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不穏


 だんだんと夏が近づいてきて、セルヒオたち1年生も学園生活に慣れてきたように見える。授業を終えて、セルヒオと中庭のガゼボでお茶をしているとアルデアート様がやって来て手紙を手渡された。


「アルデアート義兄様!?どうしてこちらに?」

「ジェラルド殿下からの命でね。この手紙を渡すように言われている」


元教育係で今は側近でもないアルデアート様に頼むなんて急ぎの手紙なのだろうか。封を切って手紙を取り出した。

一文目に『親族と信用できる側近以外には聞かせないように』と書いてあった。


「セルヒオ、申し訳ないのですが側近を少し離れさせてもらえませんか?」

「はい」


セルヒオが側近に命じると、側近たちは少し躊躇いながらも少し離れた。私はルーディンクとジークハルトとセルヒオとジェラルド様のアルデアート様までを範囲に入れて盗聴防止魔法をかけた。

さらっと目を通してルーディンクに手紙を渡すと、私の代わりに手紙を読み始めた。


『レベッカ・シュライトには気を付けよ。彼女の父親であるシュライト子爵が先日から行方不明になっている。もしかしたらオリビアの命を狙っているかもしれない。

シュライト子爵の行っていた事業の中で最も利益の高かった美術品の取引が3年前になくなっていた。理由はオリビアが贋作だと見抜いたからだ。3年前に行われた開国祭で飾られていた壺をオリビアが偽物のようだと言っていたであろう?あれは本当に偽物だったのだ。

そして、私がそれを兄上に相談したところシュライト子爵家が贔屓にしていた商人が贋作職人だったことが判明して一時商売停止となった。それからは細々と別の事業を再開していたそうだが元の裕福な生活には戻れなくなってしまって、シュライト子爵は毎日のようにあの贋作が見抜かれなければと言っていたらしい。

1年半前、彼の妻でレベッカ・シュライトの母が闘病生活の末眠りについた。『金が無くなりずっと服用していた薬を買えなくなったからだ。贋作だと見抜いた者に復讐してやる』とシュライト子爵は葬式で叫んでいたらしい。

思い過ごしだと思いたいが、念の為オリビアは必ずルーディンクとジークハルト、そしてアルデアートと共に行動するように。レベッカ・シュライトとは少し距離を置くように』


背筋が凍った。まさか自分が命を狙われるようになるなんて。しかも、レベッカの、友達のお父さんに。それでも、騎士団の中でも群を抜くほど強いと言われているアルデアート様とジークハルトが護衛してくれるのだから安心感が勝った。ジェラルド様もそれだからアルデアート様を私の護衛に加えてくださったのだろう。


「よろしくお願いします、アルデアート義兄様」

「オリビア様、私は今あなたの護衛騎士なのです。アルデアートとお呼びください」

「分かりました。よろしく、アルデアート」


私がアルデアート様を呼び捨てで呼ぶことも、アルデアート様が私を様付けで呼ぶこともどちらも違和感しかない。早く解決していつものように義兄様(にいさま)と呼びたい。



翌朝、レベッカと顔を合わせるのが少し気まずかったけれど笑顔でそんな感情も取り繕って朝食をとった。アルデアートは新しい護衛騎士になったとはいえ、堂々とついてくると、レベッカに不審に思わせるかもしれないからと陰で控えてもらっている。気配を消す魔法を使っているらしく、私ですら特定出来ていない。


授業などの移動も、必ずレベッカと2人にはならないようにした。昼食はセルヒオとフライムートと約束しているからとリゼリーとレベッカとは別でとる。

ジェラルド様が卒業して以来初めて個室を使う。フライムートから恋愛相談を受けると言う体で使うので不審には思われないだろう。


個室に入ってすぐに盗聴防止魔法をかけて、昨日のジェラルド様からの手紙をフライムートに渡した。フライムートは戸惑いの表情を浮かべてからすぐに貴族らしい表情に切り替えた。


「もし本当に復讐しに来るとして、手段はどうするのだろうか?直接剣や魔法で直接手を下すのか?でも、ジークハルトがいるときにそんなことが出来るはずがない」

「オリビア様が自室にいらっしゃるときであれば我々男の騎士は側にいられないためレベッカ・シュライトが実行可能だ」

「心配無用です。ユーリが彼女に負けることはないでしょう」


まあ確かに、ユーリはルーディンクの代わりに護衛を出来るくらいの実力者なのだ。レベッカは運動音痴というほどでもないが、あまり得意な方ではない。少なくともユーリと一対一で戦って勝つことは万が一にもない。そもそも、レベッカが本当に私を襲ってくるの?私にはどうにもそうは思えない。

だって1年生のときに体調を崩して休んだらすごく心配してくれたし、刺繍の授業の後に先生の長いお小言の愚痴をお茶会をしながら話してたし、美味しいお菓子を見つけたらお互いに共有したり。

本当に一緒にいて楽しい友達だ。だからこそ、ジェラルド様に言われても尚、レベッカのことを完全に疑いきれない。というか疑いたくない。


「ジェラルド様の杞憂であってほしいと願うばかりです」

「そうだな」



それから特に何か起こることがなく、夏季休暇の7日前を迎えた。

レベッカと距離を置くと言っても、不自然にならないようにするにはやはり関わりを経つことはできないため2人にならないことだけを徹底した。どうやら、ジェラルド様の杞憂だったようでレベッカは変わらずよくしてくれている。


次の授業は刺繍で移動なので、リゼリーとレベッカと一緒に移動する。


「もうすぐ夏季休暇ですね。オリビア様はご予定が決まっていますか?」

「セルヒオがあまり社交に慣れていないようなので色々なパーティーやお茶会に顔を出すでしょう」

「殿下とお過ごしにはなられないのですか?」

「ジェラルド様は執務でお忙しいですし、執務がお休みの日はゆっくり休んでいただきたいので特に予定はいれておりません」


レベッカもリゼリーも意外そうな顔をして私の方を見る。確かに、前みたいに頻繁に会えなくなってそれどころか全く顔を合わせない日が続いていて寂しいけれど手紙のやり取りは5日に一度している。手紙だって忙しい中書いてくれているのだ。ワガママを言って困らせるわけにはいけない。


「レベッカはどうして過ごすのですか?」


リゼリーの何気ない質問に少し胸のあたりがひんやりとした。ルーディンク達もそうだろう。けれど表情には出さずにレベッカの答えを待った。


「わたくしは、実家に帰って婚約者とゆっくり過ごします」

「いいですね。わたくしも10日ほど婚約者の領地へ行く予定です」

「2人とも自慢ですか?」


少しムッと頬を膨らませると、2人は慌てて首を振った。なんだか可笑しくてフフっと笑った。

教室へ着いてそれぞれの席に座ると、夏休みに作る作品のデザインを考えるための紙とペンが置かれていた。


どんなデザインにしようかと考えてペンを動かしていく。やっぱり夏らしく波を表現しようか、それとも可愛らしく小さな花を散らして青々とした葉をつけた木の刺繍をしようかと考えながらデザイン案を描いていく。やっぱり波と水しぶきのデザインにしよう。


紙にデザインを描いていって、最後に色をつけた。出来た図案を先生に持っていくと合格をもらって私は早めに授業を終えた。


1日の授業が全て終わるといつもとは違ってレベッカもリゼリーも研究室へは行かずに一緒に寮に向かった。夏季休暇前だから研究室も休みらしい。


「こうして3人で帰るのは久しぶりですね」

「そうですね」

「せっかくですから、今日はわたくしの部屋でお茶でもいたしませんか?」


レベッカの問いにリゼリーは目を輝かせて頷いた。一瞬、ルーディンクの方に視線を向けると構わないですという顔をしていたので私も頷く。


寮について一度部屋に戻って制服から普段着用のドレスに着替えた。レベッカが部屋の準備を終えると呼びに来てくれて、ユーリと一緒にレベッカの部屋へ行った。

リゼリーは既に来ていて、私もリゼリーの隣に座った。

一応、レベッカにも身の回りのお世話をす侍女はついているけれどこうして顔を合わせるのは初めてだ。


「お初にお目にかかります。レベッカお嬢様にお仕えしているヘレンです」


レベッカの侍女のヘレンは手短な挨拶とつり目のせいも相まって少し冷たい雰囲気に感じられる。だけど、お茶を淹れるのはすごく上手い。私はユーリの淹れるお茶が好きだし、ジェラルド様にも認められるくらい美味しい。だけど、そのユーリに見劣りしないくらいヘレンの淹れるお茶も美味しい。


「オリビア様もリゼリー様も驚きましたでしょう?ヘレンは人付き合いは不器用なのですが手先は器用でお茶を淹れるのがとても上手なのです」

「確かに、とても美味しいです」

「ええ、本当に」


そうして楽しくお茶会をしていると、廊下から何やら騒がしい声が聞こえてきた。リゼリーの侍女が少し様子を聞きに行ってから戻ってきた。その顔は少し青ざめていてリゼリーが心配そうに侍女に問う。


「何が起きているの?」

「寮内に、魔獣が出たそうです。ですが、今、騎士志望の生徒が魔獣相手に戦ってくれているそうで副寮長が隣の騎士寮に女性騎士を呼びに行ってくれているそうです。魔獣自体もそこまで強いものではないためすぐに倒されるだろうと」

「それなら安心ね」


リゼリーはホッと胸を撫で下ろしたけれど、私は安心なんて出来ない。だって、この学園は魔獣が入らないように結界が張ってある。入ったらすぐに感知できるようなっている。だけど、教師が誰一人として駆けつけていないのなら結界を破ったわけじゃない。

誰かが結界に触れないように持ち込んだと考えるのが自然だ。


しばらくして、女性騎士たちによって寮内の安全が確認されてから夕食をとった。あまり食事は喉を通らなくて、大半を残して部屋に戻った。

ユーリが部屋の内側から風属性である守護の魔法をかけてくれて、私はベッドに入った。



翌日、授業中に外からまた騒ぎ声が聞こえてきた。

また魔獣が出たのだろうか。すぐに退治されてほしいと願いながらやはり不審に思う。だけど、騒ぎ声は小さくなるどころかだんだんと叫び声へと変わっていき声は近づいてきた。

心臓の音がドクドクと鳴り始めて、後ろで控えていたルーディンクとジークハルトが私の前を構えた。騎士志望の生徒や他の公爵家や侯爵家の護衛騎士たちも主の前に立つ。皆が皆、叫び声のする廊下側を警戒していると、パリンッと音を立てて窓から鳥の魔獣が入ってきた。


もしかしなくても、魔獣は一匹ではない。ルーディンクやジークハルトの顔が警戒心に満ちていた。

だけど、鳥の魔獣は何者かに一瞬にして倒されて光で覆われて空へ消えた。

驚いていると、アルデアートが姿を現した。そうだった。気配を消す魔法を使っているから私も感知できていなかった。


「さっきまで魔獣の気配なんて1つもなかったというのに、今はこの学園の敷地内全てから魔獣の気配を感じます。しかも、王宮騎士団の隊長クラスが相手をしなければならないくらい強い魔獣もいると思われます」

「王宮騎士団の手配は?」

「済んでいます」


さすが騎士団長の息子だ。

とりあえず、教室内はガラスが散らばっているので皆で固まって訓練場へ移動しようとアルデアートたちと話していると、また魔獣が教室へ入ってきた。今度はジークハルトが倒してくれたけれど、クラスメートたちはパニックになってしまって教室から走って逃げていってしまった。


「どうしましょう。みんな、」

「オリビア様、今は自分の身を案じてください」

「はい、」


リゼリーもレベッカもお願いだから無事でいて。震える手を握って顔を上げると、まだ教室に残っていたフライムートがこちらにやって来た。そして、連絡の魔法具を取り出して私に手渡した。


「オリビア、王宮騎士団が2人もついているなら大丈夫だとは思うが何かあったらすぐに私を呼べ。私はオリビアにまだ何も返せていないのだ」

「ありがとう、フライムート」


魔法具を受け取ると、フライムートは走って教室を出ていった。きっと、魔獣を倒しに行ったのだろう。


「魔獣は王都にも出ているのですか?」

「いえ。そのような情報は入っておりません。私の推測だと何者かが魔獣の卵を結界内に持ち込んだと思われます。孵化するまでは魔力は卵の中に閉じ込められていますから感知することは出来ません」

「何者かって、もしかして」

「私はレベッカ・シュライトが怪しいと考えています」

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