。


「ロゼリア、私と出会ってくれてありがとう」

「こちらの台詞ですよ」


今にも泣きそうなくらい目に涙を溜めた彼女にもう一度口付けをした。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ