悪夢
王宮騎士団の派遣を待っている間、私は安全のために訓練場へと向かった。だけど、訓練場も魔獣でいっぱいになっていた。ジークハルトとアルデアートは火属性の魔術で剣を創り出してそれを振るいながら私の周りにやって来る魔獣たちを倒していく。けれど、きりが無い。いくら倒しても魔獣が減らない。
ルーディンクは私の護衛をしながらレベッカを探す。訓練場に逃げてきた生徒が多いためなかなか見つからないようだ。でも、もし、レベッカが事を起こしていたとしたらどうなってしまうのだろう。これだけのことをしているのだ。死人が出なくても確実に処刑になる。犯人がレベッカではありませんように。
「レベッカ・シュライトが見当たりません」
「やはり、寮か」
「では、寮へ参りましょう。わたくしはレベッカとちゃんとお話がしたいです」
「承知いたしました。ジークハルト、ルーディンク、後衛を頼む」
アルデアートが指示をすると、ルーディンクとジークハルトははっ!と返事をしてすぐに私の後ろに来た。アルデアートは私の前に来て3人で三角形を作るように私を囲みながら寮へ向かう。しばらくは私も歩いていたけれど、途中で魔獣が襲ってきて制服じゃまともに走れないためルーディンクに抱えられて寮へ来た。襲ってきた魔獣はジークハルトが倒してくれたが、さっきまでとは段違いに強かったようで少し手こずっていた(ようには見えなかったのだけど本人曰くそうらしい)。
寮からは人の気配もさっきまでいた魔獣の気配もないとアルデアートが不審そうに言う。正直私は人の気配は分かっても魔獣の気配は強くなければ全く分からない。
「こんなに人気が無いのにレベッカはいるのでしょうか?」
「います。探知魔法で2階のちょうど真ん中辺りに誰かがいるのを見つけました。きっとレベッカ・シュライトでしょう」
「ジークハルトは探知魔法も使えるのですね」
「探知魔法は騎士の基本ですし、風属性があるので強化されているのです」
属性がなければ使えない魔法と、属性によって強化されるが属性が欠けていても使える魔法があることは授業で習った。けれど、探知魔法が後者であることは知らなかった。
「ジークハルト、ここには魔獣はいないのですよね?」
「はい」
「では、皆は寮の周りに近付く魔獣を倒してください。わたくしはレベッカと2人きりで話したいです」
「それは、」
「承知いたしました」
躊躇うジークハルトをよそにアルデアートは承諾してくれた。その目には絶対に守るという信念が籠もっている。言い出した私も少し怖いと思っていたけれど、アルデアートの目を見て恐怖は消えた。さすがお姉様が惚れた騎士だ。
「お嬢様、もしかしたら寮内にユーリがいるかもしれません。合流したらユーリにこれを渡していただけませんか?」
「分かった。任せて」
ルーディンクから連絡の魔法具を受け取って、寮の扉を開けた。ロビーには誰もいない。ジークハルトの探知魔法では、1人しか見つかっていないようだけど場所を限定して探知していたならユーリや他の侍女たちもいるかもしれない。少なくとも、寮から出ていれば強い魔獣と戦う羽目になり最悪死ぬけれど死体も血の跡もなかった。
なるべく足音を立てないようにして自分の部屋へ向かった。部屋に入ると、私のベッドの上に殴り書きの紙とこの寮の設計図が置かれていた。設計図には侍女の部屋から繋がる通路を通っていけるシェルターが書いてあり、そのシェルターに丸印がついている。
隣にある侍女の部屋へ行くと、隠し扉の開け方を紙に書いてあった。本棚を横に動かして施錠を解除する魔術をかけると、扉が開いた。扉の先には長い階段が続いていて、思っていたよりも暗い。ライトか何か持ってくればよかったなと後悔しながらゆっくりと階段を下っていく。
階段を下りきると、今度は長い廊下を歩いてシェルターの扉の前についた。
「ユーリ、いますか?」
私は風属性の魔術でシェルター内に自分の声を届けた。するとすぐにはい、という返事が聞こえてシェルターが開いた。
「ユーリ!怪我はない?平気ですか?」
「はい。お嬢様こそ、ご無事で何よりです。それよりも護衛はどうされました?」
「ルーディンクたちなら寮の周りの魔獣を討伐してくれてるわ。わたくしは、友達とお話をするために来たの。ここにヘレンはいる?」
「いらっしゃいません」
「そう。では、レベッカの部屋に行くわ」
「わたくしもご一緒します」
「構わないけれど、レベッカとは2人でお話をさせて」
「もちろんです」
ユーリは頷くと他の侍女たちにシェルターを閉めるように言って私の後ろをついてきた。そのままユーリの部屋に戻って隠し扉も閉めて施錠の魔法をかけて本棚も戻した。あ、そうだ。忘れるところだった。
「ルーディンクからこれを預かっています。無事だということを伝えてあげてください」
「お気遣いいただきありがとうございます」
ユーリが魔法具を握ると少ししてルーディンクがユーリか?と声をかけた。ユーリは少しホッとしたような笑みを浮かべたけれどすぐに真剣な顔に戻す。
「魔獣はどのくらいいるのですか?」
「分からない。倒しても倒しても湧いてくる。しかも、私が相手を出来るくらいの魔獣はあまりいないが、ジークハルトとアルデアートでなければ討伐出来ないくらいの魔獣は本当にすぐに別の個体が来る」
「それでは、事が済んでも寮からお嬢様を出さない方が良さそうですね」
「ああ。私の代わりにお嬢様を守ってほしい」
「お任せください」
それだけで通信は切れてしまった。もう少し、自分たちの安全確認をすればいいのに。まあ、業務連絡だけっていうのがこの2人らしいけれど。声が元気そうだから特に心配はないのだろう。
レベッカの部屋に着いて扉を叩いた。中から返事がなかったため、ゆっくりと扉を開けるとヘレンもレベッカも部屋にいた。レベッカは窓の外を無表情で眺めている。いつもの彼女からは考えられないほど冷たい目をしていて少し体が強張った。目の前の彼女は私が知っているレベッカなのだろうか。深呼吸をしてレベッカに声をかけた。
「レベッカ、魔獣を持ち込んだ犯人はあなたではないですよね?」
「………私以外、誰がいるというのですか?」
分かっていたけれど聞きたくなかった事実を聞いてしまい怒りと悲しさと軽蔑が入り混じったような感情がこみ上げてくる。
「どうして、そんなこと」
「どうしてって、お母様の敵討ちに決まっているでしょう!?わたくしのお母様はわたくしを産んですぐに病を患いました。その治療費や薬代はすごく高額でしたが、事業が上手くいっていたおかげで定期的にお医者様に診てもらうことが出来ていたのに、オリビア様が贋作に気付いてしまったせいで我が家は母の診療代すら稼げなくなり、10日に一度行っていた診察を二月に一度行うのがやっとになってしまい母は眠りにつきました。あのとき、オリビア様が贋作だと見抜いていなければお母様はまだ生きていたかもしれないのです!」
レベッカは涙を流しながら私を睨みつけた。これまで一緒に過ごしてきた時間を楽しいと思っていたのは私だけだったの?レベッカはずっとその恨みを募らせたまま私と共にいたの?聞きたいことは山ほどあるけれど、これだけは教えてほしい。
「入学式で話しかけてくれたのも、全部敵を討つためだったのですか?」
「当たり前でしょう?そうでなければどうしてあなたなんかに」
「それでも!わたくしは、レベッカのことを友達だと、思っていましたし大好きでした!努力家で素直で少し人見知りなあなたを」
「分かった風に言わないでください!それも全て演技です!」
レベッカはそう言い放つと私を押し退けて部屋を出た。ユーリがレベッカを捕まえようとすると、ヘレンがそれを邪魔してレベッカの後を追っていった。私もユーリと一緒にその後を追う。階段を下りるとちょうど寮から出るところだった。外には魔獣が大量にいるというのに。少し怯んでしまったけれど、今はそんな暇はない。
扉に手をかけると、ユーリが一応私を止める素振りを見せた。
「ルーディンクと約束していますから、引き留めさせていただきます」
「ごめんね、ユーリ。約束破らせちゃって」
「いいえ。ルーディンクもお嬢様ならそうするだろうと分かっていると思います」
ユーリは微笑むと扉を開けて一緒に寮を出た。少し離れたところでジークハルトとアルデアートが魔獣と戦っていて、ルーディンクはレベッカの侍女であるヘレンと対峙していた。
つまり、今レベッカは1人ということ?こんな魔獣がたくさんいる中で魔術があまり得意ではないレベッカが1人でいるなんて絶対に危ない。
「ルーディンク!その侍女を連れてでいいから一緒に来て!」
「承知いたしました」
ルーディンクはヘレンの隙を突いて魔法具で手首を縛るとすぐにこちらへ来た。ヘレンは縛られると特に抵抗はせず無表情でついてきた。忠臣というわけではないようだ。
やっとレベッカに追いついたと思うと、振り返って私を睨みつけた。その顔は焦りに満ちていた。
「なんで!どうして、追いかけてくるのですか!?」
「レベッカが心配だから。ここは魔獣がたくさんいます。寮に戻りましょう」
「貴方とは友達じゃないのです!わたくしを置いて勝手に戻ればいいでしょう!」
「レベッカが友達だと思っていなくても、わたくしはレベッカを友達だと思っていますから。友達を心配するのは当然でしょう?」
そう言った瞬間、レベッカの目が潤んで声も出さずに泣き出した。私はそっと近寄って、レベッカにハンカチを差し出した。このハンカチは、刺繍の授業でレベッカとリゼリーとおそろいのデザインにした大切なハンカチだ。レベッカはハンカチを受け取ると涙を拭いて顔を上げた。
「寮に帰りましょう」
両手を広げると、後ろから「お嬢様!」と呼ぶ2人の声が聞こえると同時にレベッカが私を押し飛ばした。思わず尻もちをついて目を開けると、目の前に大きな魔獣が来ていた。そして、私を庇ったのであろうレベッカは背中に大きな傷を負って倒れている。すぐにレベッカに駆け寄って癒しの魔術である治癒を施す。だけど、傷が大きいせいで中々出血が止まらない。
「お嬢様!今はお逃げください!」
「出来ません。ルーディンクとユーリはヘレンを連れてこの場から離れてください」
「それこそ出来ません」
「これは命令、」
「そのような命令は聞けません」
「お嬢様がここに残ると仰るのであればわたくしたちはお嬢様を守る使命がありますから」
ルーディンクとユーリは私の前に立って魔獣を攻撃する。連絡の魔法具でフライムートを呼ぶと、王宮騎士団が到着したらしくすぐに駆けつけてくれて魔獣を倒してくれた。その甲斐あって、なんとかレベッカの止血が終わった。フライムートにお礼を言うと護衛騎士と一緒にいないことに対して怒られてしまった。すぐにジークハルトたちと合流すると伝えるとフライムートは校舎の方にいる残りの魔獣たちの相手をしてくると戻っていった。
とりあえず、レベッカを安全なところへ運ぶためにルーディンクに背負ってもらってジークハルトたちのところへ向かった。
すると、どこからか危ない!という声が聞こえてきて振り向くと魔術の攻撃が飛んできていた。今度こそ本当に死ぬと思った瞬間、目の前に人影が現れた。
〜〜〜〜〜
アルデアートから連絡が入って王宮騎士団と共に学園へ向かった。王宮から学園へは緊急用の転移陣があるが、王宮騎士団を優先的に移動させていたため私が学園へついた頃には校舎も中庭も全て攻撃の跡が残っていた。一刻も早くオリビアの安否を確認するために学園の敷地中を探し回ってやっと見つけた。女子寮の近くで側近のルーディンクや侍女と共にいた。少し安心したのも束の間、木の陰から何者かの杖がオリビアに向けられた。気づいたときには咄嗟に体が動いていてオリビアの前に立ち塞がっていた。
攻撃を受けた瞬間、胸の辺りが光ってその攻撃がそのまま何者かを襲った。
オーガストがすぐに私に駆け寄り安否の確認をし、レーベルトは攻撃の飛んでいった方へ行って何者かの正体を暴いた。正体はシュライト子爵だった。さっきの攻撃は致命傷になるほど強いものではなかったようだが意識を失っているようでそのまま王宮騎士団に引き渡させた。あとは魔獣を全て倒せば解決だ。
「あの、ジェラルド様、今のは?って、そんなことよりも、どうしてこちらに?お怪我はありませんか?」
オリビアは自分のことはお構い無しに私の心配をしてくる。少し呆れながらも、オリビアの綺麗な金髪についた砂を払って容体を確認する。大きな怪我はないようで安心した。
「私も怪我はない。さっきの攻撃が跳ね返ったのはこれのおかげだろう。ありがとう」
幼い頃にオリビアにもらった魔法石のネックレスを見せると、オリビアはそのような効力があったのですねと感心したように頷いた。私は魔術の訓練でこの効力を知っていたけれど、オリビアは知らなかったのだろう。
「シュライト子爵を確保できたのでじきに魔獣は片付くだろう。それよりも、どうしてジークハルトとアルデアートを連れていないのだ?護衛としてついているはずのルーディンクには犯罪者を担がせているし。自分の身を守る気はあったのか?」
「フライムートにも同じように叱られました。今から合流するつもりだったのでそんなに叱らないでください」
「私が来なければ手遅れだったかもしれないのだぞ?」
「申し訳ありません」
「でも、無事で良かった」
強く抱きしめると、オリビアは急に泣き出してしまった。慌てて離れようとすると私が離れないようにオリビアも抱き返してきた。さっきまで平然としていたというのに、私やレーベルトを見て安心して泣いてしまったようだ。相当怖い思いをしたのだろう。しばらく泣き続けて、疲れるとそのまま私の腕の中で眠ってしまった。
だが、そんなところも愛おしくてオリビアを抱き抱えてジークハルトとアルデアートのところへ向かった。
2人は寮周りにいた魔獣を全て討伐し終えたようで私の腕の中で寝ているオリビアを見て何かあったのかと慌てて様子を伺う。ただ寝ているだけだと伝えると安心したように表情を緩めた。そして、ルーディンクの背負っている令嬢、レベッカ・シュライトを見て私に視線を向けた。私の読みが当たってしまったのだな。
彼女は確実に罪に問われる。受ける処罰によってはオリビアが心配だ。