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初恋


 冬季休暇が空けると、新学期が始まって私は2年生になり、セルヒオは1年生として入学してきた。

クラス替えではまたリゼリーとレベッカと一緒になれただけでなく、フライムートとも同じクラスになった。

今日はセルヒオとフライムートとリゼリーとレベッカと一緒に食堂で昼食をとる。フライムートは騎士の訓練に行っていたので食堂で合流するため、私はリゼリーとレベッカと三人で食堂へ向かった。

その道中に、フライムートと騎士の訓練服を着た女子生徒が話していた。女子生徒が笑いかけると、フライムートは少し落ち着かない様子で辺りを見回した。目が合うと驚いたように目を見開いてそして慌てた様子で女子生徒へ声を掛けて走ってきた。


「違うからな!」

「わたくしはまだ何も言っておりませんけど」

「オリビアは目でよく語るから、言っているも同然だ」

「それにしても、綺麗な人ですね」

「だから、違うって」


フライムートが慌てて言うのがおかしくて笑っていると、少し怒った顔のジークハルトがフライムートを軽く睨んだ。


「ここは学園内だ。オリビア様への口調と態度に気を付けろ」


フライムートはハッとしてすぐに私に謝罪をした。正直、私は気にしない。お兄様も学園内でも普通にジェラルド様に対して敬語は使っていなかったし。今も護衛騎士になったというのに、ジェラルド様が敬語を使ってくるなと命令したせいでこれまでと変わらないし。

まあ、例え従兄弟であってもフライムートには婚約者がいないから親しくしすぎるのもあまり良くない。この世界は従兄弟同士での婚約は結構多いから。


食堂に行くと、すでにセルヒオが来ていた。セルヒオの側近が席を確保してくれていて、そこに座って昼食を運んでもらった。


「フライムート、あの方とはどこでお会いになったのですか?」

「訓練のときですけど」

「じゃあ、いつから想いを寄せているのですか?」

「違います。ミレ、彼女は剣や魔術の腕は優れているのですが、少し頑張りすぎる性格なので放っておけないだけです」


それは好きだから放っておけないんじゃないのだろうか。ふ〜んと相槌を打ちながら笑顔でフライムートの方を見ると、慌てて首を振った。


「本当に違いますから!早くしないと冷めてしまいます。暖かいうちにいただきましょう」


フライムートはわざとらしく話を変えて食事を始めた。昼食を終えると、セルヒオを教室まで送り届けてから自分たちの教室に戻った。



それから、4日が経った頃だった。学校が休みで寮でゆっくり過ごしているとフライムートから呼び出しを受けた。いきなりの呼び出しだったので、とりあえず女子寮の近くにあるガゼボでと思ったけれど女子寮の近くでは話せないことだと言われて学園内の温室を貸し切ることにした。本当は2人よりもリゼリーたちがいる方が良いのだけど、リゼリーたちは研究室で活動があるため2人だ。


「それでお話とは何でしょうか?」

「ミレイナが、騎士を辞めさせられるかもしれない」

「ミレイナ?どなたのことでしょう?」

「前に話した騎士を目指している女子生徒だ」


彼女はミレイナという名前だったのか。それにしても、騎士を辞めさせられるってどういうことなのだろうか。言い方からすると元々は許されていたのだろう。騎士の訓練を受けるということは刺繍の授業を取らないということにもなる。女性貴族で刺繍が出来なければ教養がないと見なされて婚約をしづらい。女性騎士は元々婚約をせずに主に仕えて引退すると教官に回る者が多い。だから、刺繍の授業を受けなくても支障はない。


「どうして辞めさせられるかもしれないのですか?」

「ミレイナに婚約話が上がったそうだ。相手はイーザー侯爵家の三男であるソルヴァルト様だ」


オーガスト様の弟か。何度か話したことはあるけれど、オーガスト様とは真逆の性格をしている。人当たりが良く爽やかな雰囲気を纏っているが、それは猫を被っているだけで本当は社交界一のプレーボーイだと言われるほど不誠実な男だ。舞踏会で挨拶をするときは毎回違う女性をエスコートしていた。私が苦笑いを浮かべるとフライムートは慌てたように立ち上がった。


「ソルヴァルト様に何かあるのか?」

「何かというか、女好きと有名なので。それで、婚約話が上がったから騎士を辞めさせられるかもしれないのですか?」

「そうだ」

「それは可哀想ですけれど、仕方がないのではないですか?」

「確かに、そうなのかもしれないな」


フライムートは諦めの表情を浮かべて手元のカップを見る。女好きで不誠実な男との婚約なんて、誰だって断りたい。でも、貴族社会ではより高位の貴族との繋がりを繋ぐためだけに婚約することも多々ある。実際に私とジェラルド様の婚約も王族との繋がりを強めるという意味もある。

私からすれば、そのミレイナ様は挨拶すら交わしたことがない方だから可哀想だけで済むけれどフライムートからすれば大切な人なのだ。なんとかしてその状況から救い出したいと思っていてもおかしくはないだろう。


「解決法がないわけでもないのでは?」

「教えてくれ!」

「ミレイナ様がソルヴァルト様との婚約話を断るために、婚約後も騎士をしていても良いという方とご婚約されれば良いと思います」


手っ取り早いのはフライムートがミレイナ様と婚約することだけど、ミレイナ様がフライムートを好きかは分からない。だけどもし、騎士を辞めさせられるかもしれないとフライムートに相談をしたのであればミレイナ様もフライムートを気になっているかもしれない。何よりも、ソルヴァルト様との婚約話は同じ貴族令嬢として同情せずにはいられない。


「私では、ダメなのだろうか」

「わたくしに訊かれてもわかりません。ミレイナ様本人にお聞きすれば良いでしょう」

「ああ、そうだな。では、オリビアも同席してくれ」

「構いませんが、」

「では、ミレイナを呼んでくる」


今すぐに話すつもりなの!?私の叫びは心の中で収まったため、フライムートには届かずそのまま温室を出ていった。

少しすると、訓練服を着た薄紫の髪と瞳の女子生徒を連れてきた。女子生徒は私を見ると慌てて挨拶をした。


「初めまして、オリビア様。ミレイナ・カーティンと申します」

「初めまして、ミレイナ様。フライムート、お話があるのでしょう?早速本題に入ってはどうですか?」


正直、沈黙になるのが気まずい。世間話は要らないからさっさと用件を済ませてしまってほしい。

ミレイナ様を席に座らせると、フライムートはミレイナ様の方を見てまるで日常会話のように言った。


「ミレイナ、私ではダメか?」

「な、何のこと?」


ミレイナ様はフライムートではなく私の方を見て説明を求めてきた。言葉足らずにも程がある。呆れながらも、ソルヴァルト様との婚約話を断るために、他の者と婚約すれば良いのではないかと提案して、フライムートがその相手は自分でも良いのではないかと思って今に至ったと説明する。


「フライムートが、わたくしに好意を寄せているということで合ってる?」

「どうしてそうなるのだ!?私はただ、ミレイナに騎士になるのを諦めないでほしいだけだ」

「そういうことならお断りよ。わたくしがフライムートに話したのは愚痴であって相談ではないもの。そもそも、婚約話を持ち上げたのはイーザー侯爵家なのよ?断れるわけがないでしょう?」


確かに、その通りだ。好きな人(フライムートは認めていないけれど)の愚痴を聞いてしまって、行動せずにはいられなかったフライムートが暴走したのだろう。そもそも、お兄様やお姉様やエドワード殿下のように自分の好きな人と婚姻出来る貴族なんてそう多くない。婚約してから好きになることはあっても、基本的に婚約者は親が決める。


少しフライムートが気の毒に思いながらも貴族の常識として考えるとミレイナ様が言っていることは仕方がないことでどうしようもない。


「話はそれだけなら、わたくしはもう訓練に戻りますね」

「お待ち下さい。ミレイナ様と2人で話がしたいです。フライムートは温室を出て待っていてください」


ミレイナ様にお茶とネブルを勧めた。ミレイナ様は少し落ち着かない様子でお茶を飲んで私の顔を恐る恐る見た。カーティン家は確か子爵家だった気がする。子爵家の彼女からしたら公爵家の私は怖いのだろうか。


「ミレイナ様、正直に答えてください」

「はい」

「あなた、さっきの発言以前からフライムートの好意に気付いているでしょう?」

「………はい」

「だから、フライムートの前でわざと愚痴をこぼした。そうすれば彼が何か動いてくれると思って。あなた自身、その婚約話を受けたいとは思っていないから」

「おっしゃる通りです」


やっぱりそうだったんだ。罪悪感に満ちた顔でミレイナ様は私の方を見ている。正直、フライムートが単純なだけだし別に自分を助けてくれそうな人を利用することは悪いとは思わない。むしろ、貴族令嬢にとって必要なことだ。それでも罪悪感を感じているのであれば彼女は素直ですごく心優しいのだろう。ただ、それだけじゃない。彼女もまたフライムートに好意を寄せている。だから好きな人の気持ちを利用してしまったという罪悪感が生まれてしまったのだろう。


「素直に頼れば良いのに」

「え、」

「フライムートはあなたに頼られれば喜んで応えてくれます。自分はソルヴァルト様ではなくフライムートと婚約したいのだと伝えてみてはどうですか?」

「どうして、フライムートを好きだと分かったのですか?」

「女の勘ですよ」


にこりと微笑むと、ミレイナ様は失礼しますと席を立ち上がって温室を出ていった。私には勇気がなくて言えない言葉を言える彼女はとても強い。そんな彼女のためにも私は私に出来ることをしておこう。

お茶を一口飲んでカップを置いた。


「ルーディンク」

「はい」

「オーガスト様宛に手紙を出してください」

「かしこまりました」



オーガスト様から手紙が届いたのは次の休みのことだった。

手紙にはフライムートとミレイナ様がソルヴァルト様のところへやって来て婚約話を断りたいと申し出たそうだ。ソルヴァルト様には事前に事の詳細を伝えていたけれど元々婚約する気はなかったようで快く承諾されたらしい。それどころか、まだ遊び足りないなんて言ってオーガスト様やオーガスト様のお兄様やお父上を困らせているそうだ。


「オリビア!心の底から感謝する。もし、オリビアが何か困ったことがあれば相談してくれ。今度は私が助ける番だ」

「頼りにしてますね、フライムート。でも、あなたはミレイナ様を守ることに全力を尽くさなくて良いの?」

「心配ご無用です。わたくし、自分のことは自分で守れますし、フライムートのことだって守ってみせます」


ミレイナ様は凛々しい笑みを浮かべて私の顔を見る。だけど、その笑みはすごく幸せそうにも見える。フライムートもミレイナ様も少し羨ましく感じる。ジェラルド様に好きな人がいなければいいのになんて、酷いことが浮かんできてしまって慌てて首を振る。今はただ、2人を祝福しよう。そうすれば黒い感情に蓋を出来る。


「2人とも、おめでとう。2人の仲が末永く続くことをを応援しています」

「ありがとうございます、オリビア様」

「ありがとう、オリビア」

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