結婚
「ジェラルド様、お慕いしております。側室でも第二夫人でも構いません。わたくしと婚約していただけませんか?」
「申し訳ありません。私はレティシア様の気持ちには応えられません」
開国祭が近づいたある日、ジェラルド様とレティシア王女がそんなやりとりをしている現場に居合わせた。レティシア王女は返事は分かっていたとでも言いたそうに微笑んだ。王女は告白して吹っ切れたのか、前ほどジェラルド様をお茶に誘うことはなくなった。
今日はジェラルド様と一緒に学園に視察に来た。セルヒオと顔を合わせるのも夏季休暇以来だ。
ジェラルド様は和解した日から2人きりになるとすぐに口付けをしてきたり私を口説こうとするようになってきた。だから、あまり2人での視察は気が向かないけれどこれも仕事だと言われてしまえば文句は言えない。
わざわざ口説かなくてももう落ちてるというのに、ジェラルド様は私の反応を見て楽しんでいる。
1年ぶりに学園に来たけれどそこまで懐かしい感じはしない。学園祭は開国祭よりも先にあるため、今は学園内はその準備で賑わっている。
「姉上!殿下!こちらです!」
「セルヒオ!久しぶりね。元気にしていましたか?」
「はい」
「お見合いの件はお父様から聞いています。セルヒオも大変ですね」
セルヒオは将来公爵になることが既に決まっていて、社交界でも知られているためお見合い話はたくさん来る。セルヒオはお見合いを20回以上はしているけれどすべて断っている。理由はお見合い相手が本当に幼い子たちばかりだからだ。
貴族なのだから政略結婚は当たり前だけど、せめて自分の意思で選ばせたいようでその子達に婚約したいかと聞いて少しでも嫌そうな反応をすれば断るようにしているらしい。
「セルヒオは好きな女性はいないのですか?」
「いません。そもそも親しい令嬢がいないのでエスコートする相手が見つけられなくて、後夜祭の舞踏会には参加しない予定です」
「そうですか」
「はい。私は友人の研究室の手伝いに行くのでそろそろお暇します」
「頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。姉上、殿下、失礼いたします」
セルヒオは一礼して研究室のある棟へと歩いていった。2人になってしまった。正しくはルーディンクたちがいるけれど、節度を保っていれば何も言ってこない。だから、照れくさいことを言われても優しく見守ってるだけだ。
少しジェラルド様と距離を空けようと速足で歩いてもすぐに追いつかれてしまう。
「オリビア、何を急いでいるんだ?」
「別に急いでいません」
「手を繋いでも良いか?」
「普通は腕を組むのではありませんか?」
「そうだな」
ジェラルド様は納得したように頷くと私と腕を組んだ。ただでさえ王族の視察なんて目立つのに、腕を組んでいるせいでさらに注目を浴びてしまう。
「今日も美しくて愛らしい。オリビアの婚約者になれて幸せだ」
「ありがとうございます。光栄です」
いつもは聞かなかったフリをするけど、今日は素直にお礼を言ってみた。すると、ジェラルド様は立ち止まってため息をついた。
「やはり、早く婚礼の儀の日取りを決めよう。今年の冬なら間に合うだろうか」
「間に合わないです。諦めてください」
「改めて確認するが、オリビアは私を愛しているのだよな?」
「もちろんです。ですが、お父様も陛下もいないところで勝手に進める話ではありませんので」
「それもそうだ。では、開国祭後に話し合いの場を設けよう」
まだまだ結婚する気なんてなかったのに、もしかしたら17歳になる前に結婚しているかもしれない。
数日後、開国祭が開かれた。例年通り午前中は王族のパレードが街で行われる。まだ婚約者である私は王宮で待機だ。
午後になって髪を結って化粧をしてパーティードレスへと着替えた。今日のドレスは少し青の濃い水色の生地を基調としたもので銀色の糸でたくさん刺繍が入っている。胸元にはジェラルド様の瞳と同じ色をした緑の宝石のブローチが付いている。
このドレスもジェラルド様の水色と銀色を合わせたような髪色を元に作られている。私に虫が寄らないようにと全てジェラルド様が用意した。贈り物として受け取ったドレスはすごく素敵で嬉しいけれど、真意を知ってしまうとなんとも言えない気持ちになる。
着替えを全て終えるとジェラルド様が部屋に迎えに来た。サリーが扉を開けると、ジェラルド様が少し落ち着かない様子で待っていた。
「お待たせいたしました」
「………」
「どうされましたか?」
すぐに何か褒め言葉が飛んでくるものだろうと思っていたけれど、ジェラルド様は何も言わずただ立ち尽くしていた。
「失礼」
お兄様がジェラルド様の背中を叩くと、ジェラルド様は顔をしかめて背中をさすった。
「大丈夫ですか?」
「ああ。オリビアに見惚れて声が出なくなっていただけだ。レーベルトのお陰で我に返った」
「そう、ですか」
「オリビア、本当に美しい。」
「ありがとうございます」
「でも、失敗したな。オリビアに虫を近付かせないためにこのドレスを用意したというのに、これではもっとオリビアの魅力が知られてしまう」
「こんなに貴方の色で全身を包んでいれば相当な間抜け以外近付いて来ませんよ」
「そうだな」
呆れたように言うとジェラルド様は楽しそうに笑った。それにしても、ジェラルド様はよく笑うようになったな。昔はこれほど笑顔を見せることはなかった。
腕を組んでエスコートしてもらいながら、大広間へ向かう。今日はお兄様も招待客側として参加するため、クリスティアナ様と合流するためにお兄様は大広間へ行く前に別れた。
そして、大広間の隣にある控室へ行って開国祭が始まるまで待機だ。
「陛下、カトリーネ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、オリビア。とても素敵なドレスですね。」
「ジェラルド様が仕立ててくださったものです」
「ジェラルドが?お前は本当にオリビアを可愛がっているな」
「父上、婚約者が可愛いのは当たり前ではありませんか」
「そうだな」
陛下たちへの挨拶を終えると今度はエドワード殿下とハンネマリー様へ挨拶をした。
大広間の準備が整うと陛下と王妃様から順番に大広間へ入って行く。陛下が席の前に着くと、挨拶をした。
他の貴族たちが大勢挨拶に回ってくるのを笑顔で対応していると、知っている顔がやって来た。
「お初にお目にかかります、ジェラルド殿下。エバハート・ハインレットと申します」
「ハインレット?」
「わたくしの従兄弟でセルヒオの実の弟です。エバハートが開国祭に顔を出すなんて初めてですね」
「婚約者が参加したいと言うので」
「そういえば先日婚約したのでしたね」
エバハートは叔父様の職場の同僚の娘と婚約したらしい。同学年だけど、クラスが違うそうで顔は知らなかったらしい。セルヒオや叔父様から話を聞く限り若干尻に敷かれているように感じるけどそっと見守っておこう。
エバハートが立ち去るとジェラルド様は「似ているな」と呟いた。
「エバハートとセルヒオですか?」
「それもだが、社交があまり好きではないけど仕方なく来ているという感じがオリビアそっくりだ」
「わたくしはもっと感情を上手く隠せます」
「そうか?」
ジェラルド様にゆっくり顔を近付けられて慌てて口を塞いだ。こんな公衆の面前で何を考えているのだろうか。
「お戯れはその辺でお辞めください」
「ダミアン様、今日は止めてくださるのですね」
「嫌ですね、その言い方は」
ダミアン様は乾いた笑いをしてジェラルド様に諌めるような視線を向けるとジェラルド様は目を逸らして私から少し離れた。
開国祭後、控室に戻った。しかもお父様とお母様も呼んで。ジェラルド様が私の隣に座ってお父様とお母様と陛下と王妃様と向かい合った。
「殿下?お話があると伺ったのですが」
「ああ。私とオリビアの婚礼の儀についてだ」
「今、何と?」
誰よりも私が一番驚いたことに両親も陛下夫妻も驚いていた。だって結婚したいとは言っていたけれど冗談半分だと思っていたから。
「本気、ですか?」
「当たり前だ。私は今すぐにでもオリビアと結婚したいと思っているのだから」
改めて両親の方を向くとジェラルド様が今年の冬の終わりには婚礼の儀をしたいと言った。突然のことに驚く筈だが、両親も陛下夫妻も驚くこともなくすぐに許可を出した。
「オリビアもついに結婚か」
「早いものですね」
「それにしても、ジェラルドはよくここまで我慢したな」
「オリビアが学園を卒業したらすぐに結婚するのではないかと思っていましたものね」
私からすればもう1年くらい婚約期間を設けると思っていたけれどやはり前世の常識があるせいでこちらの常識とは少し違うところがある。そもそも、前世では16歳は高校生で結婚している人なんてそういない。だけどこの世界で16歳は立派な大人だ。まだ全然大人になった実感は湧かないけれど。
数日前に冬の終わりに婚礼の儀をすると決まり、早速衣装の注文をすることになった。婚礼の儀の衣装は明確に決まってはいないくて、淡い色であれば何色でも良い。私は桃色の生地を選んで、デザインを針子と一緒に決めていく。
「冬ですから、寒々しく見えてしまわないようにレースの袖を付けるのはいかがでしょう」
針子がデザイン図を描いて見せてくれた。これなら、露出も少ないからジェラルド様も寒そうだと言って自分の上着をかけてきたりすることはないだろう。
「ではそれでよろしくお願いします」
「はい」
針子が帰ると入れ替わりで靴職人がやって来た。
ドレスの色に合わせて少し濃いめの桃色の靴にする予定だ。足のサイズを測って、ヒールの高さを決めて注文した。
今日の最後はジェラルド様への贈り物だ。婚礼の儀ではローザをモチーフとした物を贈り合う。私は手すりにローザの彫刻が入った執務椅子を贈ることにした。
「それともう一つ、注文したいものがあるのですが………」
〜〜〜〜〜
あっという間に冬の終わりがやって来た。ジェラルド様と婚約してちょうど4年。今日から夫婦になる。
淡い桃色のドレスに身を包んで、長い金髪はお団子にしてドレスにあしらわれたレースと同じ素材で作られたヴェールを被った。どうして王族の婚礼の儀では誓いの口付けがあるのだろうか。
そんな事を考えていると、ドアが叩かれた。許可を出すと、ジェラルド様が一人で入ってきた。入れ替わるように侍女たちが皆出ていき控室には私とジェラルド様だけになった。
「誓いの口付けの練習をしないか?」
「必要ありますか?」
「ああ」
ジェラルド様はゆっくり私に近付くとそのままそっと唇を重ねた。顔に熱が上るのが分かってすぐに離れようとしたけれど、ジェラルド様は私を抱き寄せてそのまま口付けを続けた。
「オリビアは、どうしてそんなに美しいのだ。もう、何度惚れ直したか分からないくらいだ」
「それはわたくしの台詞ですよ。日に日に貴方を好きになっています」
顔を見合わせて笑うと、扉が叩かれた。許可を出すと、ルーディンクたち側近が待っていた。どうやらもう婚礼の儀が始まるらしい。口紅だけ塗り直して、ジェラルド様と腕を組んで大広間へ向かう。
「せめて婚礼の儀が終わってからにしろと言ったのに」
「口付けしかしていない」
「当たり前だ」
お兄様が呆れたようにため息を吐くと、ジェラルド様は納得がいかないと言いたそうに眉を寄せた。
「殿下、唇に紅が移っています」
「別にこのままでも良いだろう。どうせまた移るのだから」
「軽い口付けであれば紅が移ることはありません」
ジェラルド様はダミアン様からハンカチを受け取って唇を拭った。大広間に着くと、ルーディンクとダミアン様が扉を開けてくれて私とジェラルド様は国王陛下と王妃様の前へとゆっくり歩き始めた。
開式の言葉から始まり、誓いの言葉と口付けを終えてローザの品を贈りあった。そして、私からのもう一つの贈り物をジークハルトに運んできてもらった。
「オリビア、これは」
「結婚指輪です。古代の人々は永遠の愛の象徴としてこの指輪をつけていたそうです。殿下、お手をお貸しください」
「ああ」
ジェラルド様の左手の薬指に指輪をはめると、ジェラルド様も同じ様に私の左手の薬指に指輪をはめた。そしてそのまま手を引かれて顔が近くなったと思うと口付けをされた。
「オリビア、誰よりも愛している」
「わたくしも、愛しております」
今日は人生で一番幸せな日だ。きっと今は世界中の誰よりも幸せだろう。盛大な拍手に包まれてそう思うのだった。