番外編 オーガスト
王子もといジェラルド様とお兄様が学園を卒業して冬季休暇が始まった。始まってすぐに、ジェラルド様の成人の儀式を行った。
そして、お兄様は王宮騎士団に所属することになり、なんとジェラルド様の第二護衛騎士となった。そして、ハインレット家を継ぐ者がいなくなってしまったため、叔父様の長男で私の1つ年下の従兄弟であるセルヒオが養子に入ってハインレット公爵家を継ぐことになった。
叔父様たちは王都にある屋敷で過ごしていたけれど、よく我が家を訪ねてきていたためセルヒオもすぐに我が家の生活に慣れたようだ。ただ、私を名前で呼んでいたので姉上と呼ぶことにはまだ慣れていないようだ。
セルヒオが我が家へやって来た数日後に、アレンとセルヒオも一緒にフォティリアスへ祖父母に会いに行った。私の義弟ということは、セルヒオは祖父母からとっても義理の孫になるためその挨拶も兼ねての訪問だ。
3日前にフォティリアスから帰ってきて、今日はジェラルド様にセルヒオを紹介するために王宮へ来ている。
応接室でジェラルド様を待っていると、隣に座っているセルヒオと控えているセルヒオの側近が落ち着かない様子で視線を泳がせている。
「セルヒオ、ジェラルド様と面識はありますか?」
「ありません。開国祭以外の舞踏会に顔を出すことはありませんし、開国祭では挨拶をする機会を逃してしまっているので」
「そうでしたか。でも、そんなに構える必要はありません。ジェラルド様はお優しい方ですから」
「はい」
今日は執務の合間を縫って時間を作ってもらったからジェラルド様が到着するまで、セルヒオの緊張をほぐすためにたくさん話しかけた。しばらくして、ジェラルド様が来た。
セルヒオはジェラルド様が入ってくると緊張しながらも立ち上がって挨拶をした。
「お初にお目にかかります。私はセルヒオ・ハインレットと申します」
「話はオリビアから聞いている。養子に入ってオリビアの義弟となったと。それならば私にとっても弟同然だ。何か困ったことがあればいつでも言ってくれ」
「はい」
「では、挨拶ついでに王宮を案内しよう」
「ありがとうございます」
「オリビアはどうする?一緒に来るか?それともここでお茶を飲んで待っているか?」
「待っています。わたくしがいない方が話しやすいこともあるでしょうし」
ジェラルド様とセルヒオを見送ると、談話室にはオーガスト様と私とルーディンクとジークハルトが残った。ジェラルド様にはお兄様がついているから、オーガスト様はここで待機らしい。正直、オーガスト様がいると緊張感が漂ってあまり気を休められないんだけど。
お茶を飲みながらオーガスト様の方を覗き見る。何も言わずにソファに座って腕を組んでいる。
「オーガスト様もお茶を飲みませんか?」
「ご遠慮します」
相変わらず冷たい。オーガスト様はやっぱり私を嫌っているのかもしれない。
〜〜〜〜〜〜
私の名はオーガスト・イーザー。侯爵家の次男で、第二王子であるジェラルド殿下の護衛騎士をしている。そして、今目の前には我が主の婚約者のオリビア様がいる。
殿下はどうやら幼い頃からオリビア様を特別に想っているように見える。どんな大事なことよりもオリビア様を優先されてきた。それに、オリビア様が絡むと殿下は少し自分を抑えられていないように見える。
あれは、婚約披露パーティーのことだった。
殿下はオリビア様と共に貴族たちに挨拶をしていた。途中でオリビア様に気を利かせて、殿下1人で請け負っていた。大体挨拶が終わり、殿下と共にオリビア様の元へと向かっていると。その途中でオトメーラ侯爵令嬢の取り巻き達がオリビア様は殿下と釣り合わないなどの陰口を叩いていた。すると、殿下はすぐに令嬢たちのところへ行った。
「オリビアのことを何も知らないのによくそんな口を叩けるな。ちなみに、今の言葉は私の婚約者へ対する侮辱だと捉えても良いだろうか?」
怒りに満ちた顔で令嬢たちを睨むと、令嬢たちは怯えた顔で慌てて謝罪を口にしてその場を離れた。
それほど殿下に特別扱いをされているというのに、オリビア様は未だに殿下の気持ちに気付いていないばかりか殿下には他に好きな人がいると勘違いをしている。どうして殿下はこのような鈍感な令嬢を強く想っているのか私には分からない。オリビア様はお美しく勉学も得意なようだがそれ以外の取り柄は特に見当たらない。
とりあえず、殿下を悩ませている彼女を私はあまり快く思っていない。
「あの、」
「何でしょう」
オリビア様は少し躊躇い気味に私の顔を見た。
「オーガスト様から見て、ジェラルド様と親しい女性はいらっしゃいますか?」
一瞬、質問の意図が分からずオリビア様の側近で学園時代3年間同じクラスだったルーディンクの方に視線をやった。ルーディンクにとりあえず答えろとでも言いたげな目を向けられてオリビア様の方をもう一度見た。
「特に、思い当たる方はいらっしゃいませんが。勘違いなら申し訳ありません。オリビア様は、殿下に懸想していらっしゃいますか?」
「………はい」
ああ。そうか。彼女はちゃんと殿下の良さを分かっているんだ。
「それにしても、どうしてそのような質問を?」
「以前、ジェラルド様がお好きな方がいると申していましたので。こういうときに身を引くのが淑女として正しいのかもしれませんが、わたくしはジェラルド様のお隣を誰にも譲りたくないのです」
オリビア様も殿下もお互いに思い合っているというのに、どうして気付かないのだろうか。
「私はオリビア様を応援します。何か私に手伝えることがあればご相談ください」
「それは心強いですね」
殿下が戻って来ると少し驚いたような顔で私とオリビア様を見ていた。普段、オリビア様と会話をすることがないからこうして話しているのを見て戸惑われているのだろう。それは同じく殿下の側近で元同級生であるダミアンもそうだったらしい。だけど、すぐに表情を取り繕った。
「殿下、そろそろ執務へ戻らなければなりません」
「そうか。では、オリビア、セルヒオ。馬車まで送ろう」
「ありがとうございます」
馬車に向かう途中、小声でルーディンクに話しかけた。
「お互い、主が鈍感すぎてなんだかもどかしくなるな」
「そうですね」
「放っておけばあの2人はいつまで経ってもあのままでいそうですね」
元同級生3人で自分たちの主の未来を心配する。こうなったら、私たちが行動を起こすしかない。
「殿下が学園をご卒業されて会う機会が減ってしまうため、余計にこじれてしまいそうですね」
「私たちで2人の仲を取り持とう。もう、それしか方法はない」
「そうですね」
拳を握って3人でコツッと当てた。学生時代から何か約束をするときはこうして拳を合わせていたなと懐かしく思いながら主たちを見る。殿下もオリビア様も目が相手を好きだと語っている。なんだか、見ていて微笑ましくも感じてくる。早くお互いに気持ちを確認しあってほしいような、もうしばらくこのままの関係でいてほしいような。
ずっと2人を見守っていたいと、そう強く思った。
〜〜〜〜〜
なんだか、話している途中にオーガスト様の雰囲気が怖くなくなった気がする。それに、話してみると結構優しい人だった。
馬車の前までジェラルド様に送ってもらって、振り返るとなんだか少し疲れているように見えた。
「この後も執務があるのですよね」
「ああ」
「あまり、ご無理はなさらないでくださいね」
「無理など、」
「していらっしゃるでしょう?」
ジェラルド様の頬を両手で挟んで顔を近づけた。やっぱり、うっすらクマが出来ている。
「寝不足はよろしくありませんよ。今日はなるべく早く寝てくださいね」
「………努力する」
「それでは、また来ます。ごきげんよう、ジェラルド様」
「ああ」
ジェラルド様に手を振って馬車に乗った。その瞬間、さっきの行動が頭の中で蘇ってきた。私ってばなんて大胆なことをしてしまったのだろうか。火が出そうなくらい顔が熱くなったけれど、セルヒオにバレないように馬車の外の景色を眺めるフリをして顔を背けた。
もう、私は本当にジェラルド様が好きなようだ。