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王宮で働く者たち


 レオン様はクロースが資料を持って戻ってくるとそれを受け取ってジェラルド様の執務室まで案内してくれた。

執務室の前に着いて、レオン様が扉を叩いた。すると、すぐに中から扉が開いて疲れた顔のダミアン様が立っていた。

レオン様はダミアン様に資料の一部を手渡した。執務の話をしているのか、あまり聞かないようにしていると用事が終わったらしいレオン様が執務室へ入るように促した。扉に隠れるように立っていたのでそこから出て執務室へ入ると、ダミアン様だけではなくオーガスト様やお兄様、他の文官たちも驚いたような顔をしてこちらを見ていた。

やっぱり邪魔だったのだろうかと不安に思っていると、疲れた顔をしていたジェラルド様が立ち上がって私の前まで歩いてくるとそのまま私に抱きついた。


「現実だと思っていたが、ここは夢だったのか」


ジェラルド様が何を言っているのか分からず困惑していると、お兄様が笑みを浮かべたままジェラルド様を私から引き剥がした。


「現実だ。オリビアを困らせるな」

「困らせたつもりはない。けど、すまない」

「い、いえ。お元気そうで安心しました」


最近、王宮へ来ても全く顔を合わせる場面がなかったせいで無理をしているのではないかと心配で様子を見に来たと伝えると、ジェラルド様は少しバツが悪そうな顔で私を見た。


「心配をかけて申し訳ない。確かに、多少は無理をしているかもしれないがまとめた休暇を取るためなんだ。その休暇を使ってオリビアを別荘に招待しようと思っていたのだが、心配をかけるくらいなら先に伝えておけば良かったな」

「こちらこそ、執務のお邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした。体調を崩さない程度に頑張ってください」

「邪魔だなんて思っていない。心配して様子を見に来てくれて嬉しかった。ありがとう」


ジェラルド様はそう言って微笑んだ。滅多に笑顔を見せてくれないせいで耐性のない私は熱くなる顔を見られないように顔を背けた。


「どういたしまして。それでは失礼します」


速足で執務室を出た。レオン様は楽しそうに笑いながら私についてくる。こっちは楽しくないのに。


「殿下たち、元気そうで良かったですね」

「………そうですね」

「それでは、私はこのまま研究室へ戻りますがオリビア様はどうされますか?」

「わたくしはセルヒオと一緒にそろそろ帰ります。」

「そうですか。では、また時間があるときにでも研究室へいらしてください」

「はい」


レオン様とも別れてセルヒオのいる図書館へ行った。セルヒオはちょうど読み終えたところで次の巻に手を伸ばそうとしていた。その本をクロースに預けて帰る準備をするように促した。よっぽど続きが気になるのか恨めしそうに本を見つめている。仕方がない。明日も付き合ってあげるか。


「続きはまた明日にして今日は我慢してください」

「では、明日は朝からこちらへ来てもよろしいですか?」

「まあ、良いでしょう」

「ありがとうございます、姉上」


セルヒオは上機嫌で馬車に向かって歩いていく。こんな手のかかる弟だけど、ずっと末っ子だった私からするとこういうところも可愛く感じてしまう。おかげで姉バカだと言われるようになってしまった。全然そんなことないのに。



翌日、朝から王宮へやって来た。セルヒオは嬉々として図書館へ行き、私は研究室へ顔を出した。研究室は活気に溢れていて、来るだけで胸が高鳴る。叔父様は私を見つけるとすぐに声をかけに来てくれてそのまま研究室を案内してもらえることになった。

この研究室は基本的に資料や実験結果をまとめたり、実験の前の準備をしたり、設計図を描いたりするところなようで実際に実験を行ったり魔法具を製作する研究者向けの研究棟というものがこの先に繋がっているらしい。今日はそこを案内してもらう。


ちなみに、叔父様はこの研究施設全体の所長という立場だそうだ。今日初めて知った。


「とりあえず、手前から順番に回っていこうか」

「はい」


一番近くにあった薬剤研究室へお邪魔することにした。少し薬っぽい匂いがするせいで医務室を連想してしまう。


「ここでは色々な薬剤の調合や新薬の開発をしている。例えば、怪我をしたとき癒しの魔術で治せるけど、魔力切れを起こしてしまえば命に関わる。だから、その時にすぐに服用出来るように魔術を使って魔力を消費してきたら魔力を一時的に増幅する薬や魔力を回復する薬を常備しておくんだよ。ただ、この薬に使われる材料は手に入りにくいから基本的には医師と騎士団の医療班にしか与えられていないんだ」

「知りませんでした」

「他にも病気を治療するための薬もたくさん作っている」


薬の調合の見学もさせてもらってから部屋を出た。次は向かい側にある魔法石研究室、その次は魔獣研究室、他にも色んな研究室を見て最後に魔法具研究室に案内してもらった。他の研究室よりも研究員の人数が多くて色々な魔法具を作成していた。日常的に使う灯りの魔法具やレオン様が開発した記録の魔法具の改良版や距離指定のない連絡の魔法具の開発など、作っている物は様々だ。


「もし、距離指定のない連絡の魔法具が出来たら是非購入させてください」

「もちろんです。楽しみにしていてください」

「はい!」


若い研究員に1つ約束をして研究室を出た。そろそろお昼の時間だ。昼食も王宮で摂るため、図書館にいるセルヒオと合流して文官の使用している食堂で食べることになっている。叔父様は研究室に届けられる食事を摂るらしく研究棟を出てすぐに別れた。

図書館に行くと、セルヒオはまだ夢中になって本を読んでいた。集中力は尊敬できるけど、没頭しすぎるのもよくない。でも、もう少しでこの巻を読み終えそうなので待ってあげることにした。

少しして、セルヒオが本を閉じて次の本に手を伸ばそうとしたときにやっと声を掛けた。


「昼食を食べに行きましょう。続きはその後でもよろしいでしょう?」

「姉上。いらしていたのですね。分かりました。本を一度司書に預けてきます」


セルヒオは側近と一緒に近くにいた司書に本を預けてから戻ってきた。ちょうどキリが良かったのか今日はいつもと違ってすぐに本から離れた。

セルヒオと一緒に文官の食堂に行くと、ジェラルド様付きの文官や側近たちもちょうど来ていた。護衛騎士であるオーガスト様だけいないのはジェラルド様は執務室で昼食を摂るため1人はそちらの護衛をしていなければならないらしい。お兄様と日替わりなようで今日はお兄様は当番ではないため他の側近たちと食堂で食事をするようだ。

せっかくなので、ジェラルド様付きの文官と側近たちと一緒に食事を摂ることにした。


「セルヒオ様も『英雄ウィリアム』を読まれているのですか?」

「はい。まだ59巻までですけど。ダミアン様も読まれたのですか?」

「はい。学生時代に。59巻ということはウィリアムが王女様に出会ったくらいですか?」

「そうです」


ダミアン様とセルヒオは本の話で盛り上がっている。2人を微笑ましく思いながら、お兄様たちの方に視線をやった。ジェラルド様付きの文官は4人。ダミアン様の弟であるアイク様、伯爵家の長男のカトラン様、侯爵家の次男のドラモンド様、そして唯一の女性文官である侯爵家の長女であるノエリア様だ。ちなみに、ノエリア様はリゼリーの再従姉妹でカリラス侯爵家の傍系にあたるらしい。全員、一度だけ自己紹介をされたことがあるけれどアイク様を除いた3人はそれ以外の会話をしたことがない。


「そういえば、最近ジェラルド様の雰囲気が変わったように思うのですけど、何かありましたか?」

「申し訳ありませんが、私たちから見て殿下がお変わりになったように見えません。レーベルト様はどうですか?」

「ジェラルドは昔から変わっていない」


いやいやいや、そんなわけがない。心の中で全否定していると、エレノア様がどう変わったように感じるのですか?と訊いてきた。


「まず、ジェラルド様は滅多に笑わないのに昨日はなぜかずっと笑顔でした。それに抱きついてきたりもしません。むしろ、女性とは意図的に距離を取っていたようですし。私からしたら本当にジェラルド様なのか疑いたいくらいです」


ジェラルド様は王族としてなるべく表情は顔に出さない。時々目に感情が籠もっていても笑顔なんてそう見せてはくれない。正直寂しいと思う。だからこそ、執務室で当たり前のように笑っているのが少し気に食わなかった。婚約者である私の前では滅多に見せてくれないのにと少し嫉妬してしまった。嫉妬心を露わにできるわけもなく、少し困ったように眉を寄せた。だけど、勘付かれてしまって揃って弁明を始めた。


「殿下が笑顔なときは大体オリビア様のお話をされているときですよ」

「そうです。昨日もオリビア様に会えたのが嬉しくて笑っていらしただけです」

「抱きつかれたのもお疲れの中、オリビア様に会えた嬉しさからだと思います」


3人の必死な弁明が可笑しくて、つい笑ってしまった。


「それだと、ジェラルド様がわたくしのことが大好きみたいじゃないですか」


あはは、と笑うと3人は気まずそうに目線を逸らした。冗談のつもりだったけど、さすがに答えづらかったか。申し訳ありません、冗談ですとすぐに話を切って話題を替えた。今度あるという数日間の休暇に何をするかなどを話して食事を終えた。

その後はセルヒオと一緒に図書館へ行って、私は夏季休暇中の宿題を進めることにした。




 ✽ ✽ ✽




『それだと、ジェラルド様がわたくしのことが大好きみたいじゃないですか』


先程のオリビア様の発言を思い出しながらため息を吐いた。私が口を出せることではないがやはりなんだかもどかしくてじっと見守ることが出来ない。


「レーベルト、オリビア様は本当に気付いていらっしゃらないのですか?」

「ああ。オリビアの鈍感さは今に始まったことではない。カトラン達もそのうち慣れる」


オリビア様の兄であるレーベルトは呆れたように笑ってそうおっしゃった。そんな話をしているうちに執務室へついて、それぞれの席についた。そして、誰かがオリビア様と会ったことを報告するのだろうかと思っていると、レーベルトがからかうように殿下へ報告をした。


「食堂でちょうどオリビアとセルヒオに会って一緒に昼食を取ってきた。今日は珍しく簪をつけていたな。可愛かったぞ」

「星の飾りが付いたものか?」

「なんだ。見たことがあったのか」

「私が贈った物だからな」


殿下が勝ち誇ったような笑みを浮かべるとレーベルトは面白くなさそうに眉をひそめた。それにしても、レーベルトは相変わらず兄バカだと言いたいところだったが、


「確かに今日は一段と愛らしかったですね。いつもはお美しいですが」


アイクが私の心の中を読んだかのようにそう言うと、殿下はキッと鋭い目でアイクの方を見た。アイクはしまったという表情を浮かべて慌てて言葉を探した。だけど、今何かを言うと余計に殿下の気を損ねそうで結局何も言わずに黙り込んだ。


「オリビアは私の婚約者だからな」

「もちろん存じております」


ここにいる者で婚約または結婚している者はオーガストとダミアンとレーベルトの3人だけだ。それに、アイクはオリビア様と昔からの知り合いのようなので余計に殿下の気に障ったのだろう。


「そんなに心配になるならさっさと気持ちを伝えれば良いだろう?それにオリビアが可愛いのは事実だ。アイクに当たるな」

「すまない」


殿下はアイクに謝ると、アイクは気にしませんと微笑んだ。それにしても、オリビア様が可愛いのは事実だと言ってしまう辺り、やはりレーベルトは兄バカだ。


「別荘に行ったときに、ちゃんと伝えるつもりだ」

「そうか」

「そのためにも早く執務を終わらせなければな」


殿下は報告書や提案書に目を通していく。私たちも席について執務を始めた。どうか、殿下のお気持ちがちゃんとオリビア様に届きますように。

そう願いながら殿下のためにも執務を素早く終わらせなくては。

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