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告白


「好きです、ジェラルド様」



 〜〜〜〜〜



 目が覚めると、カーテンから日が差し込んできていた。なんだ、夢か。そういえば、普段王子のことを名前で呼んでいない気がする。婚姻を結べば私も妃殿下と呼ばれる立場になるのだから、そろそろ呼び方を改めないといけない気がする。

ベッドから体を起こすと、ちょうどユーリが朝の支度をするために部屋へ入ってきた。


「おはようございます、お嬢様。もうお目覚めでしたのね」

「ええ。おはよう、ユーリ」


リカルド様たちウェスタートの者が留学してきて10日が経った。やっぱり綺麗な顔立ちだから目立ってはいるけれど最初のように珍しがられるようなことは減ってリカルド様たちも少し過ごしやすそうに見える。


制服に着替えて朝食をとるために食堂へ向かった。ちょうどリゼリーも部屋から来たばかりのようで2人でレベッカの両隣に座った。


「今日は朝から班に分かれて魔術の訓練だそうですね」

「ええ。わたくし魔術は苦手ですから少し憂鬱です」

「それでも、オリビア様は勉学ではいつも1位ではありませんか」

「人には向き不向きがあって当然ですよ」

「そうね。ありがとう、2人とも」


朝食を終えて、今日は制服のまま訓練場の隣にある室内の訓練施設へ向かった。ここは主に魔術の訓練施設として使われている。今日の訓練はそれぞれの得意魔術を伸ばすので班に分かれる。私は水属性の癒やしの魔術が得意なので普段は医者をしているという講師の班へ行った。

講師の男性は白髪に赤い瞳でエドワード王子に嫁いだハンネマリー様を思わせる雰囲気を漂わせている。

まだ班全員が揃っていないらしく、少し待っているとリカルド様が歩いてきた。そういえば、今日は2年生と3年生の希望者も参加が可能だと言っていた。

リカルド様で全員だったようで講師の先生が自己紹介を始めた。


「私はテオダート・サーズリークだ。普段は王宮医務室で働いている」


思い出した。この人はハンネマリー様の兄だ。舞踏会で一度だけ挨拶をしたことがあるくらいの人だからあまり覚えていなかった。そもそも、テオダート様はあまり社交界に顔を出さないから会ったのももう4年前だ。


「今日はこの割れた魔法石を傷一つない綺麗な状態に治してもらう」


そう言われて、テオダート先生の助手がそれぞれの机の前に魔法石を置く。割れた魔法石を治すには魔力を流して元の状態に戻す治癒魔法を使わなければならない。そのためには損傷部分に魔力を流して元の状態を強くイメージすることが大切だそうだ。

早速実践してみることにした。


割れた魔法石を合わせて置いてその上に手を近付けてゆっくりと魔力を流していく。けれど、魔法石は全く変化しない。


「テオダート先生、どうすれば上手く魔法石を治せますか?」

「オリビアはそれぞれの属性の魔力の流れを感じ取れているか?」

「はい」

「それでは水属性の魔力だけを流す意識でもう一度やってみろ」

「はい」


風と土の属性の魔力は流さないように意識をして水属性の魔力だけを流す。すると、少しずつ魔法石がくっついていって最終的にはヒビや傷もすっかり治っていった。


「上出来だ」

「ありがとうございます」

「他の者が出来るまで少し待っていろ。その間に自主練習と称してもう一度魔法石を割って治すなんて魔力の無駄遣いはしないように」

「はい、」


心が読まれたのかと思うくらい図星を突かれて、仕方なく大人しく待っていることにした。他の生徒たちも次々と魔法石を治していく。全員が終わると、今度は枯れた鉢花が5つ用意された。ここにいるのは10人だから半分の数しかない。


「魔法石を治した要領でこの花を生き返らせてほしい。ただ、慣れないうちは魔力の消費が激しいので2人一組で行ってもらう」


テオダート先生が順番にペアを組んでいく。私はリカルド様とペアになることになって、一緒に鉢花の前に立った。


「よろしくお願いします」

「ああ。こちらこそよろしく頼む」


それから鉢花にさっきと同様に魔力を流した。しばらくすると、枯れていた花や葉に色が戻ってきた。そしてさらに魔力を流し込むと、折れ曲がっていた茎が真っ直ぐ起き上がって花が開いた。周りはまだ葉の色が少し戻ってきたくらいで私たちが随分と早く終わってしまったことに気がついた。また他が終わるまで待っているように言われて、リカルド様と話して時間を潰すことにした。


『先日、わたくしとジェラルド殿下の仲が気持ちを伝えるだけで壊れてしまうような関係なのかと問われたことを覚えていますか』


他の生徒に内容を悟られないようにウェスタートの言葉で話しかける。リカルド様はコクリと頷くだけで何も言わなかった。


『わたくしと殿下はそのような浅はかな関係ではございません。関係が壊れるというのはわたくしが気持ちを伝えることから逃げるための言い訳に過ぎません』

『そうか』

『それにしても、リカルド様はどうしてわたくしと殿下の仲を気にしていらっしゃるのですか?それほど殿下と親しいようには見えませんが』


すると、リカルド様はわざとらしくため息をついて真っ黒な髪をかきあげると濃い紫色の瞳で私を見つめた。改めて見ると思わず見惚れそうになるくらい綺麗な彼はしばらく私を見つめてそして笑みを浮かべた。


『もし、オリビアがジェラルド様に気持ちを伝えて受け入れてもらえなかったらそのときは私が慰めるつもりだった』

『どうしてですか?』

『君は本当に鈍いな。理由なんて、好きだから以外にあるわけがないだろう』


リカルド様は少しだけ頬を赤く染めて私の目を見つめた。その目があまりにも熱が籠もっていたせいで思わず逸らしてしまった。


『わたくしは殿下の婚約者ですし、殿下を慕っています』

『そんなことは知っている。私はジェラルド様を見つめるオリビアに惚れたのだから。そして、私にもあんな愛らしい顔を向けてほしいと望んでいる』


リカルド様は真剣な表情になって、私の正面に体を向けた。


『私と共にウェスタート王国に来れば必ず幸せにすると誓おう。バロケイン男爵家の研究室にも案内する。オリビアの願いは何としてでも叶える。だからオリビア、ウェスタート王国へついてきてほしい』

『ですが、』

『答えはまだ出さないでくれ。私が国に帰るまでの10日間、オリビアが少しでも私に気持ちが揺らいでくれるように努力する』


リカルド様は固く決意したような表情を浮かべた。どうすればいいのだろうか。私はジェラルド王子が好き。その気持ちに偽りはない。だけど王子は私のことが好きか分からない。大切にはしてくれていると思うけど、それはリカルド様や私のいう好きと同じ意味かは分からない。

それに、正直初めて告白されて素直に嬉しいと思った。リカルド様は素敵な人だと思うし、本当について行ったら大切にしてくれるだろう。側近たちに対してもすごく気を配るような方なのだから。だけど、私はあの熱意に応えられるか分からない。


訓練が終わるとリカルド様は前向きに健闘してくれることを祈っている、と笑って訓練場を去って行った。私も訓練場を出て校舎に向かった。すると、さっきまでずっと口を閉ざしていたルーディンクがためらい気味に声をかけてきた。


「お嬢様、リカルド様と何のお話をされていたのか教えていただけませんか?」


ルーディンクが心配してくれているのが分かって、私は自分の胸の内を話した。リカルド様に告白されたこと、そしてウェスタート王国へついて来てほしいと言われて少し迷ってしまったことを話した。


「お嬢様が後悔しないと思う方を選べば良いですよ」

「後悔しない方、ですか」



それから2日後の昼休み。いつも通りウェスタートからの留学生たちとお兄様とジェラルド王子と共に昼食をとった。リカルド様に好意を伝えられたせいで、笑いかけてくる度に少し意識してしまう。だからといって視線を逸らせば王子が視界に入ってこちらはこちらで心臓が跳ねる。もう、お兄様の方を見ておこう。

昼食を終えてお茶を飲んでいると、リカルド様が話しかけてきた。


「オリビア、新しい髪飾りか?」

「はい。先日従姉妹にいただいたものです」

「とても似合っている。愛らしいよ」


そう言って、リカルド様が頬を赤く染めた。その瞬間、お兄様と王子とリカルド様以外の留学生が驚いたように私とリカルド様を見た。


「リカルド様、いつの間にオリビアと親しくなられたのか存じませんが、オリビアは私の婚約者です。そのような軽率な発言は控えていただきたい」

「これは失礼しました。ですが、私は軽い気持ちで言っているわけではございません。オリビアにはすでに帰国するときにはついてきてほしいと伝えてあります。まだ承諾はいただいておりませんが」


リカルド様は微笑むと席を立った。次の授業の準備をしなければならないからと、留学生や側近たちを連れて個室を出ていった。一気に人が減って、部屋の中は静かになった。気まずい沈黙が訪れると、お兄様が真偽を尋ねた。私がリカルド様の言っていたことが真実だと言うと、王子が急に立ち上がった。そして私の目の前まで歩いてきた。


「オリビアはどうしたいのだ?ウェスタートへついていくのか、アーデストハイトに残るのか」

「わたくしは、」


本当はもうとっくに心に決まっている。私はウェスタートに行かないことよりも、ジェラルド王子の側を離れることの方が絶対に後悔する。だから、アーデストハイトに残りたい。そう言おうと思ったけれど、王子は優しい緑の瞳で私を見下ろして私の頬に手を当てた。


「リカルド様と一緒にウェスタートへ行きたいと思うのならば私は今すぐにでも婚約を解消する。オリビア、自分の気持ちに素直になってもいいんだ」


引き止めてくれるのかもしれないという期待をする暇さえ与えられず、むしろウェスタートへ行くことに対して背中を押された気がする。さっきリカルド様に怒っていたのは本気で言ってると思わなかったからなのかもしれない。だから、本気だと分かって安心して私を送り出そうとしている?

やっぱり、王子は私を好きじゃないみたいだ。



あっという間に時は過ぎて、留学生たちが帰国する日になった。私は王子に中庭のガゼボでお茶をしようと誘った。どうやら、最後の挨拶とでも思ったのか少しだけ寂しそうな瞳で私を見つめて誘いに乗ってくれた。

向かい合ってゆっくりとお茶を飲む。そして、まっすぐに王子の目を見つめた。


「殿下、2つお聞きしたいことがございます」

「なんだ?」

「殿下には今、お好きな方はいらっしゃいますか?」

「………ああ。いる」


そう言われた瞬間、涙がこみ上げてきた。けど、悟られないように必死に涙を堪えて微笑んだ。


「それでは、もう1つお聞きします。殿下はわたくしと婚約を破棄したいとお思いですか?」


すると、王子は驚いたように目を見開いてそしてすぐに首を横に振った。


「わたくしは、殿下が婚約破棄を望んでいるのなら素直に応じようと思っていました。ですが、そうでないのならこの先もずっと殿下のお側にいたいです。婚約者の座を誰にも渡したくありません」


鼓動が速くなるのを感じながら少し高い位置にある王子の顔を見上げた。王子の目は少し涙で潤っていた。


「私だって、本当はオリビアをウェスタートへ送り出したくなんかない。叶うのならずっと側にいてほしいと思っている。ただ、私が引き留めるのは命令になってしまうから出来なかった」


なんだ。そういうことだったんだ。私はほっと胸を撫で下ろして、今度こそ作っていない本当の笑みを浮かべた。


「わたくし、リカルド様にはすでにお断りしています。わたくしはアーデストハイトに残ります」


王子に好きな人がいてもいい。もちろん、少し思うところはあるけれど王子の側にいられるなら私はそれでいい。王子が私を好きじゃなくても、婚約者として大切に思ってくれているのだからそれで十分だ。こういうとき、身を引くのが素敵な令嬢なのだろうけれど私は自分が後悔する選択はしないことにしたから。

微笑んで王子の顔を見ると、盛大なため息をついて髪をかき上げた。


「それならそうと早く言ってくれ」

「申し訳ありません。殿下の本音をお聞きしたかったので」


お茶を終えて、学園の敷地の一番端にある門に向かった。リカルド様のお見送りをするのだ。

馬車の手配が整うまで少し時間があるようで、ジェラルド王子とお兄様と共にお別れの挨拶をしに行った。


「ジェラルド様、貴方がオリビアを傷つけるようなことがあれば私はすぐに奪いに来ますから」

「そんなことはさせません」


王子がそう言うと、リカルド様はフッと笑った。


「オリビアは人気者だな」

「お兄様ったら。からかわないでください。リカルド様、またアーデストハイト王国へいらしてくださいね」

「ああ。では、また」


リカルド様や留学生たちの乗る馬車の準備が整ったようで皆それぞれ馬車に乗っていく。門を通るまで手を振って、馬車が見えなくなると校舎の方に戻った。


女子寮まで送ってもらう途中、王子が不意に私の手を握って立ち止まった。振り返ると、まっすぐに私の方を見ていた。


「オリビア、1つわがままを聞いてくれるか?」

「はい」

「私のこともこれからは名前で呼んでほしい。リカルド様のことは名前で呼んでいたのだから、婚約者である私を名前で呼ぶのは別におかしくないだろう?」

「えっと、それは、」

「社交のときは殿下のままでいい。それ以外は名前で呼んでほしい」

「承知いたしました………、ジェラルド様」


王子の顔を見上げると、嬉しそうに笑って頷いた。水色と銀色が合わさったような髪を揺らして緑の瞳を細める彼は何故かものすごく幼く感じてとても愛しく思えた。だけど、彼が誰かに好意を向けているということを思い出してしまいチクリと胸が痛んだ。それでも、この笑顔は十割私に向けられたものだと信じたい。

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