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別荘


 夏季休暇も終盤に差し掛かってきた頃、宿題を全て終えた。そして、明後日からは王族が所有しているという別荘へ7泊8日の避暑に行く。元は私とジェラルド様と側近たちの予定だったけれど、お姉様の出産でバタバタするからとハインレットの屋敷へしばらく過ごすことになっていたアレンとナターリエも一緒に行きたいと言い出してジェラルド様にお願いしてみると許可が出た。そのため2人のおもり役としてセルヒオも来ることになって結構な人数になった。

でも、皆で行ったほうが楽しいだろうし良かったのかもしれない。


アレンとナターリエはセルヒオとすぐに打ち解けて今ではすごく懐いている。正直、私よりもセルヒオの方が2人と仲が良いくらいだ。


「アレンもナターリエも別荘へ行く準備は整っていますか?」

「ああ」

「もちろんです」

「それな良かった。わたくしは王宮へ行って来ますけどセルヒオはどうしますか?」

「私は留守番しておきます」


つい先日、英雄ウィリアムを読み終えたセルヒオは全く王宮へ行かなくなった。本を読むのに没頭しすぎてまだかなり宿題が残っているそうだ。でも、セルヒオは優秀なので夏季休暇が終わるまでには余裕を持って終わらせるだろう。

馬車で王宮へ向かって、ついてすぐに王宮にある自室へ行った。この前泊まったときに、ここにジェラルド様からいただいたネックレスを忘れていた。それだけ取って、自室を出ると隣の部屋の扉も開いた。


「ジェラルド、様。そういえばお隣同士でしたね」

「今さらどうしたのだ?」

「いえ、ここでお会いするのは初めてでしたから」

「そういえばそうだな。それで、今日はもう帰るのか?」

「はい。忘れ物を取りに来ただけで、特に他の用事はありませんから」

「それならお茶でもしないか?」

「是非、ご一緒させていただきたいです」


談話室へ行って、ダミアン様が淹れてくれたお茶を一口飲んだ。こうして一緒にお茶をするのはいつ以来だろうか。何か話があってお茶に誘ってくれたのだろうか。疑問に思いながら様子を伺っていると、ジェラルド様が側近たちを外で待機させるように命じた。婚姻前の男女が密室で2人きりになるのは外聞が良くないため普通は側近たちに止められる。けれど、この指示に慣れすぎた側近たちは止める素振りも見せずに颯爽と部屋を出た。いつも止めようとしても結局ジェラルド様に逆らえないから諦めたのだろうか。少し不思議に思いながら扉の方を見つめているとコホンとジェラルド様が咳払いをした。


「久しぶりにオリビアと2人になりたくて、協力してもらったんだ」

「そういうことでしたのね」


ん?今、ジェラルド様、2人きりになりたいって言った?いや、聞き間違いかもしれない。顔が熱くなるのを悟られないようにジェラルド様の方を見た。


「あの、2人になりたいとおっしゃいましたか?」

「ああ。言ったが」

「どうしてですか?」


ジェラルド様の顔を見上げると、少し困ったように考え込んでいた。困らせたいわけじゃなかったので、微笑んで首を振った。


「申し訳ありません。今の質問はなかったことにしてください」

「こちらこそすまない。別荘に行ってから話がある。その時に話す」

「はい」


そういえば、私もいつかジェラルド様に伝えたいことがあるなんて言っておきながら未だに気持ちを伝えられていない。せっかく別荘に招待してもらえたのだからそこでちゃんと気持ちを伝えよう。




それから2日後、王都を出発して国の北部にある王族の所有する別荘へ向かった。朝に王都を出て別荘に着いたのは昼過ぎだった。馬車から降りると別荘の管理をしている侍女と執事が出てきて出迎えてくれた。荷物は私たちが到着するよりも先に届けてあるのでそれぞれの荷物が置いてある部屋に案内された。私はナターリエと隣の部屋でジェラルド様とセルヒオとアレンは私たちの上の階の部屋だ。側近たちはそれぞれ主の部屋の側にある部屋を与えられる。


部屋の窓を開けて風を通していると、扉が叩かれた。ユーリが扉を開けてくれて、扉の前にはナターリエとナターリエの側近のローレンス様が立っていた。


「どうしました?」

「オリビア様、お庭に行きませんか?お花がたくさん咲いていますよ」

「そうですね。行きましょうか」


ナターリエに手を引かれて一緒に階段を降りて庭に出た。ナターリエは白い花をたくさん摘んでその場で花を編み始めた。しばらくすると、ワクワクした表情で私にしゃがんでくださいと言った。素直にしゃがむと私の頭に出来上がったばかりの花冠を被せてくれた。


「オリビア様に差し上げます」

「ありがとう、ナターリエ」

「どういたしまして。とてもお似合いです」

「ナターリエ、わたくしに花冠の作り方を教えていただけませんか?」

「良いですよ」


ナターリエに教えてもらいながら花冠を作った。出来上がった花冠はもちろんナターリエに贈った。すごく嬉しそうに顔を綻ばせるナターリエが可愛すぎて持ってきていた記録の魔法具を起動した。ナターリエは照れくさそうに笑いながらも自慢気に花冠を魔法具の前に持っていく。魔法具が止まると、ちょうどジェラルド様たちが庭へやって来た。護衛騎士としてついてきていたお兄様は私とナターリエの元へ走ってきて私たち2人を抱き上げた。


「可愛いよ、二人とも。花の妖精みたいだ」

「お兄様!恥ずかしいからおろしてください!」

「レーベルト様、このままお兄様のところまで走ってください」


お兄様は私をおろすと、ナターリエを抱き上げたままアレンのところまで走っていった。ナターリエはアレンよりも目線が高くなったのが嬉しいらしくはしゃいでいる。貴族令嬢とは言ってもまだ5歳だもんね。しっかりしてるけどこういうところは年相応で可愛らしい。ゆっくり歩いて皆の方へ行くと、ジェラルド様は水色と銀色が混ざったような髪を揺らして緑の綺麗な瞳を細めて微笑んだ。


「レーベルトに先を越されたが、とても似合っている。愛らしいよ」

「あ、ありがとうございます」


最近、本当によくジェラルド様が笑顔を見せるようになった。だけど、やっぱりまだ慣れない私からすると心臓に悪い。


花冠を部屋へ持って帰ろうとしたけれど、虫が寄ってきてしまったのでガゼボに置いておくことにした。



楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもので、明後日には王都へ戻らなければならない。途中で大雨が降ったせいでナターリエと私が作った花冠は壊れてしまったけれど記録の魔法具に残っているし、どちらにせよ枯れてしまうので仕方ないと思うことにした。

そして、今日は朝から快晴なので皆で湖へ遊びに行く。


「オリビア!あそこにボートがある!」

「本当ね。隣に小屋があるからあの小屋の人が持ち主なのでしょうか」

「確認して参ります」


ルーディンクは小屋へ行って、管理人らしい初老の男を連れて戻ってきた。ボートは貸し出ししているものだから料金を払えば誰でも借りられるようで、3隻借りることにした。2人乗りなので、私とジェラルド様、セルヒオとアレン、お兄様とナターリエという組み合わせになった。早速セルヒオとアレンがボートに乗り込んだ。負けじとナターリエとお兄様もボートに乗って漕ぎ始めた。


「わたくしたちもそろそろ乗りましょうか」

「そうだな」


ジェラルド様が先にボートに乗って、私に手を差し出してくれた。リアル王子様だ。いやいや、今さら何言ってるんだろう。ジェラルド様はこの国の第2王子だ。バカな考えは頭の隅に置いて、ジェラルド様に手を添えてボートに乗り込んだ。

私が座ったのを確認すると、ジェラルド様が早速オールで漕ぎ始めた。ボートがゆっくりと動き出した。ボートに乗るなんて生まれて初めてだからなんだか落ち着かない。無言で座っていると、さぁ~と涼しい風が吹いて髪がなびいた。


「心地良い風ですね」

「あ、ああ。そうだな」


少しボーッとしていたのかジェラルド様の反応が遅れていた。


「もしかして、わたくしに見惚れていたのですか?」


冗談っぽく笑のに、ジェラルド様は真剣な目で私の方を見ていた。まるで、私の言葉を肯定するように。なんだか気まずくなって目を逸らした。そのまま戻ってボートを降りた。皆が戻ってきて湖畔を散歩して別荘へ戻った。


さっきのは反応は何だったの?単純に見惚れていたってだけ?自分で言うのもなんだけど、私は社交界では美人と評判だ。別に好きでなくても美形であれば見惚れてしまうのは仕方がない。私だって美形な令嬢や令息がいたら好きな人でなくても見惚れてしまう。自分の中で納得する理由をつけて考えるのを辞めた。

だけど、夜になってベッドに入ってもなかなか寝付けない。ユーリにはもう下がってもらったから話し相手もいなくて暇だ。眠くなるまで夜風に当たろうと思ってバルコニーに向かった。

バルコニーに人影が見えた。そっと近付くと、その人は振り返った。


「オリビア。こんな時間にどうしたのだ?」

「それはこちらの台詞です。ジェラルド様こそどうされたのですか?」

「寝付けなくて、星を見ていた」


ジェラルド様はそう言うと、空を指した。ここは少し標高が高いからか星がよく見える。


「お隣いいですか?」

「ああ」


ジェラルド様の隣に立って満天の星空を見上げた。この星空は2年前の学園祭を思い出させる。あのときもすごく綺麗な星空が広がっていた。途中からは花火も上がっていたけど。沈黙が落ちて、心地良い風が吹き抜ける。


「好きですよ」


そう、無意識に声に出してしまった。ジェラルド様はすごく驚いたような顔で私の方を見る。別荘にいる間に言おうとは思っていたけれど、自分の心の準備すら出来ていないときにいうつもりは微塵もなかった。心臓が痛いくらいに速く鳴っている。今すぐこの場を立ち去りたい。そんな思いに駆られたが、中途半端が一番嫌だ。顔が熱くなるのを感じながらもう一度ジェラルド様の目を見た。


「わたくしは、ジェラルド様のことが好きです。家族のような情ではなく、1人の殿方としてジェラルド様を愛しています。ジェラルド様に好きな方がいらっしゃるのは存じております。ですが、わたくしはジェラルド様が他の方と結ばれるのは応援できませんしするつもりもございません」


ジェラルド様は何も言わずにただ呆然と私の方を見ている。自己中すぎて呆れたのかもしれない。


「あの、ワガママだと自覚はしています。わたくしに思われるのが迷惑だと思われるのなら婚約を解消していただいても構いません」


ジェラルド様は相変わらず呆然と立っている。やっぱり言わなければ良かった。後悔しながらその場を去ろうとするとどこからかやって来たお兄様がジェラルド様の胸ぐらを掴んだ。驚いて振り返るとお兄様は胸ぐらを掴んだままジェラルド様を睨みつけている。こんなに怒っているお兄様を見るのが初めてで驚きながらも止めに入ろうとするとお兄様は声を荒げた。


「いつまで寝ぼけてるんだ!この意気地なし!今日ほどお前を愚かだと思ったことはない!」

「お兄様、落ち着いてくださいませ」

「落ち着いていられるか!」


お兄様はやはり怒った顔でジェラルド様を睨みつける。王族に対してこんな不敬なことは許されることはない。だけど、ジェラルド様は怒るどころかハッとしたような顔になって自分の胸ぐらからお兄様の手をゆっくりと離すとありがとうと呟いて私の顔を見下ろした。


「こんな意気地がない私を好きだと言ってくれてありがとう。別荘に行ってから話があると言っただろう?本当は明日言おうと思っていたんだが、先延ばしにしなければ良かった」

「あの、何をおっしゃりたいのか分かりません」

「つまり、私もオリビアが好きなのだ。私がオリビアにしたかった話はこのことだ」


ジェラルド様は頬を赤く染めて微笑んだ。だけど、私は夢なのか現実なのか区別がつかなくて困惑しすぎて涙が出てきた。


「ですが、ジェラルド様はお好きな方がいるとおっしゃっていたではありませんか」

「その好きな人とはオリビアのことだ。私はオリビア以外にこの思いを抱いたことはない」


そう言うと、ジェラルド様はもう一度真剣な目で私を見た。


「改めて言う。私は世界中の誰よりもオリビアのことを愛している」


その言葉を理解するのに少し時間がかかったけど、理解した瞬間嬉しさでさらに涙が込み上げてきた。

ついさっきまで失恋確定だと思っていたのにとんだどんでん返しだ。しかも、時々嫉妬してしまうこともあった誰かも分からないジェラルド様の好きな人が私だったなんて、安心したような恥ずかしいような気持ちになる。ジェラルド様は勇気を出せなくて申し訳ないと謝りながらぎこちなく優しく私を抱きしめてくれた。勇気が出なかったのは私もだ。ジェラルド様も告白するのは怖いんだと思うと少し意外だ。


ゆっくりとジェラルド様を抱き返すと、隣にいたお兄様と目が合ってしまった。その瞬間、我に返ってだんだんと恥ずかしさが込み上げてきてジェラルド様からすぐに離れた。すると、どこからか私とジェラルド様の側近たちが出てきた。


「おめでとうございます、殿下、お嬢様」

「ルーディンク!どうしてここに」

「差し出がましいとは思いながらもお二人がどうすれば両想いになれるのか側近同士で話し合っていたのです」

「レーベルトが飛び出していったときは本当に肝が冷えましたね」


ダミアン様は少し困ったように笑うと釣られたように皆笑い出した。だけど私には笑える余裕なんてない。一世一代の告白をこんな皆に見られていたなんて恥ずかしくて今すぐこの場から立ち去りたい。両手で顔を覆っていると、ジェラルド様が咳払いをした。指の隙間から顔を見上げるとさっと手を差し出した。


「オリビア、これからもよろしく頼む」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

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